14.擬態
「あなた何kgなのぉ?」
中々降りてこない3人を待ちくたびれた長い黒髪の女が青眼の男に問う。
「質問には答えるが、あまり詮索するのは止めろ。ツェンもそれを望んではいないだろう」
「答えてないじゃない」
リネアの言葉に青眼の男がジャンプ台を見やりながら答えた。
「150kg程だ」
「ぁぁぁぁぁああああーーーーー!!!!」
上から近付いてくる少女の絶叫を聞きながらリネアが言う。
「重いのねぇ。シルファちゃん潰されちゃいそう」
「何を言っているんだ?君は」
ゴムの反動で天へ戻る少女が空中で静止した瞬間を見逃さずに、バーズがカメラのシャッターを切った。
「やりましたー。私やりましたー」
虚ろな目をした少女が呻きながらベンチに座っている。
「慰めてあげたら?」
「ではカメラを頼む」
カメラをリネアに渡すと青い眼の男がベンチに座る少女の下へと歩いていった。
「ホント子煩悩ね・・・」
リネアがジャンプ台を見上げると金髪の少年が降ってきた。
バーズと同じように静止の瞬間に連写でシャッターを切ると、カメラを向けるリネアに気付いた少年が笑顔でポーズを取り目線を向ける。
装着された器具を係員に外されるとエルがリネアの下へ駆け寄ってきた。
「どうだった?」
「綺麗に飛べてたわよぉ。写真見てみる?」
デジタルカメラの画像を再生しようとするリネアにエルが答える。
「後でいい。先生は?」
「あそこで虫の息よぉ」
黒眼の女の返事を聞くと金眼の少年が少女へ向かって走っていった。
「妬けるわねぇ」
その背中を見送りリネアが再びジャンプ台を見上げると同時に、着ている服をはためかせた男が空中で優雅な弧を描いて落ちてくる。
一応カメラを向けるリネアの眼前に、シャッターを切る間もなくツェンが両手を上げてマットの前に着地をした。
舞い上がる砂埃を手で払いながら顔を顰めてリネアが問う。
「何してんの、アンタ」
「ちょいとゴムをつけ忘れちまってねぇ」
服の埃を払いながらツェンが言うと地上のスタッフが駆け寄ってくる。
「大丈夫ですかお客様!お怪我は!?」
「怪我はないでスねぇ。ちょいと助走をつけ過ぎたみたいで」
その答えにスタッフが苦言を呈する。
「ゴム無しで飛ばないで下さい!!」
「そいつぁ失敬を。どうも上の係員さんとは馬が合わなかったようで」
揉めている様子を見て二人の警備員がサングラスの男の間に割って入った。
「後の話は事務所でお伺いしましょう」
「野郎の口説き文句なんざぁ聞きたくねぇなぁ!」
そう言ってリネアに預けていた自分の荷物を引っ手繰り走り去るツェンを追い駆ける警備員の背を一瞥すると、リネアがエル達が座るベンチへ向かい歩いていった。
黒眼の女がベンチの前まで来ると青い顔をした少女が太い足に膝枕をされて呻いている姿が見えた。
金眼の少年が心配そうにその背を撫でている。
「大丈夫ぅ?」
そう問いかけるリネアに、バーズが胸ポケットから紙幣を取り出すと彼女に差し出しながら告げる。
「手間をかけて悪いが飲み物を買ってきてくれるか?旅行の疲れが出ているのかシルファの体調が芳しくない」
「あなたの膝枕のせいじゃないのぉ?私が代わってあげるからあなたが買ってきてあげたらぁ?」
その声が聞こえた栗色の髪の少女がバーズの服を掴んだ。
目を細くし、ほくそ笑んだ黒髪の女が言う。
「私、みんなの好みとか分からないしエル君も一緒に来てくれない?」
「行くのは構わねぇけど、でもなぁ・・・」
横たわる少女を見ながら戸惑う少年に、少女がか弱い動作で手招きをする。
近づいてきたエルを座るように促し、その耳元で囁いた。
「オレンジ・・・ジュース・・・」
「おいリネア、オレンジジュースだってさ!買ってきてくれ!」
その声量に更に顔面を蒼白にさせたブラウンの瞳の少女が、金眼の少年の耳を優しく摘まむと呻くように告げる。
「君が・・・買ってきて・・・」
「大丈夫なのか?」
そう問われたシルファが横たわりながらも青い眼の男の膝の上で静かに首を縦に振る。
「お姫様がご所望みたいよぉ。行きましょ」
そう言ってエルの腕を掴むとリネアが歩き出した。
「エルを行かせて良かったのか?」
青い眼を周囲に光らせながらバーズが問う。
「今はこのままがいい」
頬に紅を滲ませた少女が答えた。
「大分具合が良くなったようだな」
「気持ちがよくて」
青い眼を光らせたままシルファの眼を覗き込もうとするバーズに、少女がその顎に掌を押し当てる。
「見ないで」
「具合が良さそうで何よりだ」
そう言ってバーズが再び周囲に青い眼を光らせた。
しばらく静かな時間を過ごした少女が男の太ももの上で呟くように言う。
「もう止めてよ、そんなこと」
「この眼の力を使うことをか?」
青い眼の男の表現に表情を曇らせたシルファが言った。
「そうだけど、そうじゃない」
「繰り返し言うが君の事は大切に思っている。だが調査を止めることはできない」
ゆっくりと体を起こすとバーズの眼を見つめて少女が告げる。
「私のことを大切に思っているなら一秒でも長く私と一緒に生きてよ。死ぬような真似しないで」
「長くは一緒にいられないとは言ったが、俺の目的がいつ果たされるのかは分からない。人類は大分しつこいようだ」
その返事にバーズの首に腕を回して少女が叫んだ。
「だったら明日いなくなるみたいな言い方しないでよ!馬鹿!!」
「君にはあらゆる可能性を示しておきたかった」
青眼の男の肩に頬を乗せてシルファが呟く。
「エルと違って私には家族って言える人は貴方達しかいないんだから・・・」
「知っての通り俺にも肉親はいない。家族と呼べるのは君達くらいのものだ」
青眼の男の言葉を聞き悪戯な笑みを浮かべて栗色の髪の少女が言う。
「あーあ、世界なんて平和にならなきゃいいのに」
「そうだな」
軽く窘められると思っていたシルファが顔を紅潮させバーズから手を放すと、ベンチに座り直した。
「それってどういう意味・・・?」
「俺も消えることを望んでいるわけではない。ましてや家族を残してまでな」
青い眼を光らせながら周囲を見渡す男を見て、少女が微笑みを浮かべる。
「何も見つからなければいいのに」
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