9.東国より愛を込めて
「質問があります、カトー長官」
執務室の中、黒髪の男にリネアがそう告げる。
「私にツェンを東国へ連行するよう命じられましたが、その意図を聞かせて下さい」
敬礼している部下に切れ長な目を向けるとカトーと呼ばれた男が言った。
「君への命令に私の意図を説明する必要があるのか?私は決定事項を君に伝えたまでだ」
「それは長官より上からの指示ということでしょうか?」
デスクに座りながら黒い瞳の男が答える。
「言い方を変えよう。命令に対して質問をすることは君には許されていない」
「ですがツェンとその仲間の話を聞いていると、この資料自体がおかしいのです。これは報告として申し上げます」
デスクで端末のデータを見ると男が言った。
「そもそもこの資料は君が提出したものではなかったか?」
「私のデスクに置かれていた資料を調査したのが始まりです。警察内部のデータにも合致したので上官に提出しました」
リネアの問いに端末を見ながらカトーが言う。
「資料の出処に関しては懐疑的ではあるが警察のデータと一致したのならまずはそちらを信じるべきだ。あの胡散臭い連中の言うことなど鵜呑みにする必要はない」
「ですが」
男は立ち上がるとリネアの言葉を遮って告げる。
「君が赤眼の死神の調査を行いこの資料を提出してくれたことには感謝している。しかしこれは私からの直々の命令だ。君の報告については熟慮しておくが命令に関する判断はこちらでする」
「承知しました」
「それと」
敬礼をするリネアにカトーが次いで言う。
「近日中に連中はこの国から出国するだろう。君に与えた任務はツェンの連行だったが、そちらは無理に遂行する必要はない。ツェンの監視を命令する」
「東国から離れてツェンの周囲に滞在しろということでしょうか?」
紺のスーツの男がリネアに近づくと言う。
「長い出張になる。もちろん滞在や調査に係る費用などはこちらで全て負担しよう」
「盲目の母を差し置いて長期間自宅を空けることは了承しかねます」
リネアの言葉に手にした端末を見ながらカトーが応える。
「ご母堂にはホームヘルパーをつけること、スレッグ警部補には月に一度は報告も兼ねてこちらへ戻れることを保証する」
少し思案をするとリネアが言った。
「ホームヘルパーの指名は私に一任させていただくこと、2週間に数日は帰国できること。費用はそちらでもっていただけるのですよね?それと私への監視がついていたようだけれど外してもらえるかしら?エル君やシルファちゃんにまで危害が及ぶようなら辞表を出させていただくわぁ」
「命令に従う限りは全て承諾しよう。」
黒眼の男の言葉に一礼をするとリネアは部屋を後にする。
「無論、護衛はつけるがね」
デスクに戻ると端末を操作しながらカトーが呟いた。
警察庁から電車で2時間、バスで15分のところを最終バスが行ってしまっていたため、リネアはまばらに蝉が鳴いている夏の夜の中を自宅まで歩いて行った。
他と比べると豪華な造りの家に辿り着くと、鍵を回し扉を開ける。
電気のついている廊下を歩くと居間へと続く扉を開いた。
椅子に座る黒髪の女の姿を認めるとリネアが挨拶をする。
「ただいま、お母さん」
椅子に座っていた黒髪の女がリネアの声に答える。
「おかえりなさい。遅くまでお疲れ様」
「こんな時間まで起きてたの?」
リネアの声がする方へ向き直ると、母と呼ばれるには若い見た目の黒目の女が言う。
「カトーという人から電話があって。リネアの上司なんでしょう?今日戻ると聞かされたから」
「部下の家庭事情にまで踏み込むのはどうかと思うけど」
見えてはいないはずの黒い瞳でリネアの姿を捉えると、サラが言った。
「若い一人娘が突然国外へ出張したのだから、上司も親も心配するのは当たり前じゃない」
「そのことだけど」
リネアがサラの隣にある椅子に座ると次いで言う。
「今日は帰ってきたけど、しばらくまた出張することになるよ。月に二回は戻って来れると思う」
「今日はツェンに会ってきたの?」
カラーコンタクトレンズを外した赤眼の女が答える。
「何で分かるの?」
「リネアから私がツェンに作ってあげた香水の香りがするのだもの」
自分の服を嗅ぐとリネアが答えた。
「私には分からないけど、物持ちのいい人だね。香水を作ったのは20年以上前の話でしょ?」
「形見だと思って大事にしていたんじゃないかしら。あの人、私が死んだと思っていたんじゃない?」
ジェット機の中でツェンに『サラは生きてるのか?』と聞かれたことを思い出し、リネアが答える。
「そうみたい。お母さんが生きているって分かっても会いたくないみたいだったけど」
「あの人のことだから何かやる事があるんでしょう。それが終わるまでは私も戻ってきて欲しくないしね」
続けて色魔が言っていた『惚れた女に会っちまったら離れたくなくなるだろ』という言葉をリネアは思い出した。
「今日は寝る。おやすみ」
そう告げ自室へ戻るリネアにサラが応える。
「おやすみなさい」
部屋に入るとリネアが一人、想う。
「ラブッラブじゃん」
その想いは思わず口に出ていた。
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