10.空蝉
「待たせたな」
約束していた10時少し前にエル達が泊っているホテルを訪れるとバーズがロビーにいる一同を見てそう言った。
「お前等一緒にいたんじゃなかったんだな」
ソファに座り端末を弄っているツェンに目をやりエルが言う。
「ンな冷血漢に構ってるより俺にはやることがあんのよ」
その言葉が聞こえていたのか赤眼の男が端末を弄りながら答えた。
「あらぁ?喧嘩でもしたのぉ?」
「いいや、いつものことだ」
リネアと青い眼の男の言葉にツェンが声を上げる。
「よせよせ、そんな筋肉ダルマなんかと話なんざすンな。お前の父さんも草葉の陰で泣いてるぜ」
「そういう貴方は何をしているのかしら?」
その言葉にしかめっ面をしたシルファがツェンに問う。
「他国の技術に触っておくついでに東国のお勉強をしようと思ってねぇ。こっちは通信網がかなり充実しているが、俺達が住んでいるあたりじゃ街から離れただけでケータイの電波さえ通じなくなっちまうからよ」
「この板で何が出来るんだ?」
タブレットの画面を覗き込みながらエルが言うと、ツェンがそれを片手で掲げる。
「おっと、こいつぁ見せられねぇな。バーズからの極秘指令でね」
その端末をリネアがツェンの手から取ると、画面に映るアプリを見て顔を顰めて音読し出した。
「『アケミちゃん、昨夜は楽しかった。僕は本国に戻らないとならない。君に迷惑がかかる。僕のことは忘れてくれ』」
「何の勉強をしていたんですか?人のことを冷血漢だとか筋肉ダルマだとか言っておいてバーズのせいにするのは止めて下さい」
無表情のままシルファがツェンに告げる。
リネアがツェンに軽蔑の眼差しを向けた。
「誤解を解いてくれないか?バーズ」
「極秘指令を軽々しく口にする部下を持った覚えはないよ、ツェン君」
その言葉を受け赤眼の男が叫ぶ。
「汚ぇぞ!!」
「私がツェンに指示を出したのは確かだが、その手段にまでは関与していない」
ツェンに向けて青い眼を光らせながらバーズが言う。
「昨夜は随分と楽しんだようだな」
シルファからゴミを見るような目を向けられているのを感じながらツェンが答えた。
「おかげさまでな」
「そっちの用事は済んだのか?」
ソファに腰かけていたログが青い眼の男に問いかける。
「それは私に聞くべきではないな。ここへ来た目的はツェンの連行だ。こいつを連れていくんだろう?」
リネアに眼をやりながらバーズが言った。
「それはもういいわぁ。無理にツェンを連行するのは問題がありそうだしねぇ。ただ200年前の資料は確かにあるのだから、監視と調査をかねてしばらく貴方達とご一緒させてもらうわよぉ?」
「君には借りがある。それは構わない」
「一応訊いとくんだけどよぉ」
リネアの手からタブレットを奪い返すとツェンが言う。
「俺が200年前に死刑になった理由って何よ?」
「罪状だけでも悲惨過ぎてここでは言えないわねぇ」
バーズがリネアに青い眼を光らせながら告げる。
「さて、そろそろ行くとしようか」
「何処へ?」
そう問うリネアにツェンが答えた。
「東国旅行へさ。言っただろ?俺のコーディネート力を見せてやるとよ。せっかくこんなところまで来たんだ、ガキ共にも家族旅行ってものを味わわせてやりたくてね」
「何度も言うが、あまり余計なことを言うな」
青い髪の男の言葉にタブレットをソファに放り投げ、眉間に皺を寄せた艶やかな黒髪の男が言う。
「俺は余計なことだとは思わないねぇ。テメェは大概のことが分かるのかもしれねぇが、こっちは言われなきゃ分からねぇこともあンだよ」
ソファに落ちているタブレットにエルが触れると画面が光った。
