15.夏の思い出

「エル君は飲み物なら何が好きなのかしらぁ?」


「メロンソーダ」


出店の列に並びながらリネアに問われた少年が答えた。


「バーズさんはぁ?」


「水かコーヒーしか飲んでるの見たことねぇ」


エルと雑談をしていると順番が来たリネアが注文をする。


「オレンジジュースとメロンソーダ、アイスコーヒー二ついただけるかしらぁ」


目の前で焼かれているたこ焼きを爛々とした眼差しで見つめている少年を見て、黒眼の女が注文を追加した。






警備員に追われているサングラスの男が人通りの少ないエリアへと入っていく。


「待ちなさい!!」


「しつけぇな!俺ぁ、女の子の頼み以外聞きたくねぇんだよ!」


人気がまばらな通りを曲がると、手にした荷物からいつものスーツを取り出し瞬時に着替えた男が道を歩いていく。


先ほどまで着ていた服を隠すように黒い上着を上にして袋へと押し込んだYシャツ姿の男が、自分を無視して走り去る警備員の姿を確認すると元来た道を引き返していった。




赤眼の男が広場に戻ると、栗色の髪の少女が青髪の男に抱きついている姿が見えた。


素知らぬ顔でツェンが広場を通り過ぎると前方からリネアとエルが歩いてくる。


「あれ、ツェン」


「よお」


金眼の少年に挨拶を交わした赤眼の男がリネアが持っているオレンジジュースを手に取った。


「それ先生のだぞ」


「悪ィな。走り回って喉が渇いちまった」


オレンジジュースを飲み干すと少年が手にしているたこ焼きを頬張る。


「何すんだよ!!皆で喰おうと思ってたのに!!」


「腹減ってたんだ。6個入りなんて言わねぇで倍買ってやるからよォ、買い直しにいこうぜ」


しかめっ面をする少年の手を取り赤眼の男が屋台通りへと向かって行った。


「歯に青海苔ついてるわよぉ?」


「そうかぁ?鏡見せてくれ」


リネアが持っている飲み物のトレイを受け取ると、女が鞄から取り出したコンパクトをツェンに向ける。


「何もついていないように見えるんだが?」


「変顔お疲れ様ぁ、嘘吐きさん」


エルの手を取ると赤い羽根帽子の女が歩き始めた。




「ホットドッグとターピンとたこ焼きを3つずつくれ、後オレンジジュースとジャスミンティ」


「4250ウェンになります」


財布を取り出すと1000ウェン札を取り出して艶やかな黒髪の男が言う。


「まけてくれよ」


「申し訳ありません、お客様。私共は正規の値段以外での対応は行っておりません」


札を一枚そう言う男の胸ポケットに入れると赤眼の男が告げた。


「そう言わねぇでよぉ?」


「困ります」


再び揉めているツェンの下に警備員が走り寄る。


「どうされました?」


「何でもありません、お嬢様」


5000ウェン札を店員に差し出しながら笑顔で赤眼の男が答えた。


「この土地に不慣レなもンでして。出す札を間違えたのかなぁ?」


「でしたらよいのですが」


引き返していく警備員の肩を掴むと、先ほど店員の胸ポケットに入れた紙幣を回収し、今度は警備員の胸ポケットに突っ込んだ。


「チップだ。取っといてくれ」


「それ以上は犯罪だから止めてねぇ」


赤眼の男の腕を警備員から引き剥がすと、リネアが言う。


「ちったぁ旅行気分を楽しませろよ。俺は女の子には優しくするのが信条でね」


「初対面の女の子の胸を揉むことは優しさでも何でもないわよぉ?」


白けた表情でそう告げられたツェンが答えた。


「チップを払っただけさ」


「その手つきがエロいのよぉ」


二人のやり取りを見ていた警備員が赤眼の男に札を返そうと胸ポケットを探る。


「そこには仕舞っテおりませんで。失礼しマす」


「お尻のポケットに手を突っ込んで『ありましたー』って言う気?始めから手に持っているのがバレバレよぉ?ああ、私一応警官なのでこの変質者の処置は任せておいてちょうだい」


再びツェンの腕を掴んで言うリネアの表情と警察手帳を見た警備員が足早に去っていった。


「いや?手には持ってないぜ?」


「お前の頭に刺さってるのがそうじゃないのか?」


エルにそう指摘されたリネアが帽子に手をかけると紙幣が羽飾りの間に挟まっているのを確認する。


「馬鹿にしてくれちゃって」


「ただの手品だよ」


掌を合わせると数枚の紙幣を出現させた男が答えた。


「どうでもいいから受け取ってくれよ。店員の兄ちゃんも困ってんぞ」


「おおっと、悪ィ悪ィ」


釣銭と飲食物が刺さったトレイを回収したツェンがそれをエルに渡す。


「お前が持っていってやれよ」


「おう」


トレイを手にし歩いていく小さい少年の後姿に赤眼の男が言葉を投げかけた。


「落とすなよ」


「気ぃ散らすなよ!!」


飲み物を溢さないようにぎこちなく歩く少年を見ながらリネアが言う。


「バーズさんもそうだけど、貴方もエル君やシルファちゃんに対しては親みたいに振る舞うのねぇ」


「データ上なら俺はお前より二歳年下なんだぜ?あんなデカいガキがいて堪るかよ」


「私の歳までよくご存じで。それと対応の話よぉ?」


リネアの言葉にツェンが当時を思い出して告げた。


「初めて会った時みてェにいつまでもなよなよされてちゃムカつくんだよ」


「子供思いなのねぇ」


「ンなつもりはねぇな」


そう話し合う二人がエルの後を追っていった。

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