第12話 秘密の約束
蛍は服を整えると俺の方を向き、灯とのことを話し始めた。
「死んだ後、私は綺麗な川のそばを歩いていたんです。そうしたら、大きな樹の下で一人の女の人が泣いていました。だから私その人に声をかけたんです。その時出会ったのが“
その名前を聞き、俺は力いっぱい蛍の肩を掴んだ。
「灯に会ったのか!? 灯はなんて!?」
蛍は俺の手にそっと触れ、灯の言葉を伝えた。
「灯さんは、『樹さんにもう一度だけ会いたい』と言っていました。『突然死んじゃったから、出来る事ならちゃんと会ってお別れしたい』とも……」
俺は灯の悲しむ様子を想像し、大人げなく声をあげて泣いた。
「……だから私、灯さんの気持ちを利用して騙したんです。『私は神様にお願いして一年だけ生き返れるから、身体を貸してくれたら樹さんに会わせてあげる』って。……でも実際の契約は違いました」
そう言うと、蛍は遠い記憶を呼び戻すかの様にどこか一点を見つめ語り始めた。
◇ ◇ ◇
現実世界とはまた違う、すべてが淡い光で包まれた世界。そこに幼い姿の蛍と“神様”と思われる実態の掴めない影が向き合っている。
幼い蛍は泣きながら、その影に向かってお願いをする。
「私、一回でいいから幸せになりたかった……。神様お願い! 私の代わりを見つけてくるから、どうか私を生き返らせて!」
その必死な姿を見て、少しの間を置いてその影が妖しげに口角を上げた。
「……その願い叶えてもいいぞ」
幼い蛍は『ほんと!?』と勢いよく顔を上げ、パッと笑顔になる。
「あぁ。俺が指定する日から10日以内に、代わりとして選んだ男とある事をすればお前は生き返ることができる」
幼ない蛍が『ある事って?』と問うたが、それを無視して話は続く。
「ただし、いくつか問題がある。一つはお前が幼すぎるということだ。まずはこの世界の住人から乗り移れる大人の女を探せ。その姿でお前は生き返ることになる。そしてもう一つの問題とは、お前が生き返る代わりに選ばれた男が死ぬということだ」
「私の代わりに選んだ人が死ぬ……?」
『代わりを見つける』と言ったのは彼女自身だったが、“死ぬ”という直接的な言葉を聞くと急に恐ろしくなってきた。
「言っとくが、誰でもいいわけではない。代わりを選ぶのには条件がある。一つ目は、騙したり嘘をつかないこと。二つ目は、決して無理矢理ではなく、その男が納得して死を選ぶこと。以上二点だ。じゃあ、乗り移る女を連れてくるんだ。話の続きはその後にする」
そういうと、影は突如目の前から消え去った。残された幼い蛍は困り果て、あの世をしばらく彷徨った。しかし、どうやって乗り移る人を探せばいいか分からず途方にくれ、あの綺麗な川のそばにたどり着き、そこで悲しみに暮れる灯に出会ったのだった。
幼い蛍が灯の話を聞くうちに、彼女が会いたがっている“樹”という男は、過去に自分に優しくしてくれたあの男の人と同じ人物だということに気づいた。
(あの“樹”っていう優しい人なら泣けばお願いを聞いてくれるかもしれない。でもこの女の人は、私の代わりに彼が死ぬって分かったら身体を貸してくれないかも……)
子どもは時として、まるでそれが真実かの様に嘘をつくことがある。幼い蛍もまたそうだった。
「私、その“樹さん”という人を知っています。一度私を助けてくれたお兄さんです。私は神様にお願いして樹さんにお礼をするため、一年間だけ生き返ることができるようになりました。だから、灯さんが私に身体を貸してくれたら樹さんに会わせてあげることができますよ?」
灯は、まさかこんな子どもが大嘘をついているとは思わず、彼に会いたいが故にその提案に乗ってしまった。
幼い蛍は灯を連れ、再び神様と思われる影の前に立った。その影が不思議な呪文を唱えると、蛍の意識は灯の身体に吸い込まれていく。それと同時に灯の意識は深く眠らされ、蛍が彼女の身体を支配した。
すべてを見届けたその影は、最後に重要な条件を伝えた。
「お前は今、その身体の持ち主の“灯”という女になった。その女の年齢はちょうど20歳だ。最初にお前に1年やる。その1年の間で代わりとなる男を探せ。そして1年後、21歳の誕生日から10日以内にその男と性行為をすれば、その男の生きるエネルギーをすべて奪い、お前は生き返ることができる」
◇ ◇ ◇
「……こうして私は、樹さんを探してこの世を彷徨い始めました」
蛍はそこで言葉を止めると、深くその頭を下げた。
「私は灯さんに瓜二つではなく、この身体は灯さんのものです。彼女の意識は身体の奥底で眠っています。……灯さんのことも樹さんのことも騙してしまってごめんなさい」
俺は何と答えればよいのか分からず、ただ黙って彼女のことを見つめていた。
「お詫びになるか分かりませんが、消えるまでの残りの日にちを灯さんにお返しします。樹さん、本当にありがとうございました」
そう言うと蛍は意識を失った。俺は慌ててその身体を抱き起す。
「ほ、蛍!? おいっ、しっかりしろ!」
「……樹さん? ……樹さんだ! 会いたかった!」
次に彼女が目覚めた時、俺の目の前にいたのはなんと本物の“灯”だった。
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