第1話 4
ドレスが
ヒールも銀のヒールに変わった。
両手を開けば銀の双剣が現れて、わたしの手に握られる。
閃光がおさまって、わたしの姿を見た貴族達が、口々に銀華の字名を口にした。
それはかつて社交界を席捲した母さん――お母様の二つ名。
「――フッ!」
左手を振るって銀剣を走らせれば、<古代騎>が生み出した火球が真っ二つに斬れて霧散する。
『なんだそれ! 神器だと!?
たかだか勇者のおまえが、なぜそんなものを使える!』
このバカ、わたしの『勇者』という肩書を利用してたクセに、なぜわたしが勇者となれたかを知らなかったらしい。
そういえばあいつの前で使った事もなかったわね。
わたしは髪をまとめていたバレッタを取って、頭を振る。
お母様が伸ばせと言っていたから、今も伸ばし続けている髪は、もう腰まで届くほどになっている。
「ここで終わるあなたに、説明する必要があって?」
右手の銀剣を差し伸ばして告げると。
『――生身が<古代騎>に勝てるものかあっ!』
<古代騎>が杖を両手で掲げて振り下ろした。
わたしはそれを左の銀剣を当てて受け流し、その勢いを受けて身体を回す。
大理石の床を杖が抉って、貴族達が悲鳴をあげた。
身体を旋回させたわたしは、右の剣を振るって、床にめり込んだ<古代騎>の杖を断ち切る。
澄んだ金属音が響き渡って、貴族達の悲鳴をかき消した。
ピタリと旋回を止めたわたしは、左の剣を頭上に、右を前に伸ばす。
「――咲き誇れ! <
わたしの声に応じて、まるで弾けるように銀晶の花ビラが舞い散る。
それはやがて渦となって<古代騎>を包み。
「な、なんだこれ! う、動けない! なんで――ッ!?」
一閃。
そこにわたしは銀剣を振るう。
次の瞬間、<古代騎>は細切れとなって床に崩れ落ち、中からカイルが転がり落ちた。
わたしは優雅に銀のヒールを鳴らして、バカに歩み寄ると、その首元に銀剣を突きつけた。
「……負けをお認めになるわね?」
わたしの問いに、バカは顔を真っ青にしてコクコクうなずく。
「――この決闘の顛末、確かにこの私が見届けた」
陛下が玉座から立ち上がり、拍手と共にそう宣言する。
「それはさておき衛兵!
これだけの騒ぎを起こした、その勇者の仲間を騙るバカ者をさっさと捕らえんか!」
そうよ。
本来なら最初の段階で衛兵が止めるべきでしょうに。
なまじわたしの名前が出てしまっただけに、止められなかったのかもしれないけれど。
貴族の仕来りや作法って本当に面倒くさいわ。
衛兵がやってきて、カイルを捕縛してホールから連れ出していく。
「さて、銀華のつぼみよ。こちらへ」
それが自分を指しているのだと気づいて、わたしは恥ずかしさで顔を赤くする。
これだけ大立ち回りしといていまさらって?
事が済んだからこそ、恥ずかしくなったのよ。
わたしは神器の戦闘礼装のままなのも忘れて、そそくさと陛下の元へと進み出て、練習した通りにカーテシー。
「ふ、再びお目にかかれて光栄です。陛下」
お祖父様に教わった通りのセリフをなんとか紡ぎ出す。
多くの貴族令嬢を見てきたであろう陛下は、明らかに慣れていないわたしの貴族言葉に吹き出しそうな顔をする。
陛下は勇者認定の時のわたしをご存知ですものね。
それは可笑しいでしょうとも。
「そう固くならずとも良い。此度の働き、見事であった。
銀華のつぼみよ。
そなたが勇者ではなく、ウィンスターを継ぐ決心をした話は聞いている。
春からは学園に入学だそうだが、よりいっそう精進して、見事に咲き誇ってみせよ」
そうして陛下は、侍従がトレイに乗せた銀毛の扇を手ずからわたしに授けてくださった。
扇を両手で賜って、腰を落としたままわたしは一歩、後ろへと下がる。
「さあ、皆の者! 宴は始まったばかりだ! 派手な余興はあったが、みな多いに楽しんでいってくれ!」
陛下の声に応じて、貴族達が動き出す。
そのほとんどが、わたしに殺到する流れだ。
お祖父様に助けを求めて顔を向けると、苦笑して肩を竦められた。
あれこれと質問を投げかけられ、ダンスを申し込まれるのを断って。
目の前に立つ人が目まぐるしく入れ替わって、目が回りそうになる。
気づけばずいぶん時間が経っていたようで。
「――みなさん、そろそろ良い時間だ。私もシーラも帰らせてもらおうと思うのだが」
と、ようやくお祖父様の助け舟。
きっと社交界の洗礼を受けておけとか、そんな風に考えていたのだわ。
淑女教育の時から思っていたのだけれど、お祖父様はわたしの疲労を見抜くのが上手い。
やっと帰れる。
残念そうな表情のみなさまを見回し、わたしは戦闘礼装のスカートの裾をつまむ。
「みなさま、今宵の銀華はここまでのようです。
陛下が仰ったように、まだつぼみの舞いではございましたが、お楽しみ頂けましたなら幸いと存じ上げますわ」
一礼して告げて。
「それではみなさま、ごきげんよう。
またの機会がございましたら、どうぞよしなに」
お祖父様にエスコートされて、わたしはホールを後にした。
バカの所為で、ひどく派手なものになってしまったけれど。
こうしてわたしの社交界デビューは幕を閉じた。
「まさかシータ以上に派手なデビューをするとはな――」
お祖父様はお母様の名前を出して、含み笑いを漏らす。
「つ、次こそちゃんとした令嬢を演じてみせますわ!」
ついムキになってそう返すと。
「努力するのは良いが、無理はするなよ」
そう言って、お祖父様はわたしの頭を撫でた。
ちゃんとした令嬢は無理と言われたような気がして。
わたしは帰りの馬車の中で、屋敷に着くまでむくれたのだった。
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