幼馴染の裏切り

 春風 里香は償っても償いきれない罪を抱えている。

 あれは確か小学校に入学して間もない頃。

 人見知りで友達のいない私に席が隣だった、戸塚 優が気さくに話しかけてきてくれたことが始まりだった。

 共通の趣味や話題があると言うわけではなかったけれど、彼の優しさに触れ私は自然と彼と一緒にいるようになった。

 いや、彼がひとりぼっちの私に救いの手を差し伸べてくれたのだ。

 彼と一緒に行ったプールや花火大会は今でも忘れられない。

 人当たりが良い彼と過ごしていると2年生の頃には私にもたくさんの友達が出来た。

 でも、いつからだろうか。

 その友達たちが彼の容姿や体型などを揶揄するようになった。

 客観的に見てそんな風に言われるような見た目はしてないので、理由はないのだろう。

 強いて言うのならば、彼が優しくて怒らないから。

 おそらくそんな所だ。

 勿論、私だって最初は止めた。

「ネタだから。ってかそんな事も分からないって、冷めるわ」

 すると、決まってみんなからそう言われた。

『ネタ』や『冷める』からなんて理由で誰かが傷つくのはおかしいのは分かっている。

 でも、愚かな私は彼もいじられて笑っているからとそれ以上、この件について言及することをやめてしまった。。。

 分かっている。

 そんなの彼の強がりだし、私の行動だって友達を失いたくないという自分勝手で独裁的なエゴだ。

 それから3年生、4年生、5年生と学年を重ねれば重ねる程に行動はエスカレートしていった。

 いじりから、暴言や暴力へ。

 もうこの時には『いじり』ではなくただの『いじめ』でしかなかった。

 勿論、流石の私も教員に相談した。

 だが、状況は改善するどころか悪化するばかり。

 親や教育相談所に相談していたある日、事件は起こった。

 あれは確かいつもと何も変わらない昼休み。

「なあ、こいつきめ~よな?」

 普段はいじめに関わらない為、女友達と体育館や図書室で遊んでいたのだが、たまたま教室にいたこの日、主犯格の男子に私は絡まれてしまった。

「...」

「こいつ、ドブみたいにくせーし、顔溶けてるみたいだよなあー?」

「...」

 寄ってたかって人をいたぶるしか能のないお前の方は不細工で滑稽だよ。

 頭の中でそう思っても、弱い私はただ苦笑いをしてやり過ごそうとするばかり。

「おい!何とか言えよ!お前このドブネズミの味方するのか!?こいつはきめーよな???」

 優をいじめる時の悪意に満ちた声色で私に怒鳴りつけてくる。

 周囲はもういじめに慣れたのか、こんなにも異質な光景だと言うのに男女関係なく薄ら笑いを浮かべていた。

 まだか、まだかと期待に満ちた視線に身体を釘刺しにされる。

 嫌だ、嫌だ。

 いじめに加担したくない。

 でも、私は怖かった。

 友達が居なくなるのが。

 独りだと思われるのが。

 そんなくだらない理由に愚かでエゴイストな私は首を縦に振ってしまった。

「......う、うん。ちょっとね」

 私はなぜこんなにも弱いのだろうか。

優くんのどこか悲しげな、取り繕うような笑みは今でも忘れられない。

いや、細胞レベルで絶対に忘れるなと私の良心が訴えかけてきているのだ。

 

「あはは!優しい春ちゃんにも言われてるじゃん!」

こんな奴らと友達で居続けることに何の価値があるというのだろうか。

「まあ、こいつきめーしな」

「ほんと早く死んだ方がいいんじゃねーの」

 こうして私と彼は『幼馴染』ではなくなった。

 でも、その見返りとして私にはたくさんのそれはそれは素晴らしい『友達』が出来た。

 彼を触媒に得ることが出来たのだ。

 ......本当に笑ってしまう。

 この一件で、自分を含めた人間の薄情さに触れ、私の人見知りは飛躍的に改善した。

 今では『友達』が数えきれない程いる。

 でも、私は彼に償いたい。

 そんなの筋違いなのはわかっている。

 彼みたいな善良な人間に腐っている私が近づくのが道徳的に間違っているのなんて承知の上だ。

 でも、今が間違っているということだけは確信しているから。。。

 私は自分の身勝手さにため息を吐くしかないのだった。



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