とある退魔師の結末

 井口イグチは、電車に乗ってキリちゃすの潜伏先へ向かっていた。


 弥生の月に支給されたスマホには、スラッシャーのおおまかな魔力を検知できる機能が備わっている。これを頼りに、スラッシャーを探すのだ。


 ひときわ大きい反応が、とある県の山奥を指している。ここが、キリちゃすの居場所だろう。


 まだ時間はある。他の退魔師たちは移動に手間がかかっているようだ。自分が一番乗りだろう。とにかく急いで……。


 そこで、自分が何者かに囲まれていることに気づく。どおりで、自分以外に乗客がいないと思っていた。


 気がつくと、客が二、三人に増えている。右に一人、左には二人いた。どの客も人間ではない。全員が同じような黒いフードつきロングコート姿で、顔も見えなかった。


 よく考えると、いつまで経っても駅にたどり着かないじゃないか。


 ここでようやく、自分がワナにハメられていたと気づく。


 頭が理解した瞬間に、ロングコートの集団が近づいてくる。


「魔王の復活を邪魔するものは、死あるのみ」


 ノイズの混じった機械的な声が、コートから聞こえた。相手は、手にナイフを持っている。


 ザコスラッシャーだ。数で押してくるタイプだろう。


 井口も立ち上がって、迎え撃つ。やられる前にやれ。まずは自分がどれくらい強いか、視聴者に見てもらう。


 上段の回し蹴りで、左のコートスラッシャーの首を蹴り飛ばす。


 ナイフで武装したスラッシャーに、挟み撃ちにされた。


 つり革に足をひっかけて、ハイジャンプする。ナイフの波状攻撃をかわした。


 囲まれないように移動して、三人を同時に相手をする。


 井口は、リュックに差していたポスターを抜く。推しアニメである『魔法少女 ヤミネコ』のポスターだ。これを武器とすると、強くなった気がする。


「ふうううう!」


 彼は、丸めたポスターを指で挟む。持ち手から先端まで、魔力を込めた。紙切れ同然のポスターに、日本刀並の切れ味が備わる。


 バカの一つ覚えのように、スラッシャーはナイフで襲ってきた。


 精神を集中させ、井口は向かってくるスラッシャー三体を一瞬で切り捨てる。


 井口に斬られたスラッシャーたちは、黒い灰になった。


 我ながら、見事である。


「どうよオレの実りょ……」


 勝ち誇っていた井口のみぞおちに、穴が空く。


 井口が振り返ると、そこにはさっき殺したコートタイプと同系統のスラッシャーが。 


 背後にいたスラッシャーに、胸を貫かれたのだ。


 井口が倒れると、スマホの画面が目に飛び込んでくる。


 人がリアルで死んだんだ。再生数も伸びているだろう。これで画面の向こうは、自分に注目しているかもしれない。


 そんなことを考えながら、井口の視線に再生数が飛び込んでくる。



 再生数は、たった一四だった。



 ~~~~~ ~~~~~ ~~~~~ 



 やべえ。囲まれてる。


 黒フードの連中が、大量に湧きやがった。コイツら全員、スラッシャーなんだろう。


「んだ、テメエら?」

「魔王復活に手を出すな。そうすれば、こちらも手出しはしない」


 ここでも、魔王かよ。


「はあ? テメエら、魔王の手先か?」

「違う。だがほぼすべてのスラッシャーは、魔王の恩恵を受けている。もう一度だけ言う、邪魔をするな」

「スラッシャーだぁ? テメエらはただのゾンビじゃねえか」


 数あるスラッシャーの中で、もっともポピュラーで最下級のザコだ。

 おおかた、魔王が復活するってんで「便乗して魔力のおこぼれもらいましょ」、って墓から這い上がってきたのだろう。

 ハゲタカみてえなヤツラだ。


「だが、物量で押しつぶすには最適だ」


 まったく恥ずかしげもなく、ゾンビスラッシャー共が足を引きずりながら寄ってきた。


「カオル」


 緋奈子ヒナコが臨戦態勢のまま、オレに目配せしてくる。


「ケッ」


 鼻で笑いながら、オレは銀製のオートマチックをとった。


「へん、やなこった! スラッシャー殺しは、オレの生きがいなんだ!」


 すべてのスラッシャーを根絶やしにするため、オレは警察官になったんだ。

