第12話 ドーモ。メイド=サン。執事です。

「彼と一つ手合わせをして貰っても構わないかしら?」


 突如、シェフィールド姉さんの口から出る内容に、俺の思考は凍り付く。


 手合わせって、なんだ?


「えっと、姉さん、手合わせって、どういうことですか?」


「言葉の通りよ、リヴァ」


 俺の質問にただ静かに答えるシェフィールド姉さん。


 その言葉にはいつもの様な、冷静な雰囲気に威圧感が僅かに感じ取れる。


「え~っと、手合わせって、俺から縁遠い言葉なんですけど、確か勝負事だよね、もしかして暴力沙汰とか起こす気なの?」


「………………」


 なんで、そこで黙るのだろうか。


 いや、本当にやめてね。


 何がきっかけで、こんなことになったのか、とか聞かれた際にどうやって説明するの⁉


 もしかして、俺の方に羞恥心を向けさせたいだけなのだろうか、この女性二人組は。


「………いや、いやいやいやいや! 敷地内で暴力沙汰は良くないよね! 普通!」


「貴女がこの使用人が来た際に決闘をしたことは知っています」


「うぐっ、けど、あの時とは今はさ、違うから、ここはもう少し穏便に……」


「あの時はあの時、今は今、力がすますことがあれば、きちんと示すべき。それに失敗した挙句、返り討ちにあった愚弟は一体、どこの誰だったかしら?」


「うぐぅ」


 何も言い返せない。


 もう今じゃ、消したかった黒歴史クソガキ時代の忌まわしい記憶が蘇る。


 一体、何で、あんなことをしたのか思い出せない。


 けど、あの事が原因で、出来る事なら今があるのなら過去に戻って、かつての自分を殴り飛ばしたい。


 俺の内なる魔力を拳に宿して、滝を打ち上げる様なそんな拳を……。


「で、どうなのかしら? アリシアさん?」


「……分かりました、受けて立ちましょう」


「そう、それならよかったわ。ケント」


「はい」


 勝手に話がすまされ、問題の原点である俺を置いて行き、『手合わせ』についての話が進んで行く。

 

「彼女を痛めつけてやりなさい」


「はっ、分かりました」


 すると、ケントはアリシアの前に立つ。


 こう目の前で二人が立っていると、本当に画になるなぁ。


 太陽と月、又は南と北、と言うべきだろうか。


 互いに冷たい視線を向け合っているけど、アリシアの白い肌とケントの浅黒い褐色肌の対比が、まさに目に見えない北極の寒さと南国の暑さのようなものを感じる。


 実際に見たア事は無いけど、魔術院の御前試合で氷と炎の魔術師が術比べをしていたことを思い出す。


「では、どのような物で勝敗を?」


「ふぅん、案外、察しが悪いのね」


「なんですって?」


 アリシアがシェフィールド姉さんに質問をすると、何故か姉さんは嘲笑うかのように笑みを浮かべている。


「それは、こういうことよ」


「っ!」


 瞬間、ケントはアリシアに襲い掛かる。


 突然振り上げられた蹴りを、アリシアはうっで見事に防ぐが、歴然とした体格差は覆すことはできずに、アリシアの体は大きく吹き飛ばされ、目の前には砂埃と庭園に割いていた花弁が舞っていた。


「え、えっ⁉」


 突如、目の前で行われた戦闘に目を丸くする。


 え、何が、というか、何でこうなっちゃうの⁉


 吹き飛んだアリシアと吹き飛ばしたケントの事を何度も見直す。


「ね、姉さん!」


「ケント、手を止めてはいけません。手を休めず早くやりなさい」


「はっ」


 俺の必死の言葉なんて聞かず、シェフィールド姉さんはケントに指示を飛ばす。


 暴君も驚くほどの冷酷な命令に、ケントは無いも思わないままアリシアに近づく。


 だけど、アリシアもまたただやられるだけでは無かったのか、意趣返しと言わないばかりにケントの方へと走ると、彼の腹部に勢いよくパンチを繰り上げる。


「ぐふっ」


 さすがに攻撃を向けられた直後に、強烈の拳を向けられたことを予測できなかったケントはもろにアリシアの拳を貰う。


 めきめき、と痛そうな音が鳴り響く中、防ぎきれなかったケントは苦痛に歪んだ表情と嗚咽を漏らす。

 

「これは、油断しすぎではありませんか?」


「えっ?」


 急に腹部を抑えたケントに俺は驚きながら、吹き飛ばされたはずのアリシアとケントの事を交互に見つめる。


 平然とした顔でケントの前に佇むアリシア。


 その見下ろす姿は、初めて彼女と会った時を思い出させる。


 ケントは、今、当時、俺が味わったように、彼女から向けられた冷徹な視線に靴上的な気持ちを抱いているのか、それとも、ただ苦痛と驚愕の気持ちが体を支配しているのだろうか。


 まったく、分からない。


「この程度で、倒されるとなってしまうとは、使用人メイド、失格ですね」


「……ふふっ、そうね」


「!!?」


 すると、アリシアの言葉にシェフィールド姉さんが笑う。


 生まれてこの方、姉さんの笑みなんて見た事無かった俺にとって、その光景は驚き以上のものは無かった。


 始めて見せた笑みは、アリシアの事を試すかのような悪役じみた微笑であったけど、どことなく分かる。





 これは、本当の『喜び』であり、『楽しさ笑い』に違いないと、今まで使えなかった家族との縁が証明していた。





「貴女の言う通り、先程の攻撃で沈んでしまう程なら、私の方からお父様に頼んで、首を切らせていましたわ」


「……そうでしたか、でしたら、これから、もう少し楽しませることが出来ますが? どうしますか?」


「そうね、もう少し楽しませて貰いましょう……ケント」


 パチンッ、


 すると、シェフィールド姉さんはいつ取り出したのか分からなかったけど、手に持つ扇子を鳴らすと、ケントの体が緑色の光が包む。


「まさか、これは……回復魔術?」


 初めて目にする術式。


 それに、俺は驚きと胸の奥にある探求心が揺れる。


 けど、そんな事を考えている内にも、回復の術式はみるみると、苦痛そうだったケントの表情が収まり、いつも通りの鉄仮面に戻る。


「さぁ、まだ楽しませなさい、侍女メイド?」


「……分かりました、お嬢様」


 そう言ったシェフィールド姉さんとアリシアは、互いに冷たく細い瞳を交差させると、アリシアはケントとの殴り合いキャットファイトへと入り込んだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

僕のメイドはパーフェクト~誰か、このメイドの取扱説明書をください!~(休止) 山鳥 雷鳥 @yamadoriharami

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