別荘
夜の二二時、キリちゃすは「
仇の名は、「
厳密には、ピが飼っていたモンスターの仇であるが。
黒い大型犬をデフォルメしたリュックの形にして、モンスターを携帯している。
どんな物質にも擬態できるとは、便利な機能だ。
ガキっぽいビジュアルになったが、キリちゃすのカワイさは倍増しているはずである。
バーチャル配信者の
【魔王】とかいうこのモンスターは、ピが大事にしていたものだ。
いわゆる形見である。ということは、ピの一部だ。
となると、この化け物と同化したキリちゃす自身も、ピの一部になったといえよう。
こんなすばらしいことはない。
だが、奴らはピのペットを足蹴にした。それは、ピを傷つけたことと同じである。
絶対、許すわけにはいかない。
「あれかな?」
背負っている魔王に、キリちゃすは話しかける。
『そうだ』
魔王は、ピの声を出せるようになった。
ニセモノなのは気に食わない。
が、まだピとの繋がりを感じられる。
会話しているときだけは、「まだ生かして、飼っておいてやるかな」と思えた。
別荘の外観は、山奥の白い建物である。
その実態は、各所を魔導障壁で覆った特殊な建築物だ。
キリちゃすのようなスラッシャーが来たら、警告音と共に電流が流れるだろう。
『さながら、異国の立派な宮殿だ』
「ホラー映画のオバケより、ギャングたちに襲われる方が似合いそう」
かつてピと一緒に見たフィルムノワールで、主人公のギャングが支配していた屋敷によく似ている。
裏切り者として粛清されそうになったとき、主人公は屋敷を襲ってきた刺客にショットガンを乱射するのだ。
正直、映画はつまらなかった。
しかし、ピと一緒にいる時間が何よりも尊かったのを思い出す。
彼らはナイトプールで、バーベキューをしている。
バカな奴らだ。狙撃されたら一発なのに。ホラー映画のシチュエーションとしても、最高である。
手頃な武器を探そうと、キリちゃすは倉庫を漁る。
もちろん、警備兵は食った。歩き通しで腹が減っていたので、ちょうどいい。
これでメロンソーダがあったら、もっとよかったのだが。
メロンソーダと人肉があそこまで合うなんて、ピと暮らしていなければわからなかった。
「チェーンソーがあった」
キリちゃすが、木を切り倒すときに使う電動ノコギリを取り出す。
『スプラッタ映画のようにベタだが、効果的だ』
思っていたより、軽い。もっと重いものだと思っていたが。
違う、自分の腕力が強くなっただけか。
これなら、二つ持てる。
キリちゃすは、チェーンソー二丁を手に取った。
『両手が塞がっている。私に収納しろ』
「おっけ」
今の魔王は、リュックになっているになっている。
これは、収納ボックスの役割を持っていた。
定期的に人間を食わせるという制限があるが、機能的だ。
これだけ人数がいれば食料には困らない。
なお、人間を食うとキリちゃすの腹も満たされる。
あとは、奴らを殺すだけだ。
ピの意識が、ビリビリ伝わってくる。
もっと生きたかったって、もっとキリちゃすを守りたかったって、もっと殺したかったって。
「あたしもだよ、ピ……」
幽鬼のように、勝手口へ向かう。
ペットが見せている、幻覚かもしれない。それでもよかった。
幻覚とはいえ、ピはピだから。
ペットなのに、魔王ってやつはこんなにもピを慕っていて、ピも頼りにしている。
――悔しい。あたしだってピに大切だって思われたいのに。
ダメだダメダダメダ。いけない、なにを熱くなっているのか。あやうく、同士討ちをするところだった。
殺す相手を、間違えるな。
魔王は手を貸してくれている。
殺すべきは、あの斗弥生なんとかっていう退魔師だ。
警備員の中に、見知った顔を見つけた。キリちゃすは、彼を知らない。キリちゃすの中にいる『魔王』が教えてくれたのだ。
