証拠と抜け出し
「...大丈夫?」
千歌先輩は心配そうな表情を浮かべこちらへと駆け寄ってきた。
......意味が分からない。
なぜ、今ここで俺のことを助ける必要があるのだろうか。
そんなことをしたら今の先輩の地位はおろか、今後の学校生活にまで暗雲がさすことになるだろう。
いくら、比較的親交がある先輩、後輩と言えどこんなの失策としか言えない。
「確か里香のお姉さんですよね!?こいつ里香のこといじめてるんですよ?なんで僕をぶつんですか!?」
「なら、聞くけど君はなんでリンチしてるの?」
「そ、それはこいつが最初に攻撃してきたのといじめを止める為です!」
「...君は過剰防衛って知らないの?これは普通に一発アウトだよ」
先輩の気迫に怖気づいたのか教室は勿論のこと吉田までもが静まり返った。
「で、でもこいつがいじめてる噂はご存じですよね!?」
吉田のどこか縋る様な情けない問いかけに先輩は何やら紙数枚を教室にばら撒いて応じた。
「ああ、君がLINEで色んな人に広めたしょうもない噂のこと?」
パラパラと宙を舞う一枚の紙を掴む。
『あいつの噂なんだけどさ......』
それは吉田がLINEで噂を広めている際のトーク画面のスクリーンショットだった。
俺に加え、吉田も突き刺すような軽蔑の視線が向けられる。
「.......」
当の吉田はと言うと顔を青ざめさせ黙りこくるだけ。
突然、圧倒的優勢な状況から窮地に立たされることになったのだ。
当たり前と言えば当たり前である。
まあ、俺が現在進行形で社会的に死んでいることに変わりないのだが。
だが、小学校の時に比べればましだ。
今は直接敵対してくるのは吉田とその直近の友達だけ。
後は遠くから傍観して、陰でコソコソ言っているだけだ。
「ち、違う!こんなの偽造だ!今時、フォトショップでも色々出来るんだし!な、みんな?」
「いや...どうかな?」
「ああ、ってかそれはちょっと無理ない?」
「あっ、確かに!それちょっと思ったかも」
だが、どうやらそのお味方さんも付き合いきれなくなったようだ。
正直こうも簡単に将来永劫、青春の1ページに残るような味方を切り捨てるのかと思ったが、今後の青春を捨てるくらいならばと言う感じなのだろう。
「は?マジで違うから!えっ......なんでそうなるわけ!?意味、わかんねーよ!」
「意味が分からないのは私の方なんだけど、こんなことして何になるの?」
「何ってそもそも虐めてるのは戸塚の方だろ!」
「いじめてないし、リンチの方がいじめだと思うけど。まあ、それ以前にれっきとした犯罪なんだけどね」
「......」
吉田は真っ赤に目を充血させ、こちらを睨んでくる。
「まあ、どちらが悪いかはもう少しで里香が先生を連れてくるからその時、ハッキリさせよ」
「はっ!?そ、そもそも悪いのはいじめてた戸塚だろ?なあ......?」
吉田が神に縋るかの如くそう問いかけても反応なし。
というかここで何かこいつを庇う事を言おうものなら、そいつも社会的に死んでしまうだろう。
「お、おい!お前も自己保身の嘘はつくなよ!?」
吉田は物凄い眼力で再度こちらを睨んできた。
だが、足は頼りなくガクガクと震えているし声も掠れているようだ。
「俺はただ真実を言うだけだ」
「......もし、これで俺が不当に差別された後輩にお前の妹いじめさせるからな」
なぜ、こいつはこうも俺の地雷を踏みぬくのが上手いのだろうか。
妹は父が残してくれたこの世で唯一無二の宝である。
そんな暴挙を許容できるはずがない。
「...これ見ろ」
俺はポケットからスマホを出し、吉田に差し出した。
そこには20秒ほどの短い動画が映し出されている。
『おら!お前は何度俺の里香を苦しめたんだ!おい!』
そこには身ぐるみ剥がされ、抵抗も虚しく吉田に殴られ蹴られている俺。
愉快そうに笑う吉田とその取り巻き。
そんな決定的な瞬間が納められている。
この短い動画一本でこいつらの順風満帆な人生を台無しにできるなんで皮肉なものだ。
「......お前だから脱いで...!おい!こんなのインチキだろ!」
「はっ?俺は本当に身ぐるみ剝がされてお前に殴られたんだけど。逆にそっちにこれに対抗し得る証拠はないんだよな?なら、そんないい加減なこというなよ」
勿論、リンチされたのは本当だが身ぐるみ剝がされたのなんて真っ赤な嘘である。
普通の暴力だったら考え方が古い人間はただの喧嘩と思うかもしれない。
だが、服を剥ぐのは中世の人が見ても近代、現代の我々がみても明らかな反社会的行為だ。
「お前がおかしなことするなら俺もこの動画を将来、お前が大学に合格した大学や職場に送らざるおえなくなるぞ。ああ~あと自己防衛としてネットにも公開するわ」
「はっ?え...そんな大事にすることもないだろ!?えっ......」
もし、こんな画像が世に流失しようものならば、こいつは一生涯に渡って自分の罪に向きあ続けることになるだろう。
「あるだろ。...いいか、今回のことすべて赤裸々に先生に話せ。そうしたら高校卒業と同時に動画は削除する」
「はっ?!そんなの無理に決まってるだろ!?なんで、俺が正義なのに!」
「いやっ、それはないでしょ~ねえ?」
「うん、だね~!ってか正直好きだったからがっかりだわー」
「あっ、わかるぅ」
もはや、こいつの肩を持つやつはいなくなっていた。
吉田は顔を歪ませ、しゃがみこんだ。
頬からは奔流の如く涙が流れている。
「そうやって塞ぎこんで対話する意思をみせないなら晒すからな」
「.......ま、待ってくれ。お願いします...!僕が悪かったです。本当にすみませんでした......だ、だから許してください...!」
先ほどから打って変わって掠れるような声に歪んだ泣き顔。
胸を張っていてよかった姿勢も今は前かがみに変わり、猫背になっている。
「全部、そちらの要求を受け入れます......本当にすみませんでした。全部、僕が悪いです。俺が巨悪で未熟でした。本当にごめんなさい...!」
「わかった」
もう、謝罪の言葉を貰えたのならばもう怒る意味はない。
世の中には自己保身を徹底的にし、謝れない人間もいるのだ。
それは小学校の時のいじめっ子もそうだし、あいつらに対してパイプ椅子で殴り掛かった自分自身もである。
そんな俺すら出来ていないことを成し遂げたこいつにこれ以上怒るのは筋違いな気がした。
怒りが収まってきたから視界が広がっていくのがわかる。
それと同時に世界が歪んでいく。
身体の力はだんだんと抜けていくし、感覚も鈍くなっていく。
「...優くん!?」
俺の意識はとうとう途絶えてしまったのだった。
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