第13話 ささやかなプレゼント

「……あかり? 本当に灯なのか?」


 俺は今、自身の目の前で起こった摩訶不思議な出来事に目を疑った。


「樹さん……。やっと会えた……」


 彼女が“灯”だと分かった途端、俺は悲しいほどの愛おしさに包まれた。


「灯……。ずっと会いたかった……」

「樹さん。私もだよ」


 常識では考えられない方法で奇跡的に再会した俺たちは、涙ながらに抱き合い、お互いの存在を確かめ合った。


「……私、ずっと心残りがあったの」


 しばらくして彼女が俺から身体を離すと、鼻をすすりながらそう言った。


「心残りって?」

「うん……。私、樹さんにずっと謝りたかったの。『お別れも言えないまま突然死んじゃって……、ずっと辛い思いをさせてごめんね』って……」

「そんな! 灯の方が誰よりも辛かったはずだ!」


 その言葉で堪えていたものが一気に溢れ出たのか、彼女は大粒の涙を流し大声で泣いた。


「本当は、樹さんとも家族とも突然お別れしてしまって辛かった! ずっと一人ぼっちで寂しかった!!」


 彼女の悲痛な叫びを聞いて胸が苦しくなり、俺は彼女を強く抱きしめた。


「今度は俺も一緒に逝くよ」


 しかし、彼女は首を横に振った。


「嬉しいけどそれはダメ。私のせいで樹さんが死ぬなんて、そんなの耐えられない」

「俺なら大丈夫だよ」

「絶対にダメ! 私は樹さんに会って謝ることができてもう思い残すことはない。だから、私は朝になったら消えようと思う」

「そんな……。まだ一緒にいたい」


 灯とまた別れないといけないなんて嫌だ。俺は必死になって彼女を引き留めた。

 しかし、『長くいたらその分だけお別れするのが辛くなるから……』と灯はそれを断り続けた。


「樹さんには生きていてほしい。そして、私の分も幸せになってほしい」


 いつの間にか彼女の顔に生前の笑顔が戻っていた。その晴々とした笑顔を見て、俺は再度の別れを受け入れるしかなかった。



 それから俺たちは寝る間を惜しんで二人の思い出話や俺の店の話をした。灯は、俺のくだらない話までも終始笑顔で聞いてくれた。

 だが、“灯にずっとこのままそばにいてほしい”と思うのと同時に、俺は頭の片隅で蛍のことが気になっていた。


 そして別れの朝が近づいてきて、灯がウトウトとし始めた。彼女がこのまま眠ってしまったら蛍もきっと消えてしまう。

 

 灯を想えばこんなこと言うべきではないのかもしれない。しかし、俺はどうしても蛍の願いを叶えてやりたかった。


「灯、最後にお願いがあるんだ……」

「……んん? 何?」

 

 彼女が目を擦りながら眠そうな顔で俺を見た。


「もしその身体の中にまだ蛍がいるなら、もう一度だけ呼び戻せないか?」

「あの子のことを? ……どうして?」

「俺、あいつに“誕生日プレゼントをやる”って約束したままになってるんだ」

 

 彼女は一瞬戸惑った様子を見せた。

 それもそのはずだ。かつての恋人が“最後に会いたい”と思った人は、自分ではなく別の女性だったのだから……。俺は断られるのを覚悟した。しかし、彼女からの返答は意外なものだった。


「あの子のこと好きになっちゃったんでしょ?」


 心の奥底を見透かされた気がして、灯に対して申し訳ない気持ちになる。

 決して灯のことを忘れたわけではない。しかし、今は蛍のことを一番に考えてやりたいと強く思っている。


「樹さんを取られて悔しいけど、あの子のおかげでこうしてまた会えたから許してあげる。でも朝が来るまでは、樹さんは私のだからね!」


 イタズラ顔で笑った彼女をやはり愛おしく思う。俺にとって灯はこれから先もずっと“大事な人”だ。


 その後、灯は深い眠りにつき、俺も彼女を腕に抱きしめたまま目を閉じた。



 そして朝が来た。

 俺が目覚めた時、すでに灯の意識は消え、代わりに蛍が戻ってきていた。


「……樹さん? ……えっ!? なんで私戻ってるんですか? 灯さんは!?」


 蛍は珍しく慌てふためいていた。その様子を見て思わず俺の顔に笑みが溢れた。

 

「灯とはちゃんとお別れできたよ。蛍、ありがとう」

「そんな……、私はお二人を騙したんです……」

「いや、蛍のおかげで俺も灯も前に進むことができた。だから、今度は俺からお前にお礼をさせてくれ」

「えっ? お礼って?」


 俺はこれから来る別れの寂しさを一旦忘れ、精一杯の笑顔を見せた。


「この間、誕生日プレゼントに『思い出がほしい』って言ってただろ? それを叶えてやるよ! お前が消える瞬間まで思い出に残ることをたくさんしよう!」

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