「何だこれ?」
それを見たシルファがタブレットを奪うように腕に抱く。
「そもそもこの旅行だってテ」
「ホテルのロビーで何を見てるの!?変態!!」
ツェンの声を掻き消す程の声量でシルファが叫んだ。
栗色の髪の少女へ向き直ると、その様子に困惑したツェンが言う。
「女の子へのメッセージにそこまで言われてもなぁ。ヤキモチでも妬いてんのかい?」
「お返しします」
栗色の髪の少女に渡されたタブレットの画面を見ると、赤眼の男が硬直した。
「さすがに知らねぇよ!!んなマニアックなもンは!!」
そう叫んだツェンに青眼の男が言う。
「これ以上はホテルの品位を落とすだけだ。行くぞ」
深々と頭を下げる支配人を尻目にバーズが子供達を連れて歩き出した。
ホテルから出ると一台の黒いワゴン車が止まっていた。
車の近くに立っている男にバーズが挨拶をすると、一礼をして言う。
「本日運転を務めさせて頂きます鄭と申します。よろしくお願い致します」
「こちらこそ、よろしく頼む」
握手をしながらバーズが言った。
ホテルのボーイがエル達の荷物を運んでくると、挨拶を終えた運転手はボーイと共にトランクへと荷物を積み込んでいく。
作業を終えた鄭が運転席に戻ると各々の扉を開けた。
「中心部の市場まで向かってくれ」
助手席に乗った青い眼の男がそう告げる。
運転手は全員が乗り込んだことを確認するとアクセルを踏んだ。
「貴方達、いつもあんなホテルに泊まってるのぉ?」
その質問にリネアの隣に座るツェンが答える。
「いいや、いつもはそのへんの安宿使ってる。そもそも俺は宿にゃ泊まらねぇけど」
「今回は奮発したのねぇ。子供達へのプレゼントかしらぁ?」
リネアの問いに青眼の男が答える。
「敵地のど真ん中に子供達を置いていく以上、いくらログがいるとはいえセキュリティの高い施設を選ばざるを得なかった。私かツェンのどちらかがいればもう少しグレードを下げても良かったのだが」
「でもそのおかげで素敵な部屋に泊まれました。ありがとう、バーズ」
「広いしベッドもデカいし飯も食っても食っても出てくるしスゲェ部屋だったぞ。ありがとな」
子供二人がそう告げた。
「礼ならツェンに言ってくれ。宿泊費を出したのはアイツだ」
「ンなもん自分の手柄にしときゃいいじゃねーか。面倒臭ぇ男だなぁ」
そう告げる赤眼の男を見てエルが改めて礼を言う。
「ありがとな、ツェン」
「・・・ありがとうございます、ツェンさん」
先ほどのタブレットの件が尾を引いているのか、そう告げるシルファの声は暗かった。
「いいんだよ、俺が貯金なんてしててもしょうがねぇしなぁ。金払うことよりアライの野郎に『宿泊費支給額上限の超過分はツェン様のご負担となりますが、お支払い可能ですか?』って懐事情を探るように言われたことの方がよっぽど苦痛だぜ」
「あまりお金持ってなさそうに見えるものねぇ」
外見だけなら自分と変わらない若さのツェンを見てリネアが言う。
「そうか?このスーツだって高いンだぜぇ?」
「顔つきの問題かしらぁ。貴方の眼、飢えたようにギラついて見えるのよねぇ」
片手で目尻を触りながらツェンが告げた。
「飢えているのは金にじゃなく女の子に、さ」
「完全に危ない人の台詞ねぇ、撃つわよ?」
肩に手を回してくるツェンの手の甲をつねりながらリネアが言う。
「へぇへぇ、そりゃすみませんね」
エルとシルファが外の景色を眺めながら時にはシルファが説明をし、時には二人笑い合っている。
後部座席からログがそれを眺めていた。
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