第11話 タイムリミット

 最近、蛍の様子がおかしい。

 黙っている時間や部屋に籠もる時間が増えた気がする。


 少し元気づけてやるか……。


「お前、来月誕生日だろ? 何かほしいものとかないのか?」

「……えっ? 誕生日のお祝いしてくれるんですか?」

「まぁ、ケーキとちょっとしたプレゼントくらいだけどな」

「嬉しいです。誕生日いつも一人ぼっちだったので……」


 まただ。また彼女は黙り込んだ。


「最近、静かになったな? どうした? どこか悪いのか?」

「いえ、大丈夫です。あっ、誕生日プレゼントなんですけど……、物じゃなくてもいいですか?」

「ん? 物じゃないって?」

「私、樹さんとの思い出がほしいです」


 “思い出”という言葉が気にはなったが、俺はその意味を深く考えようとは思わなかった。


 その日の夜中、ふと目が覚めた俺は、隣で眠る彼女の寝顔を見つめた。

 その寝顔に今でもかつての恋人あかりを重ねて切なくなるが、最近では、それ以上に蛍のことを愛おしく思えるようになってきた。


 このまま彼女と一緒にいれば、灯のことはいつしか思い出になり、俺も前に進めるのではないだろうか。しかし、彼女には1年という期限がある。それも残りはあと1か月くらいしかないはずだ。

 どこぞの神様が決めたのか知らないが、このまま俺からのエネルギーを渡し続けるから、彼女がずっとこの世に残れるようにしてもらうことはできないだろうか……。


 そんなことを考えていると、蛍が『樹さん……』と俺の名前を呼んだ。返事をしても反応がない。どうも寝言のようだ。

 暗くてよく見えなかったが、頬に触れ初めて彼女が涙を流しているのが分かった。


 蛍……。お前、本当に最近どうしたんだ……?




 それから1か月経ち、誕生日を明日に控えたその夜、いつものように事が終わった後、俺の腕の中で蛍が信じられない一言を言った。


「樹さんからエネルギーをもらうのは、今日で最後になります」


 突然のことに俺は動揺した。納得できず彼女にその理由を問い詰める。

 

「明日の誕生日以降、私はこの世に残る道を選ぶことができるようになります」

「えっ!? 残ることができるのか? それはどんな方法だ?」


 喜びで興奮する俺に対し、彼女は辛そうな表情をしている。


「私がこの世に残る方法はただ一つ。樹さんと身体の関係を持つことです」

「……ん? それなら今やったことと同じじゃないか」

「いえ、誕生日を境に全く違うものになります。今までは身体を維持するためだけのエネルギーをもらっていましたが、明日からは生きるための力をすべてもらうことになります」


「……それはどういうことだ?」

「つまり、私が生きる代わりに樹さんが死にます」


 蛍が生き続けるためには俺が死なないといけないだと?


「……ごめんなさい。私、それが目的で樹さんに近づきました。

 私、幸せなんか感じることなく死んじゃって……。一度でいいから幸せになりたかったんです。それで神様と契約したんです。私の代わりにここに来る人を見つけるから生き返らせてって……。

 でも、代わりになる人を選ぶのにいくつか条件がありました。その中で思い浮かんだのが樹さんでした。あの川辺で声をかけてくれた優しい男の人なら、もしかして私を助けてくれるかもしれないって……。本当に子どもの浅知恵でごめんなさい」


 俺は話の内容に追いつくのが精一杯で、何も言葉が出てこない。しかし、彼女は俺に構わず話しを続ける。


「私は数日のうちに消えることになると思います。黙って去ろうかと思いましたが、やはり正直に話せて良かったです。短い間でしたが、樹さんと過ごせて幸せでした」


 彼女は苦しそうだが、どこか穏やかな顔で笑ってみせた。その笑顔に胸が苦しくなる。


 優しさなのか、同情なのか、はたまた愛おしさなのか……。これから自分が選択する答えの理由になりそうな感情が入り混じる。


「いいよ。俺が代わりになってやる」


 その答えに彼女の顔がショックで青ざめる。


「な、何言ってるんですか!? 冗談なんかじゃなく、本当に死ぬんですよ?」

「別にいいさ。どうせ独り身だし、あっちに行けばまた灯に会えるから」

「樹さんが良くても、私がダメです!」

「なんでだ? せっかくのチャンスが目の前にあるんだぞ?」


「……私、樹さんのことを好きになってしまったんです。だからできません……」


 蛍の気持ちを知り、“俺はなんで愛する人とずっと一緒にいられないんだ!”と自分の運命を恨んだ。


「それに樹さんを死なせたら、私、灯さんに怒られちゃいます……」


「……灯のこと知っていたのか?」


 彼女はその問いに小さく頷いた。

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