でっぷりした背の高い男が、勝手口の警備をしている。
背後に周り、キリちゃすはチェーンソーの切っ先を、警備員のノドに当てた。
「久しぶりだな、
「……魔王様」
彼は、キリちゃすをそう呼ぶ。
この人物は姿こそ人間だが、式神である。
この男の正体は、魔物だ。西洋で言う「クレイゴーレム」である。
全部、キリちゃすの中にいる魔王が教えてくれた。彼が何者なのかも。
平阪という男も、キリちゃすの放つオーラで正体がわかったらしい。
「ごぶさたしています、魔王様。今日は、お仕事で来られたので?」
彼には多分、キリちゃすが何をしに来たかわかっている。
だが、雑談で話題をそらそうと必死のようだ。
「ああ、仕方なくな」
平阪は黙り込む。
『おい式神五三番、応答しろ』
苛立った声が、トランシーバーから聞こえてきた。
「……五三番、異常なし」
トランシーバーで、平阪は返答する。直後、彼はスイッチを切った。
「番号で呼ばれているのか」
「哀れんでくださらなくても、結構です」
斗弥生の一族は、捕らえた魔物・妖怪を束縛して、自分のシモベ「式神」にすることもできるのだ。
おそらく、
「痩せたな。昔は関取みたいだった」
「一五キロ落ちました。激務が続きまして。人間も食うなと言われました」
「ああ。だったら、休暇が必要だな。もう帰っていい」
平阪は、ゆっくりと振り返った。
「お手伝い、いたしましょうか。私も、戦わせてください。私の尊厳を踏みにじった斗弥生に、ひと泡吹かせたい」
キリちゃすは首を振る。
「それはあたしの役目だ。あんたは休んだほうがいい。あんたの無念は、必ずあたしが晴らす」
「これだけの数を、ムチャです。本能寺の変から、あなたは復活して間がない。いったいどれだけの間、封印されたと思っているのです? 五〇〇年以上も眠っていたのですよ?」
「約四四〇年間だ」
それに、平阪は長年使役されすぎて、弱っている。
魂がすり減っているのがわかった。
これではかえって、足手まといになる。
「……斗弥生だってバカじゃない。一〇〇人以上の退魔師たちに、あなたの抹殺を依頼しました」
平阪が、スマホを見せてくれた。
キリちゃすに、八億の懸賞金がかけられている。
「いくら日本最強のスラッシャーといわれたあなたでも、トップレベルの退魔師一〇〇人を相手に一人で――ぐえっ!」
キリちゃすは、平阪の首を閉めた。
だが、力を込めたのは一瞬だけ。
「もし手を貸そうものなら、あたしはあんたを切り捨てなければならない」
最後にキリちゃすは、平阪の首筋を優しく撫でる。
観念したのか、平阪は耳にはめていたレシーバーを捨てた。
「ありがたき幸せ」
平阪の姿が、フッと消える。元の世界に帰ったのだ。
彼には、戻ってもらわないと。また力を封じられたら、今度こそ彼は死ぬ。
勝手口から、お邪魔する。
キリちゃすは、チェーンソーを魔王に収納した。
息を潜め、洗面所へ向かう。警備員を、一人ずつ消していった。
こんな奴らに、重い武器は必要ない。
歯ブラシを頭を刺して殺していく。
安全カミソリも、キリちゃすがモテば凶器となる。
洗面所に、男性が入ってきた。
こいつも魔王を殺す現場にいたので、覚えている。
異変に気づいたようだが、その瞬間に鏡へ男の顔面を打ち付けた。
洗い場に水をため、顔を沈めてやる。
もがきながら、キリちゃすへ抵抗を試みていた。
「天鐘はどこだ?」
顔を挙げさせ、男に問いただす。
「てめえ殺してやる!」
もう一度、水を飲ませてやった。
「どこだ?」
「上のプールエリアだっ! バーベキューの煙が上がっているからわかるはずだ!」
「そうか。お前もバーベキューにしてやろう」
ゴキ、と、男の首をへし折る。
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