百人の刺客

 プールに浸かりながら、天鐘テンショウは浮かれていた。


 天鐘を囲むのは、旨い酒と、極上のいい女たちである。


 狙われて、ヤケになっているのではない。本心から、このパーティを楽しんでいた。


「おい、ビールもってこい!」


 小間使いが、小さなビールを用意する。


「おせえんだよ!」


 天鐘が、プールサイドに置いていた拳銃をぶっ放す。


 音にビビって、小間使いが逃げていく。


 そのさまを、天鐘はゲラゲラ笑いながら見送った。


 周りも笑っているが、心からあざ笑っているのは数名だけとわかる。あとは、天鐘の機嫌に合わせていた。


 気に食わない。誰も自分に心を開かないことが。この世界全てが、天鐘を「無能」と囁いている気がする。


 自分は最強の家柄に生まれた。だが、実態はどうだ? みんな父に怯えているだけ。天鐘を見ている者はいない。いたとしても、自分と同じクズな奴らだけだ。


 警備員たちが、天鐘の元に歩み寄る。


「んだ? おめえらもチーズが欲しいのか?」


 プールサイドにあったチーズの盛り合わせを、天鐘は足で警備員たちの足元に寄せた。


「食えよ、ロバの希少なミルクを使ったドンキーチーズだ。ただし四つん這いでな。ケケケケェ!」

「その辺にしておけよ」


 開脚気味にしゃがみこんで、警備員は天鐘の顔を睨む。


「テメエ。堂本ドウモトの配下だからって、調子に乗るんじゃねえよ! ここでは俺ががボスだ。この斗弥生 天鐘の指示に従えってんだ!」


 天鐘は腕をふるって、プールの水を警備員の顔にぶっかける。せっかくの高いチーズも、台無しになった。


 しかし、警備員は態度を崩さない。


「怖いもの知らずも、ここまで来ると哀れだな。自分がどんなスラッシャーを相手にしているかも知らずに、呑気なもんだ」


 警備兵が鼻を鳴らす。その顔からは、哀れみと呆れ、侮辱が見えた。


「なんだよ、ビビってんのか? ざっけんな! 俺は怖かねえ!」

「お前さんにも、ビビってほしいのさ。おぼっちゃま」


 警告した後、警備員はプールサイドに置いてあった瓶ビールを取り上げて、立ち去る。


「おい、ビールをもう一本もってこい!」


 今度は、誰も来やしない。 



 代わりに、チェーンソーがこちらに飛んでくる。



 黒い粘着質の物体まみれになった電動ノコギリが、天鐘を縦に切り裂こうと迫ってきた。


「やべ!」


 間一髪のところで、天鐘は難を逃れる。


 チェーンソーの一つは、プールサイドに突き刺さって止まった。


 もうひとつは、同僚の肩をえぐっている。



 ~~~~~ ~~~~~ ~~~~~

 


 油断したか。キリちゃすは舌打ちをする。いくらなんでも、相手を舐めすぎた。


『外したぞ』


 粘液状の魔王が、チェーンソーを引き戻す。


「めんど」


 キリちゃすは、スライム状の魔王をチェーンソーにくっつけて飛ばした。確実に首を狙ってたつもりだったのに。


「確実に当ててよね」

『やはり、ブランクがあるようだ』


 何百年も眠っていたから、殺人に空白期間があるという。


「スランプ状態?」

『そうらしい。もう少し殺し足りなかったようだ』

「じゃあ、もっと殺せば戦いやすい?」

『かもしれん』


 再度、キリちゃすはチェーンソーを構えた。


「なんだてめえは?」

「ナイトプール中みたいだったから、いい感じのバスボムを用意してあげた」


 首のない死体から赤黒い血が流れて、青白い光を放つプールを染める。


 プールに入っている奴らを切り刻みながら、チェーンソーは天鐘めがけて迫る。


「ひいいいい!」


 頭を抱えながら、天鐘は跳ぶ。ダッシュしながら、チェーンソーを回避した。二連続の攻撃だったのに。


 運のいいやつだ。あの攻撃を二つとも避けるとは。


 バスタオル一枚のまま、天鐘は逃げ出す。


「逃さない」


 キリちゃすはチェーンソーを投げ飛ばそうとした。


 しかし、両側から弾丸が飛んでくる。


