仇討ち、完了……?
キリちゃすは、標的に照準を合わせる。
ようやく、
天鐘は足がすくみ、物陰に隠れたまま動けない。後は、どうとでもなるだろう。
だが、まずは目の前の刺客を倒さなければならない。
片腕の老婆、『元老院』とかいう相手だ。
『おそらく、奴が最強の刺客だ。奴一人だけでも、日本全てのスラッシャーを撃退できるほどの強さだろう』
「うん。前回は万全じゃなかったけど、今はいけそう」
一歩進むと、炎に包まれた車が挟み撃ちしてくる。念力使いが、まだいたか。
チェーンソーをローラーブレード代わりにして、念力使いの老婆に接近する。
キリちゃすのすぐ後ろで、爆発が起きた。車同士が、衝突したのだろう。
攻撃が当たらず、念力使いが茫然となっている。
念力使いの首に、チェーンソーのキックを食らわせた。絶命した念力使いを、魔王が手で包み込んで食らう。
まずは、ウォーミングアップ終了である。
警察や消防も、到着していた。勝負を決めなければ、また邪魔が入る。
チェーンソーのダッシュで、距離を詰めた。ヒザを。
老婆は片腕にも関わらず、キリちゃすの蹴りを防いだ。振動により、チェーンソーにヒビが入る。キリちゃすの脚も、一瞬で砕けた。
『これがヤツの能力か!』
キリちゃすが転倒した途端、チェーンソーも破壊されてしまう。
今度は回し蹴りを見舞った。
老婆は数珠を持った裏拳で、こちらの武器を防ぐ。
またしても、チェーンソーが砕けた。
みぞおちに一発を食らう前に、キリちゃすはバリアを展開する。なるべく力を使いすぎないように、腹だけをかばう。
だが、拳だけでなく蹴りまで連続で放ってきた。どの一撃も、落石のように重い。
「これで片腕とか!?」
『相当の使い手だ!』
なんという強さか。人間をやめているようだ。
いくらキリちゃすが死ににくいからと言っても、相手の一撃は致命傷になりかねない。
足払いを食らって、キリちゃすは転倒した。
キリちゃすの顔面へ向けて、老婆が拳を振り落としてくる。
「なめんな!」
道に落ちていた鉄パイプを、キリちゃすは老婆に突き刺す。
腹を貫かれ、老婆は後退りする。そのまま、仰向けにドンと倒れた。
「あっけなかったね」
『最強クラスのスラッシャーと戦ったのだ。身体は既に、ボロボロだったのだろう』
相手が人間なら、死ぬはずだ。人間、ならばの話だが。
「……マ?」
片腕の老婆は、起き上がってきた。ゆっくりとパイプを腹から抜き取って、平然としている。キズも、みるみる塞がっていった。
「化け物?」
『……こやつ、もう死んでおる!』
死して尚、立ち上がってくるとは。
『一時的に、スラッシャーの不死能力を会得しているのか!』
また、ラッシュが襲ってくる。
「どうやったら死ぬん、コイツ!?」
『なにか、ヤツを操っている元凶がいるはずだ』
この老婆の動きから、第三者の気配がした。
たしか
もしや。
『この老婆を操っているのは、天鐘だ!』
天鐘が、物陰でこっそり印を結んでいるのが見える。死体をスラッシャー化して、自身の式神にして従えているのか。
老婆を式神にしている相手は、わかった。
しかし、キリちゃすは老婆に首を掴まれてしまう。凄まじい力で、持ち上げられた。
振りほどこうにも、老婆の腕は鉄のように硬い。
『だが、悪手だな』
老婆が、目を見開く。
『死んでいるなら、食える』
魔王が腕を粘液状にして、老婆を食らった。
『おお、これはこれは。元老院の力は、とてつもないな』
魔王が、ほぼ十分に力を取り戻したようである。
後は、天鐘を始末するのみ。
キリちゃすは、隠れている天鐘に歩み寄る。
天鐘は銃を構えたが、その銃を念力で奪う。
怯える天鐘に向けて、キリちゃすは引き金を引く。
「終わったね。これで全部」
「いや、まだ最後の始末が残っている」
キリちゃすは、背後から声をかけられる。
振り向いた瞬間、キリちゃすは胸を銃で撃たれた。
~~~~~ ~~~~~ ~~~~~ ~~~~~
廃工場は、ひどい有様だった。ホラー映画の撮影現場みたいな光景である。
「こちらオカルト課の
オレは、
『了解、おつかれさん』
「それと、現場にいた女子高生を保護しました。おそらく彼女が、
救急車も来ている。しかし、生存者は女子高生の一人だけだった。とはいえ虫の息で、意識の回復は本人の意思次第だろうとのこと。
『わかった。
「お願いします」
無線を切った。
「おかしいですね。キリちゃすの気配がありません」
たしかに、キリちゃすの姿だけが見えない。
「逃げたか?」
天鐘を殺し、すべて終わったのだ。どこかへ行方をくらましたのでは?
