8.幻の都

「東国へようこそいらしてくださいました。バーズ=クィンファルベイ殿。ツェン=フォーカス殿」


バーズが手配した車を降りると、白髪の老人が挨拶をした。


「わざわざ主席が出迎えてくれるとはな」


「大切なお客様に失礼があってはいけませんから」


その言葉にツェンが真紅の瞳を向けながら告げる。


「失礼があったから来たんだが?」


「それは大変申し訳ございません。首相以下も招集しておりますので、お話は中でお伺い致します」


黒いスーツを着た白髪の男が頭を下げながらそう告げた。


「そういう表面上の謝罪はいいからよぉ、早く行こうぜ。もう夜も遅ぇんだ」


「それでは参りましょう」


赤眼の男の言葉を受け、そう言うと男は国の中枢である議事堂へと歩いていった。




「お待ちしておりました」


三人が会議室に入ると10人ほどのスーツの男達が言葉と共に深々と頭を下げた。


「そういう畏まった態度を取られると自分が偉くなったみたいでケツの穴が痒くならぁ。俺達の肩書なんぞ取って付けたようなもんだ。タメ口きかれても別に怒りゃしねぇよ」


「そのような訳には参りません」


老人の言葉にバーズが言う。


「表面上の敬意より行動で表してもらいたいものだな。これから私とツェンが君達にいくつか質問をするがそれには真摯に答えることだ」


一息吐くと青い眼を光らせながらバーズが付け加える。


「事態はこの国が消滅するかどうかの瀬戸際にまで迫っていることを念頭に置いておけ」


その言葉に場の空気が張り詰める中、ツェンがいつもと変わらぬ口調で声を上げる。


「リネアを俺のところに送り込んできたのはどういう了見だ?アイツが俺の娘だってことは知ってたんだろ?」


椅子に座った老人が返答する。


「それに関しましては説明の順番が難儀致しまして。スレッグ警部補がツェン様に関する200年前の資料を警察内で提出したのが始まりです」


ツェンがバーズを見やると、男達に向かって青い眼を光らせた男が言った。


「嘘は吐いていないようだが、やはりそこがおかしい。ツェンという名前は20数年前にリネアの母親が名付けたもの、フォーカスという苗字は書類を作成する上でユニークなものを7年前に私がつけた。200年前にツェン=フォーカスなどという人物が存在するはずはない」


「私共もその資料に関しましては」


「お前、リネアが自分から俺のところに来たってこと知ってたのか?」


老人の言葉を遮って青眼の男にツェンが問う。


「彼女が何故そのような行動を取ったかの理由については分かっているが、それをお前に説明する必要はない」


「んだと!!」


ツェンがバーズの胸倉を掴むと真紅の瞳でその眼を睨みつける。


「知りたければ自分で訊け。俺はお前の家庭事情にまで介入するつもりはない。そのための時間は作ってやっただろう?」


ジェット機の中でのことを思い出すと、青眼の男から手を放した艶やかな黒髪の男が言う。


「俺の都合にシルファちゃんまで巻き込んだことは気に食わねぇな」


「その問答は後にしてもらおう。お前が暴れるとこの会議室内の人間が無事では済まない」


ツェンは無言で椅子に座り眼を瞑った。


「話が逸れたな。資料に関しては君達も精査した上で本物だと信じた訳だ。調査を続ける中、ツェンとリネアの血縁に気付いた君達はツェンを東国に在留させようと彼女をよこした。君達が言おうとしたことはそれで間違いはないな?」


青い眼を光らせながら会議室の椅子に座る男達に告げる。


その言葉に老人が言葉を返した。


「おっしゃる通りでございます。私共としましては貴方がたにこのままこの地に留まって頂けることを所望致しますが。お連れ様がお泊りになられているホテルなどとは比べ物にならないほどの待遇を用意することを約束致します」


「あまり欲をかくな。私達が西に留まっているのにはそれなりの理由がある。下手にこの男を刺激すると世界が滅びかねないことは君達も分かっているだろう?」


緊迫した空気の中、一人の若い男が席を立ち声を上げる。


「バーズ様の前で隠し事をしても無駄との認識の下、発言致します」


男は老人を見やると次いで告げた。


「副総理のキリュウと申します。我々が望むことはツェン様がご家族とこの地に留まっていただけることただ一点。北のレーベルクが未だに生存しているという情報がある中、貴方がたに西に留まられるのは我が国としては四面楚歌の状況であると言えます」


