第11話 俺は、ブラッドフォード家の、お荷物です………っ! ぶひぃ!

 お茶会の準備を終え、俺は庭園の端で


「ふふっ、疲れたよ、パトラッシュ」


「目を覚ましてください、まだお迎えが来るようなお時間ではありませんよ」


「迎えに時間とかあるの⁉」


「知りません、人の魂に蝋燭などがあれば分かりますが」


 ????


 たまにアリシアがよく分からないことを言うけど、多分、故郷の言葉とかなのだろう。


 俺が今まで読んできた書籍に、人の魂が蝋燭、とか聞いたことないから。

 


「ですが、そのような所で寝られてしまうと、その身に纏っている衣類が汚れてしまいます」


「そ、そうだね、じゃあ、どこお」


「寝るのでしたら、着替えてから寝てください」


「あ、そっちですかぁ……」


「そのような綺麗な服に皺が付いたら一体、誰が手入れすると考えているのですか?」


「うぐっ、アリシアさんです」


 冷たい視線が突き刺さる。


 確かに、この服を汚したら洗ってから準備をするまでの作業を全て行っているのはアリシアさんを代表とする、使用人の皆様でした。


 そんな苦労も知らずに、こんな所で寝ようとするのは本当に良くないよね。


 はい、着替えます。着替えますから、その冷たい視線をやめてください。


 そう言えば、なんで、この人に従っているんだっけ? ……あぁ、そうだった、力関係が原因でしたね。


 ですからその、黒い物を眉間に向けないでください、お願いします。


「着替えるのでしたら、此方の作業着に着替えてから死ぬほど寝てください」


「着替えるのって作業着なんだ……」


「えぇ、これでしたら、使用人たちが見てもただの作業員だと錯覚します」


「けどバレない?」


「では、バレないようにしましょうか」


 やめて、その今すぐにでも俺の顔を捻じ曲げそうなやる気に満ちた拳を下ろしてください。


 そんな拳を使っても、何も解決しないし、何も生まない。


「い、いや、大丈夫かな……」


「そうですか………残念ですね」


「待って⁉ 残念って一体、どういう事⁉ もしかして、本当に殴ろうとしたの⁉ ストレス溜まっているのかな! 少しは相談に乗るよ⁉」


「自身の主人にプライバシーな所まで話すつもりはありませんよ」


「そ、そう……」


 けど、あの言葉は本気だったよね? 絶対、俺が止めなかったら、その握りしめていた拳は振るわれていましたよね?


 と、そんな事を抱きながら、アリシアに差し出された庭師の作業服を手に取る。


「何をしているの?」


 手に取った作業服に着替えようとすると、声がかかる。


 何かと思い、声のする方に顔を向けると、そこには、シェフィールド姉さんが立っていた。


 隣に立つのは、確か、専属の執事の……ケント、だっただろうか。浅黒い褐色肌の執事は屋敷でも珍しく、アリシアとはつくづく対比的な男性だと認識してしまう。


 端正な顔立ちと冷たい視線を、俺に向けてくるから尚更、そう感じるのかもしれない。


「あ、シェフィールド姉さん、これは……」


「坊ちゃまが、このままの服で寝ていようとしていたので止めようとしていましたので」


「………」


 なぜだろうか、嫌な予感がする。


 具体的には、既に地雷を踏んでしまったかのような、後戻りのできない状況にいるよう気がする。


 その証拠に、ケントの冷たい視線がより強くなっているように感じる。


 というか、自身の主ぐらいは止めてくれないかな⁉ この険悪な雰囲気に、よく平然としていられるな⁉


 一触即発な状況に、心臓をバクバク、と鳴らしながら、止めるタイミングを探る。


「リヴァ」


「はい!」


「貴方、ブラッドフォード家の次期当主となるものが、自らの使用人に命令をされるなんて、どうなのかしら?」


「……」


 だけど、そんな気持ちも、シェフィールド姉さんの注意に全て流されてしまった。


 俺は、ブラッドフォード家の、お荷物です………っ! ぶひぃ!


 俺は、次期当主らしい振る舞いなんてできないっ! いつも、いつも、メイドアリシアに注意される、惨めな男なんですっ!


「貴女もです、アリシア」


「!!?」


 けど、そんな事関係なく、アリシアの名前を漏らすシェフィールド姉さん。


 既に知っていたのか。


 何時もどこからその情報を手に入れるのか、つくづく、気になるけど、論点をずらすわけにもいかない。


 真剣な眼差しで話をしているアリシアたちの間に入り、止めようにも止められない雰囲気が徐々に膨れ上がる。


「使用人とは、主の為にあるもの、余計な口振る舞いをするのはやめなさい」


「すみませんが、これも主様坊ちゃまの為でございます」


「………なんですって?」


「坊ちゃまのお召し物がお汚れになられたまま、屋敷の中を歩き回れば、使用人たちに笑われます。もし、笑われてしまえばそのような醜聞は一斉に界隈に広がってしまいます。ましてや、領民にまで広がってしまえば、坊ちゃまはこの界隈の笑いものです」


「けど、そんな服を着て、屋敷の中を歩き回るのも、醜聞は広がると思うけど?」


「それはご安心ください、広がらないように対策するので」


「ふぅん、それはどうやって?」


「簡単な事です、あちらにある小屋で着替えて貰えば、余計な醜聞は広がりません」


 そう言い、アリシアは静かに庭園の端にある簡素な木造小屋。


 隣には小さな農園が造られており、そこには先週、植えた薬草諸々の植物の苗が元気よく育っていた。


 俺自身、あそこら辺はよく魔術の研究がてらよく使うけど、実際にあの小屋の中は入ったことはない。


 小窓から少し覗いたことはあるけど、普通に農道具などが置かれている小屋だったと記憶しているのだけど……。


「けど、あそこは専用の鍵が無いが入れないはずだけど?」


「大丈夫です、此方に鍵を準備しております」


「……準備が良いのね」


「メイドは千里先のことを見るのは当たり前だと感じますが?」


「それって、メイドの仕事なの……?」


 メイド、というか、既に使用人の領域を超えているように感じるんだけど……。


 何と言うか就職先、本当に間違えていない? 心配になるよ?


「良いでしょう、そう言う事でした許しましょう。少しはリヴァの事を絞め、懲らしめているようですし」


「ん?」

 

 ちょっと待ってください、シェフィールド姉さん。


 その言葉は少しおかしい。もう少し、言葉の選び方と言うものが存在するんじゃないかなぁ、と思う。


 互いに睨み合う彼女たちの視線は、どこかバチバチと言う音と共に、火花が散っているように見える。


 あれ、何でこうなってんの?


「けど、一つだけ条件があるわ」


「なんでしょう?」


「それは……彼と一つ手合わせをして貰っても構わないかしら?」


「………へ?」


 過激になる火花。


 そんな中、シェフィールド姉さんの口が開き、意外な一言であたりを凍り付かせた。


 俺だけかもしれないけど。

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