「いえ。キリちゃすや魔王の性格からして、逃亡はありえません。目的は完遂したのです。彼ならおそらく、警察の前に出てくるはずなのです」
「オレたちと、戦うためか?」
「ええ。そう思っていたのですが」
スマホが鳴り出す。
『今、弥生の月の本部に、ガサ入れの指示が出ました!』
「とうとう、捜査のメスが入ったか」
あれだけの騒動を起こしたのだ。無関係とは言い難い。
『それだけじゃないんです!』
福本が、早口で言う。なんだか、様子がおかしい。
『さっき頭首の
「わかった。オレたちも行くから待ってろ」
『了解』
オレと緋奈子は、現場に急行する。
途中の道で福本と合流し、弥生の月本部へ向かう。
だが、弥生の月本部で見たのは、おぞましい光景だった。
そこらじゅう、血まみれの死体ばかり転がっている。
男女も関係ない。
召使いなどの非戦闘員さえ、犠牲になっていた。
中庭の池さえ、血のプールと化している。
鑑識が来るのを待ちきれず、オレは踏み込む。
「全員、死んでる」
緋奈子が、状況を確認した。
「コイツらみんな、弥生の月が雇った刺客ですよ! この長身の男も、アジア系の男女も、アクション俳優までいますよ!」
興奮しながら、福本が救急に連絡を入れる。
胸騒ぎがした。オレは、尚純がいると思しき和室へ。
ふすまを開くと、尚純の姿はなかった。
「いませんね」
「これは、キリちゃすが?」
「いえ。この足跡を見てください」
緋奈子が、畳に付着した赤い足跡を指差す。
「革靴の足跡だな」
デカイ。男性のものだ。
「尚純が乱心した?」
「いいえ。歩幅が大きいです」
よく見ると、足袋の足跡まである。
「尚純は筋肉の付き具合から、歩きが遅い印象を受けました。あれだけの高齢では、こんな大股の歩き方は難しいでしょう。足の長さもまるで違う」
「足袋のほうが、尚純だっていうんだな」
「はい。それとこれを」
さらに緋奈子は、畳に落ちていた長い髪の毛を見つける。
「これは、キリちゃすのか? やはりアイツも現場に」
「ええ、想像できるとすれば、捕まったのかも知れません」
ワタシを背負ってみろというので、オレは緋奈子を肩に担ぐ。
「犯人は多分こんな感じで、キリちゃすを抱えて帰った来た。尚純を油断させておいて、全員を銃殺した」
「尚純も、ホシがどこかへ連れて行ったんだな?」
「ええ。こんなことができるのは、弥生の月に恨みを持つもの」
「堂本、だな」
しかし、ヤツはどこへ行ったのか?
「生存者がいるぞ!」
奥の間に、警官の声が響く。
オレと緋奈子は、声のする方へ向かった。
押入れの中に、人がうずくまって泣いている。
「お……お前は!」
その人物は、さっきまでオレたちが行方を追っていた人物だった。
「どうして、堂本がこんなトコロに?」
しかし、男性は叫ぶ。
「ぼ、ぼくは、堂本じゃありません!」
ええ……?
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