「四面とは言い過ぎだな。国連との締結にもあるが、国家が武力を行使しない限り国家に対しツェンが介入することはない」


「バランスが気に食わねぇんだろ。そいつ等は」


黙っていた赤眼の男が席を立ち、そう告げた。


「物騒な兵器何十万発も並べやがって。俺達が西にいなけりゃお前等真っ先に北を潰す算段だよな?」


艶やかな黒髪の男の言葉に一同が押し黙る。


「俺はそういうのに興味はねぇガ、これ以上サラとリネアに構うってなら相手になるぜ?」


真紅の瞳をした男が壁に手を当てると、溶け出したそれは蒸発した。


「気分が悪い。後はお前等でやッとけ」


そう告げた真紅の眼の男が壁に何メートルもの穴を作り、やがて外の景色が見えると夜空へと舞った。


「条約にもあることだが我々に干渉するのは止めろ」


沈黙の中椅子から立ち上がると青い髪の男が言う。


「君達も把握しているとは思うが、北の残党がツェンを狙っている。安易に手を出すことは考えにくいがサラの見張りは増やしておくことだな」


そう告げると青い眼の男が会議室を後にした。


「身内がいる限りその土地では暴れない。それが分かっただけで収穫でしたよ」


バーズが出ていくのを見届けた老人が言った。




「よお、俺の演技はどうだった?」


青い髪の男が議事堂を出ると赤眼の男がそう告げた。


「落第点だな。奴等にお前を東国に留まらせることは不可能だとは思わせられたが、後半は本気で怒っていただろう?」


「悪ぃな。惚れた女のことになると見境がなくなっちまってね」


歩きながらバーズが言う。


「本当にサラに会わなくていいのか?」


「いちいち言わせる気かぁ?分かってんだろ」


少し間を空けてツェンが思いの丈を言葉にした。


「そんじゃ今夜は一杯付き合ってもらうぜ。お前は俺のことを分かっているかもしれねぇが、たまには俺にも話させろ。やっぱ一言言っとかねぇとこっちはすっきりしねぇんだよ」


「普通の店になら付き合おう」


青い眼の男と赤い眼の男が繁華街へ向かって歩いて行った。




「俺だって会いてぇよ」


静寂が包むバーのカウンターで老酒を飲みながらツェンが言った。


「なら会えばいいだろう?」


ウォッカを片手にバーズが言う。


「会っちまったらお前ン処に戻る気はねぇ。親子三人静かに暮らすさ」


「静かには暮らせそうにもないが、な」


グラスを煽るとツェンが言った。


「へっ、来るヤツぁ全部ぶっ殺してやるよ」


酒を注ぎ足しつつ赤眼の男が続ける。


「そうして俺は娘や孫達まで老衰で逝くのを看取る訳か」


「そうとは限らない。その前に俺が消える時が来たのなら、お前との約束を果たそう」


青い瞳の男の言葉にグラスの水面を見つめながらツェンが言う。


「俺はお前との約束なんざ100年経とうが果たされねぇと思ってるんだよ。わざわざそのこと教えてシルファちゃんまで悲しませやがって」


「よく分かったな?」


青い瞳の男が問う。


「操縦席から出てきたシルファちゃんの目が赤らんでたからなぁ。お前があの娘を泣かせるような話なんて他に思いつかねぇ」


グラスを傾けるとツェンが次いで言う。


「お前のことだから能力や素性を話した上で『俺は長くは一緒にいてやれない』とでも言ったんじゃねぇの?あんま悪戯に女の子を悲しませてんじゃねぇぞ」


「俺の存在がいつなくなるのかは不明だが、明日いなくならないとも限らない。しばらくはもつだろうがそのような不安定な存在に過度な期待をさせることはあの娘のためにならない」


グラスの中身を飲み干すと青い眼の男が告げる。


「ゆくゆくはエルを両親の下に戻してやりたいし、シルファには科学者として活躍できる道を用意してやりたい。このところ彼等も笑顔を取り戻してきている。その先に俺はいなくていい」


その言葉にツェンがバーズを睨みつけながら言う。


「そういうところが気に食わねェんだよ!俺達には家族だって思わせておいてお前の家族ごっこに付き合わされただけか?テメェが守ったガキ共を大切だと思うンなら最後の最後まで付き合ってやれよ!俺はテメェがいなくていい存在だなんて言わせねぇぞ!」


「それ以上に俺には果たすべき使命がある。それはお前も望むところだろう?」


グラスを握りつぶすとツェンが言った。


「テメェは人の記憶が読めるのかもしれねぇが、ガキ共の気持ちなんざ一生分からねぇだろうな!」


「俺は自分の存在意義に背くつもりはない。消える時に消えるだけだ」


その言葉に眼を見開いてツェンが言う。


「無責任だっつってんだよ!!」


「お前との約束は果たそう」


「ふざけんな!!」


そう言った赤眼の男が椅子から立ち上がると店を出て行った。

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