7.胡蝶の夢

「領収書をくれないか?」


大使館の前に止まったタクシーの中で赤眼の男が言った。


「すみません。もう一度よろしいでしょうか?」


「領収書をくれ」


再度告げたツェンの言葉に運転手が困ったような表情を浮かべる。


「ダメだ、どうも俺の知ってる東国語は古すぎるみてぇだ。お前から言ってくれ」


青眼の男が運転手に告げる。


「領収書を頼む」


「分かりました」


運転手が発行した領収書を受け取ったバーズ達は車から降りる。


「言葉が通じねぇのは参ったな。もしかして20年前に俺が来た時もあんまよく伝わってなかったのか?」


「この国の言葉も交えてはいたが、今の男が喋っていたのは大陸南部の少数言語だ」


呆れた顔をしたツェンが言う。


「そんなヤツがタクシー転がしてんのか?」


「そういう国だからな」


人種が入り乱れる街並みを見ながらツェンが言った。


「20年前とは随分と様変わりしちまったなぁ」


「かつてこの国が広く移民を受け入れる政策を打ち出して以来、終戦が近づくにつれ多様な人種がこの国に雪崩れ込んだことはお前も知っているだろう?言語さえ通じない人間を雇うなどここでは最早日常茶飯事だ」


大使館に向かいながらツェンが言う。


「そんなんでよくやれてんな」


「北の元帝国が弱体化を続ける一方で労働力を搔き集めることを目的とした嫌がらせのような政策だからな。国は豊かになったと言えるかもしれないが人種間での争いが絶えないことに政府も頭を抱えている」


歩きながらバーズが答えた。


「陣取りゲームからはないちもんめに切り替えたってことか?」


「そういうことだ。お前が大陸の北部をほぼ壊滅状態に追いやったため、この国も急いで領土を拡げる必要がなくなった。帝国から移住してくる者さえも受け入れることにより、更なる弱体化を狙ったのさ」


大使館の扉を開けながらツェンが質問をする。


「だったらもう北の元帝国・・・今は共和国とか名乗ってたか、そいつの領土なんて奪われ放題なんじゃねぇの?」


「国連との締結についてお前には詳しい話をしていなかったな。大戦終了時に敷かれた国境線を武力により書き換えることは禁止されている。例外はあるが」


バーズの答えにツェンが言う。


「それ破ったらどうなんのよ?全世界から核ミサイルでも撃ち込まれるっつーのか?」


「お前が行くことになっている」


その答えにツェンが声を荒らげて言った。


「本当にテメェは毎度毎度知らねぇところでまで人をこき使ってくれやがるな!たまには自分で行けよ!使え!その筋肉を!!」


「私が行ったところで問題を解決できても脅威にはならん。お前が行った破壊の爪痕を知っている連中からすれば、お前とだけは敵対したくないと考える訳だ。だからこの約束は破ることができない」


息を吐くとツェンが言う。


「俺が生きている間はな」


「世界が平和になるまでお前は死ねん。そういう約束だろう」


バーズの言葉にツェンが答える。


「そいつぁそうだがよ、たまにお前が言ってることが夢想に聞こえて仕方がねぇ。俺との約束を果たしたところでその後も世界は平和だとでも思うのか?」


「どの道人類に平和を願う想いがある以上、私は消えることができない。私が消えるまでは付き合ってもらうよ、ツェン君」


ツェンがロビーにあるソファに腰を降ろすと苦々しげに言った。


「今更数十年くらいお前に付き合ってやるのは構わねぇんだけどよぉ、俺は大戦の終了時が約束の果たされ時だと思っていたんだが?」


「私が消える時にお前も死ぬ。そういう約束だ」


そう言い残し受付で手続きを進める青い髪の男の背中を見ながら赤眼の男が呟いた。


「人間なんざ貪欲な生き物だ。果たされねぇよ、その約束は」




手続きを終えた青い髪の巨漢がツェンの下へ戻ってくると、冊子を差し出した。


「5人分のパスポートを発行しておいた。お前も持っておくといい」


「5人分?ああ、リネアの分は要らねぇのか」


受け取ったパスポートを懐に仕舞うとツェンが言った。


「彼女はこの国の出身だからな。出入国の処理だけ済ませておいた」


「ここんところ毎度思うんだがお前さんの手続きは強引すぎやしねぇか?他国に来て出身もよく分からねぇ5人組のパスポートを即日発行だなんて順番が滅茶苦茶だ。俺はアイツのことは嫌いだがアライが嫌味を言いたくなる気持ちも少しは分かるぜ」


赤眼の男の言葉に青眼の男が答える。


「これはお前も知っているだろうが本来ならどのような法律も我々に干渉してはならない取り決めになっている。だがそれを知らない層もいる。我々がパスポートを持っていることは温情と思ってもらいたいくらいだ。どの道釈放されることが分かっているのに街中でいちいち不法入国者として拘束されるのはごめんだろう?お互いに面倒臭いだけだ」


「そりゃまあそうだけどよ」


何処かへ電話をかけ始めながら告げるバーズにツェンがそう言った。

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