6.ORIENTAL LOVE STORY
「宮殿かしらねぇ、これは」
眼に映る建物を見ながらリネアが言った。
「本当に宿なのか?」
「宿泊施設ではあるけれどねぇ、一泊50万ウェン(東国の通貨名、約50万円)以上はする一般人には縁のないホテルよぉ?」
荘厳美麗な建築物を前に不安になったログがバーズに渡された地図を見ると、裏面に部屋番号とバーズのサインが記されていた。
「行くだけ行ってみよう」
子供達を連れ、長い黒髪を後ろで結った男が王宮と見紛うばかりの建物へと向かっていった。
「失礼ですがご予約は?」
その身なりを見たガードマンが4人に煌びやかな門の前で問う。
「バーズ=クィンファルベイという名前で予約している」
ログが地図の裏面を差し出すとそう告げた。
「これがその証明だ」
「少々お待ちください」
その名に心当たりがあるのか、ガードマンは地図を受け取るとロビーへと向かっていった。
「何だかホントに家族みたいだな」
「どういうこと?」
エルの言葉にシルファが問う。
「いつもバーズとツェンしかいなかったじゃねぇか。お父さんとお母さんと兄と妹が揃って家族旅行に行くってのをテレビで見た。俺達もそんな風に見えるのかなって」
その言葉に各々が反応する。
「親子で人種も違う、こんな怪しい家族がいるか?」
「私、まだ22なのだけれど。貴方みたいな大きい子を持った覚えはないわぁ」
「君に妹扱いされるのは心外・・・弟と思っている訳でもないけど」
エルは笑顔でこう言った。
「俺、家族旅行なんて連れてってもらったことねぇからさ。皆と旅行ができて嬉しいんだ」
エルの言葉を受け、3人の表情が緩む。
「家族旅行なんて言えないくらいおかしな旅をしているけれどねぇ」
「アンタ等は俺を殴らねぇし、テレビで見てるよりずっと良い旅させてもらってるのは感じてる」
エルの言葉にログが言う。
「俺達はお前を殴ったりはしない。お前が外れた行動をすれば制圧・・・その身を自由にできなくすることもあるが。お前の力は異常だ」
「だからかな。初めてツェンに会った時はボコボコにされた」
身体中に残る傷跡を見ながらエルが次いで言う。
「でもアイツは多分良いヤツだ。親父に殴られた傷は消えねぇけど、ツェンに殺されそうになった時の傷はすぐ消えた。いつも美味い飯作ってくれるしな」
「心因性のものかしらねぇ」
リネアの言葉にログがエルの腕を掴み、傷跡を見ると言った。
「いいや、組織が変形するまで繰り返し殴られたり切りつけられた痕がある。これはもう治らない」
「どうでもいいよ」
悲痛な面持ちをした三人にエルが言う。
「ツェンは俺を殴ったけど、ちゃんと俺に言ってくれた。気まぐれで他人の人生を振り回すなって」
エルはシルファに向き合いこう言った。
「だから俺はお前を守るよ。お前は俺を助けてくれたからな」
「お前、それはもうプロポーズだぞ?」
ログの言葉に笑みを浮かべてシルファが言う。
「別にそういうのではありません、家族ですから」
エルの頬に軽くキスをするとシルファが告げた。
「ちゃんと守ってね」
シルファの言葉を聞いていないかのように頬を袖で擦りながらしかめっ面をしたエルが言う。
「何すんだよ!汚ぇな!」
その言葉に表情を暗くしたシルファにリネアがフォローを入れる。
「東国ではそういうキスの文化はないから、きっとエル君も同じような国の生まれなのよぉ。そうでなくても何も教えられていないようだしねぇ」
「理解したところで辛いことってありますよね」
虚ろな目をしたシルファが言った。
「苦労する妹ねぇ」
「大変お待たせ致しました。当施設の支配人の陳と申します」
駆け足で門前まで走ってきた男が、そう言いながらゆっくりとした動作で名刺を差し出す。
「先ほどは当施設の従業員が無礼を働いたこと、心よりお詫び申し上げます」
深々と頭を下げる男を見てログが言う。
「予約した本人がいない上、俺達はこんな身なりで来ている。君等は予約した奴等を怒らせるようなことはしていない。泊まれるなら案内してくれないか?」
「寛容なお言葉を頂きまして、誠にありがとうございます。ただいまご案内致します」
支配人が手にしたリモコンのスイッチを押すと、門が開きリムジンが姿を現した。
「どうぞ、お乗り下さい」
リムジンの扉を開け、支配人が言った。
「私、宿泊客ではないのだけれど乗っても大丈夫なのかしらぁ?」
リネアの言葉に男が答える。
「予約されました方々と面識があるのでしたら、ご自由にして頂いて構いません」
「アイツ等を知っているだけで自分が偉くなったような物言いをされるのはいけ好かないわねぇ」
支配人は再び頭を下げる。
「大変申し訳ありません」
「別に陳さんに謝ってほしい訳じゃないのよぉ。嫌な言い方をしてごめんなさいねぇ」
一拍間を置くとリネアが言う。
「残念だけれどお母さんはここでお暇させていただくわぁ。上司に聞かなきゃならないこともできたしねぇ」
「では明日の10時にロビーで待ち合わせだ。君が入館できるよう支配人には話を通しておく」
「でしたらこちらをお持ち下さい」
話を聞いていた支配人が名刺の裏にサインをするとリネアに渡した。
「こちらをガードマンに見せていただければご案内するよう伝えておきます」
「さすが申し分ないご配慮ねぇ」
名刺を受け取るとリネアは一礼をして去っていった。
その後ろ姿に深々と頭を下げた支配人がログ達に向き直り告げる。
「それでは旦那様とお子様方、どうぞお乗りください」
「何か長ぇな、この車」
不思議そうに車両を眺めるエルの言葉にシルファが答える。
「そういう車なの。早く乗って」
「何だよ、つっけんどんだな」
エルから顔を背けてシルファが答えた。
「どうせ私は汚いですよ」
エルとシルファの首根っこを掴むと二人を広い車内に放り投げログが言う。
「痴話喧嘩ならそこでやれ」
ログが乗り込んだことを確認した支配人が扉を閉めるとリムジンが施設に向けて動き出した。
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