 オレとスラッシャーとの殺し合いは、一生終わらねえ。


「ならば、死んでもらう。すべてのスラッシャーは、お前を狙うだろう」


 黒いローブの集団が、一斉にサバイバルナイフを所持した。


 緋奈子も、白い手袋をはめ直す。


「やってみろや!」


 オレが銃を構えると、スラッシャーが襲いかかってきた。


 ローブの腕を掌底で払い、心臓と眉間を同時に撃つ。


 後ろから刺されそうになるが、紙一重てかわしてこめかみに一発お見舞いした。


 緋奈子は拳だけで、ローブのスラッシャーを粉砕している。

 別の個体を蹴りでも倒しているから、あの手袋に特殊加工があるというわけじゃないらしい。純粋に、緋奈子の力で退治しているのか。


 負けてられっかっての。


「おらあ!」


 飛び膝蹴りを、ローブのアゴに食らわせた。


 肉体に魔力を乗せる術さえ会得していれば、たいていスラッシャーは死ぬ。

 退魔師としての特殊訓練は必要だが、スラッシャーはその気になれば殺せるのだ。

 スラッシャーは、幽霊のような武器の効かないアンデッドではない。



 三体のローブが同時に、オレへナイフを投げてくる。


 さっきヒザで蹴り殺したローブを引き上げて、盾にした。


 銀の銃を片手で撃ち、三体同時に倒す。


「全員、逝ったか。手応えのねえ奴らだ」


 一息つき、オレは銃をしまう。


「やるなアンタ。武器も持たずにゾンビを殺っちまうなんて」

「訓練していましたから。それより今のあなた、並々ならぬ殺気でしたね」

「ああ。前にも話したが、スラッシャーは親の仇だからな」


 腹が減ってしまったので、まだ開いている駅前のドーナツ屋へ飛び込んだ。


 いくらカツ丼を食ったばかりと言えど、退魔の仕事は腹が減る。魔力を大量に消耗するからだろう。


 甘いドーナツをオレが大量に買う中、緋奈子はトレイにチョリソーのピラミッドを作っている。スープ代わりに、担々麺まで添えて。


 ドーナツを食いながら、オレは幼少期を語る。


「オレは、オカルト課の刑事と巫女の間に生まれた」


 母親の実家は、神社だ。


「当時からオレは、霊媒体質ってやつで、スラッシャーを引き寄せていた。『人に見えないものが見える』ってんで、よくからかわれていたよ」

「霊能力者あるあるですね」


 話を聞きながら、緋奈子は黙々と担々麺をすする。


「知っていたか? 千石さんの前は、オレのオヤジが署長だったんだ」

「存じ上げております。優秀な警察官だったと」

「しかし、オヤジは大型のヤマを追って、死んだ」


 スラッシャーに殺られたって、千石さんから聞かされた。


 今でも、そのスラッシャーの行方はわかっていない。千石さんが署にこもっているのは、犯人の手がかりを探し続けているから。


 オヤジの死後、母親は実家へ帰った。妹と一緒に、神社を守って暮らしている。


 オレは千石さんに、鍛えてもらい、スラッシャーを殺す術を学ぶ。優秀な両親の血を継いでいるからか、上達は早かった。


「あの人がひょうひょうとしているのは、そうしていないとオレがシリアスになり過ぎちまうからだとよ」


 あの人は、オレにとってのドーナツみたいな存在だ。一種の緩衝材ってところか。


「わかります」


 田舎の母と妹の反対を押し切って、オレはオカルト課に入る。


「あんたはどうなんだ? あんたほどの才女で美人なら、別に退魔師になんてならなくても」

「そう思ってくださっていたんですか?」

「まあな。お世辞抜きで、いい人だと思う。ちょっと融通はきかねえが」

「私は、戦闘ばかり教わりましたからね。聞き込みなどは最低限しか」

「探偵失格じゃん」


 せっかく褒めたのに、自滅してやんの。


「わたしが退魔師になった理由は、恩返しです。とある少年の」

「少年? それって……」


 オレが聞き返そうとすると、スマホが鳴り出す。


「んだよ、福本フクモト!?」


 相手は、後輩の福本だ。


「ででで、出ました! スラッシャーのキリちゃすです!」

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