第70話 戸籍に入る理由
「グラハムさんの件は、後で本人のいる前で追及してみればいいと思います。どうせ明日の昼食でご一緒するでしょうから」
カイアさん、とんでもない事を言う。
明日の昼食が怖い。
明日、市場へ顔を出して在庫を確認した際、グラハムさんと話をあわせておこう。
毎週会っている件は内緒にしようと。
「まあそれもそうだよね。それで本題はどんな時に戸籍を入れようと思うか、だっけ?」
微妙に違う。
戸籍を入れようとどうやって決めるか、だ。
でもひょっとしたら違わないのかな、とも感じる。
それにグラハムさんの件から話題が離れた事はありがたい。
だから私からは訂正しない。
「少し違う気がするけれど、似たようなものか。
なら私の場合は誰もいない部屋に帰った時とか、部屋で一人だなと感じた時。そういう時、誰か一緒にいる人が欲しいと思う事は結構ある。
まあそう思っても相手がいないけれどさ、今現在は」
なるほど。
私の場合は帰れば和樹さんかちひさんか結愛がいる。
それ以前も常に結愛がいた。
でも確かに1人だとそう感じるかもしれないなと思う。
「私の場合は……やっぱり部屋で1人でいる時かなあ。あと凄く面白かったり感動するショーに出合った時も。でもまあそんな場合は一緒の戸籍でなくてもいいか。誰か趣味があう人と一緒に行けばいいしね。
でもそういうのを語れる人が身近にいるとやっぱりいいかも。趣味は同じじゃなくてもいいけれど、そうやって語る事を聞いてくれて、頷いてくれる人。そういう人がいたら、確かに同じ戸籍に入ってもいいかなあ」
レアさんの場合はそんな感じなのか。
ただそれはどちらかと言うと親友とかの範疇ではないのだろうか。
そんな気がしなくも無い。
ただヒラリア、同性婚というか同性で同じ戸籍に入るのもありだ。
そのあたり、やはり微妙に感覚が違うのかもしれない。
というか私が前の世界の、婚姻=異性愛という感覚に引きずられているのだろうか。
「私の場合は……難しいですね。生活面では割と我儘な自覚がありますので、自分の生活空間は他人がいない方が楽ですから。
それでも一緒の戸籍にいたいと思うなら……自分の生活空間に居てもいいと思える人、むしろいてくれると嬉しい人なのでしょうね、きっと。
正直なところ想像しにくいですけれど、もしわざわざ戸籍に入れたい、入りたいと思うなら、きっとそういう相手に出会った時か、特定の相手をそう感じた時なのでしょう」
なるほど。
何と言うかカイアさんらしい答という気がする。
そして思い切り思い当たる点がある。
一緒にいてもいいと思える人、むしろいてくれると嬉しい人。
確かに和樹さんといっしょにいると嬉しい。
少なくとも私は。
なら問題はない筈だ。
なら何故、私はこうやって悩んでいるんだろう。
ちひさんの件もあるけれど、それだけじゃない気がする。
「ありがとうございます。何というか、ヒラリアでそういった関係になるのはどういう状態なのか、感覚的にわからなかったので。
何となくわかった気がします」
「まあ他に世間でよくあるのは、相手の子供を産みたいとか産ませたいとか思う場合かなあ。小説なんかではよくあるよね、いわゆる生殖本能が呼んでいるっていう奴。まあ異性間に限るけれどね」
レアさん、なかなか過激な事を言うな。
そう思ったらリアさんが口を開く。
「でもあれって本当にそう感じる事があるのかは疑問だよね。確かに小説とかではよくあるけれど」
「人によるのでしょう。相手の顔とか才能、肉体的なものを欲しいというのに近いのかもしれません」
カイアさんも。
どうやら生殖本能が呼ぶ、というのはヒラリアでは一般的な概念のようだ。
少なくとも小説の上では。
ただこの辺は私には難しすぎる気がする。
参考までにとどめておこう。
「ただ実際は働きたくないから戸籍を入れるという人達も多いよね。5人とか6人とか同じ戸籍で、交代で1人だけ働いて、あとはだらだらしてるっての。
そういう家は子供が多かったりもするよね。セックスが一番安上がりな快楽だから」
うわあ、リアさん、とんでもない事を言う。
「あるある。それで子供は育てられないから学校の寮に入れるとかね。そういう子の場合、往々にして親と疎遠な方が成績良かったりするし。下手に親と交流あると、似たような感じになっちゃうから。勉強出来ないし意欲も無いって感じの」
「そうしてまた大人数の貧乏戸籍に入る訳か」
「それでも戸籍の誰かが働いているならまだましです。誰も働かなくなって、そのまま戸籍構成員まるごと労務施設行きになるケースも多いですから。
労務施設に配属になった友人がぼやいていました。そういった使えないのばかりが収容されるって」
リアさん達は国家公務員として一括採用されたと以前聞いた。
だから同期には他の役所や国の施設に配属になった人もいる。
働いておらず戸籍内に貯金も資産もないとされる人を収容する強制労務施設も国の機関。
当然同期にはそこに配属された人もいる訳だ。
「でも強制労務施設なら、入れば強制的に働かされるんじゃないのかなあ?」
「意欲はもとより忍耐力も無いので、結局は使役魔法をかけて強制的に命令に従わせるしかないらしいです。しかも知識も学力も理解力も無く、魔法もろくに使えないので、単純労働しか出来ない」
「でも使役魔法をかけた上で単純労働だと、最低賃金の半額しか出ないよね。なら施設を出るのに倍以上の年数がかからない? 寮費とか生活費があるし」
「その通りです。それでも使役魔法なしには働かない収容者が多いと。
結果、使えない収容者ばかりがどんどんカスの様に溜まっていくそうです。使役魔法をかけたり作業指示をする方もたまったものではないと」
うーん、和樹さんとの参考にと聞いた話だったのだが、とんでもない方向へ行ってしまった。
でもそう言えば結愛の学校、友人とかは大丈夫だろうか。
義務教育学校だから、それこそいろんな層の家庭出身の児童がいる筈だ。
1年だからまだ成績別でクラス分けもされていない。
一応結愛の成績は確認している。
和樹さんやちひさんに勉強を見て貰ったりもしているし、そこそこ優秀な方の筈だ。
それに子供の交友関係に親や保護者が口をはさむのはあまりいい事ではない気がする。
ただ、とりあえず少しは意識するようにしようと思った。
結愛の話を聞いたりする時に。
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