第6話 別れ 6

その日の夕刻、ヒサリの寝泊まりする部屋に郵便配達夫が訪れた。手渡された分厚い封筒に、ヒサリの心は大きく波打った。

(もしやこれは……)

 差出人は、アジェンナの首都タガタイにあるアジェンナ総督府教育本部である。

(マルの進学に関する事では? )

ヒサリはずっと、マルが見事なカサン語で綴った作文を文化教育省やカサン帝国軍文化部隊本部に送り続け、「これ程優秀な生徒であるから進学のための奨学金を出していただけないか。彼はきっとカサン帝国の繁栄に寄与することになるだろう」と訴え続けた。それに対する返事が来たのか。ヒサリは封を切る手ももどかしく、中の書類を引っ張り出してサッと目を通した。

(え……どういう事なの、これは……)

 そこに書かれていたのは、ヒサリにとって思いもよらない事であった。

「貴校の卒業生ハン・マレン君のタガタイ第一高等学校進学に関する通知」

 タガタイ第一高等学校。それはタガタイにある、アジェンナ総督府やカサン本国の高級官僚を養成するための超エリート校である。カサン人官僚や名士と呼ばれる人々の子弟のための学校であったが、今年からアジェンナ人の少年達に門戸が開かれたと聞く。とはいえ入学出来るアジェンナ人は、タガタイやその周辺に暮らす北部アジュ族の貴族階級の者がほとんどであるはずだった。スンバ村からも地主の子エルメライや役人の子サンが入学を希望していると聞き、夢物語だとヒサリは笑ったものだ。しかし今ヒサリが手にしているのは、紛れもなくマルに対するタガタイ第一高等学校の入学通知書だ。

「そんな事あるはずない。絶対に! だってタガタイ第一高等学校に入学する希望など出してないもの!」

 そう言いつつ、次第にヒサリの体は震えてきた。もしこれが本物だとしたら? アジェンナの北部に位置する首都タガタイは南部の田舎のスンバ村からはあまりに遠く、帰って来ることもままならない。いや、それどころか帰る許可すら下りないだろう。

タガタイ第一高等学校は全寮制の男子校で、軍隊式の厳しい教育で知られている。入学は大変難しく、厳しい選考を経て晴れてこの学校の生徒になる事は大変な名誉とされる。卒業すればエリートとして将来が約束される一方、あまりの厳しさや上級生からのしごきに耐えかね、毎年生徒のうち数名自殺者が出る事は、ヒサリらカサン軍所属の教師らだけが知る事実であった。カサン式の教育を受けてきたエリートたちも苦しむのに、自由きままに育ったマルが耐えられるはずがない。

「ダメよ、絶対ダメ! そんな事!」

 ヒサリはとっさに顔を覆った。そしてもう一度、文書を隅から隅まで読んだ。学費及び寮の生活費の一切はカサン帝国から支給されるので、何一つ持って行く必要は無い、数日のうちに学校から迎えが来る、イボイボ病の薬をまだ接種していないなら、学園に着き次第直ちに打たせる、といった事が書いてあった。ヒサリはここまで読んではっきりと悟った。これは手違いなどではない。先方はマルがどんな子が分かった上で通知をよこしているだ。そしてこれは拒否出来るものではなく、事実上の「命令」である事も。

ヒサリは手紙を手にしたまま扉に向かって駆け出した。

(絶対に、あの子をタガタイに行かせてはならない!)

 のびのびした自由奔放なあの子の良さが摘み取られてしまうばかりか、命まで奪われてしまう! ヒサリは外に飛び出すと、馬小屋から馬を引き出した。すぐにアロンガまで行くのだ! アロンガに行けばカサン軍文化部隊アロンガ支部長のテセ・オクムに会うことが出来る。テセに何とか訴えて、この話を白紙にしてもらうのだ……!

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