 電動ノコギリの刃で、キリちゃすは弾を受け止めた。


 二人の護衛が、銃を撃ちながらキリちゃすを挟み撃ちにしようとする。


 だが、キリちゃすはチェーンソーを銃撃してくる相手に向かって投げ飛ばした。


 武装している二人は、刃には注意を払っていたらしい。しかし、魔王である粘液に絡め取られる。そのため、チェーンソーを抱きしめる形となった。


 拳銃を持った敵が、電動ノコギリの刃を抱擁しながら絶命する。


「逃げるな」


 またキリちゃすは、天鐘にチェーンソーを投げつけた。次は、絶妙な距離である。今度こそ、確実に仕留められるだろう。


 家の壁に大量に生えていた蔓が、チェーンソーに絡みつく。


 刃の軌道が変わってしまったではないか。


 蔓は切り捨てることができたものの、天鐘の足元に突き刺さった。


 キリちゃすの集中力が切れて、チェーンソーが止まる。


 こちらが攻撃をやめたことで、他の人間たちが退散していく。


 入れ替わりで入ってきたは、東洋の法衣を来たスキンヘッドの男性だ。顔は五〇代のおっさんだが、中二系のマンガで見るようなデカイ数珠を所持している。


「あいつのせい?」

『そうらしいな』

「あれがさっきの警備が言ってた、雇われ退魔師?」 

『たしかに面倒なやつが来た。次の相手は、傭兵と化した退魔師だ』


 魔王の言葉からして、厄介な敵らしい。


「やれ!」と、天鐘が指示を出した。


 粘液を操作して、キリちゃすは天鐘を斬り殺そうとする。


 だが、緑色の障壁に阻まれた。あの坊主が、術で木の蔓を操っているようだ。


「参ります」と一言つぶやき、坊主が拝みだす。僧侶が手に持つ数珠が、ひとりでにフワリと浮き上がる。


 またしても、蔓がひとりでに動き出した。


 両手は蔓を切り刻んだが、足首を取られる。


 キリちゃすは、逆さまの体勢にされた。


「この蔓の警戒をくぐり抜けたことは、褒めましょう。しかし、自分から敵地に単身乗り込んでくるとは、あまり賢い方とは思えませんな」

「昔は勉強できたんだけど、あんま学校にいなかったからね。成績は中学でガタ落ちしたっけ」

「死ねば、いくらでも学習できましょうぞ。我々僧侶はみな、織田信長に恨みを持っております」

「ノブナガ?」


 織田信長と魔王が関係あるのか、魔王に尋ねてみる。


『私の前の飼い主だな』


 当時の情報を、脳内に直接流してもらう。


 比叡山を燃やすなど宗教弾圧が盛んだったと、教科書には記されている。「退魔師狩りだった」とも。


 逆恨みもいいところだ。僧侶狩りは、織田信長が独自にやったことである。魔王は西洋東洋関係なく、宗教など滅ぼすつもりだった。信長の戦略として、見逃してあげていただけで。


「あの世で過去の同胞にお詫びなさい」


 坊主が手を合わせる。


 蔦が、キリちゃすの首に巻き付いた。


「あたしからも、一つ教えてあげる」


 逆さまになりながら、キリちゃすは警告する。


「いいでしょう。なんなりと」


 余裕ぶった様子で、キリちゃすに近づく。


「敵とのんきにしゃべってちゃ、ダメだよ」


 足首に絡みついていた蔦を、キリちゃすは切断した。

 足にチェーンソーをローラーブレードのようにハメて、切り刻んだのである。

 ついでに、僧侶も等しくサイコロステーキに変えた。


 僧侶の肉片が、焚き火台の上でジュワッと音を立てる。


 キリちゃすは、焼けた僧侶の肉を素手でつまんだ。口の中に、ポイと放り込む。


 実に不快な食感だ。いじめっ子に消しゴムを食わされた時のような、拒否感が出る。


「おいしくないね」

『歳を取りすぎておったようだな』


 だが、内臓はまだ食えるか。


「あいつ、逃げちゃうね」

『追うぞ……ぬ』


 十数人の僧侶が、キリちゃすを取り囲んだ。 


『まだ来るぞ』

「みんな、バーベキューにしちゃえばいいじゃん」


 足のチェーンソーを、キリちゃすは起動させた。

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