第67話 和樹さんの話

「ところでさっきはごめん、いや、ありがとな、美愛」


 歩きながら和樹さんが妙なことを言った。

 何について、どういう意味でなのだろう。

 わからないから、とっさに返答できない。


「あ、突然言ってもわからないよな。机を買った事についてだ。

 僕はどうしてもああいう買い物、自分で決められないんだ。家に前からある机でも特に問題無いからいいや。ついそう思ってしまってさ。

 だからさっきは助かった。ありがとう」


 何だそんな事か。

 和樹さん、大げさだなと思う。


「いえ、むしろ押しつけた感じになってなければいいのですけれど」


「そんな事はないさ。買おうと思えば買える値段なんだしさ。売れてしまって買えなかったらきっと後悔するんだ。

 どうにも僕はそういった判断があまり上手くないんだ。割といつもそうなんだけれどさ」


 どういう意味だろう。

 わかるようでわからない。


「あ、ちゃんと説明しないとわからないよな。もう少しでさっき話したパーラーだからさ。そこでちょっと話そうか。何か僕の事で一方的で申し訳ないんだけれど」


「わかりました」


 分からないけれどそう返答。

 もうすぐという事は、この近くのパーラーか。

 知識魔法で調べようかと思ったけれどやめておく。


 知らない方が楽しいという場合もある。

 それにどうせなら知識魔法より和樹さんに聞いた方がいいだろう。

 その方がきっと楽しい。


「そのパーラーはどの辺りなんですか?」


「あと次の角を右に行ったところだったと思う」


 反射的に知識魔法を起動しそうになるのを堪える。

 そこに無ければそれでも構わないのだ。

 散歩だけでも楽しいし、何ならこのままずっと歩いていてもいいくらい。

 心の隅でちひさんの件がちくちくしているけれど。


 角を曲がる。

 お店は残念ながらちゃんと存在した。

 白色基調の明るい造りだ。

 看板に『フェイダリア』とある。


「注文はどうする? 言ってくれれば注文してくるけれど」


 中はそこそこ空いている。

 時間帯が中途半端だからだろう。

 つまり席を確保しなくても大丈夫。

 だから……


「何を頼むか考えたいから、一緒に行きます」


 少しゆっくり話をしたいから、ケーキも頼もうかな。

 知識魔法でメニューを確認。

 今回はテッティレルタルトにしてみよう。

 テッティレルケーキとの違いを食べて感じてみたい。


 カウンター前に到着。


「お先に和樹さんからどうぞ」


「わかった。それじゃ注文お願いします。ケルストル1ピース、パインサイダー」


 なるほど、和樹さんはケルストルにしたか。

 あれもドライフルーツがぎっちり詰まっていてなかなか好きだ。

 こういった物は材料を揃えるとお金がかかるから、作るより店で買った方がいい。

 なんて貧乏くさい事をちょっとだけ考える。


「それでは私は、テッティレルタルト、アイスティーで」


 注文して、今回は和樹さんがお金を払って、そして席へ。


「そこ、窓際の角でいいか?」


「ええ」


 4人用のボックス席だけれど、店内は割と空いているから大丈夫だろう。


 向かい合って座ったけれど、本当は横に座りたかったかな、なんて思う。

 でも向かい合って座るのも悪くない。

 どうやっても視界に和樹さんが入るから。


「和樹さんは此処以外にもお店、幾つかストックがあるんですか?」


「ストックというか、前を通って知っているだけだな。1人だと入らなくてもまあいいかと思ってしまうんだ。さっき1人では机を買えなかったのと同じ感じでさ」


 おっと、これで先程の話題に戻るようだ。


「さっきは『判断があまり上手くない』なんて言ってましたよね。でもヒラリアでも商売で成功しているし、そんな事は無いんじゃ無いですか?」


 和樹さんの収入だけでも、4人で暮らすには充分以上。

 私の漬物や市場での仕事なんかはおまけみたいなものだ。


 だいたい和樹さんが拾ってくれなければ私や結愛はどうしていただろう。

 正直考えたくない。


「そうでもないさ。ヒラリアで何とかなっているのは美愛や結愛、ちひがいてくれるからだと思うし。僕1人だと、多分ここまでうまく行かなかったと思う」


 やはり話の筋がよくわからない。

 だから和樹さんの言葉をとりあえずそのまま聞く。

 

「僕は1人だと自分で先を見て考えて決断するという事をさぼって、何もしないまま流れに身を任せてしまう癖があるんだ。


 ヒラリアに来たのもちひの件があったからで、それが無ければきっと田舎の公務員のままだったと思う。いやだいやだと思いながら日々それなりに過ごしていたと思うんだ、きっと」


 少し話の筋が見えてきたかな、そう感じる。

 和樹さんの説明はまだ続いている。


「今まで僕自身については大抵の事はそれで何とかなってきた。だから余計に流れに身を任せてしまう癖がついてしまったんだろう。


 小学校や中学校は話が合わない奴ばかりだったけれど、それでも何とかやっていたし。大学時代には体力が無い癖に肉体労働のバイトなんかもやっていたしさ」


 確かに和樹さんの場合、それでも何とかなったんだろうなと思う。

 ヒラリアという未知の場所で私や結愛に寄生されても、しっかりお金を稼いでそれなり以上の生活が出来ているし。

 それは多分、和樹さんの能力が高いからだ。

 以前ちひさんが言っていた事を思い出す。


「そういえばちひさんが言っていました。先輩は飄々としていて何でも器用にやってのけるって」


 実際には、

『自分では何もしないような感じのクセして何でも器用にやってのけるんですよね。その辺ちょっと頭にくるかな』

と言っていたと記憶している。

 けれど一部はまあ省略だ。

 今回はそれで充分意味が通じるし。


「だからこそ余計に流れに任せるがままになってしまったんだろうと思うんだ。

 ただ時に放っておいて流れに任せてしまった結果、物事がこじれてしまう事がある訳で。


 例えばちひが病んだ件、その前に僕が動いて何とか出来た筈だ。大学を卒業した時点で自分の実家と縁を切って、ちひの近くに残る事を選択するとか。

 それで僕が困る事は無かった筈だ。


 ただ僕はそうしなかった。自分の意志で変えられる筈なのに何もせず、ただ流れるまま成り行きに任せてしまった。


 結果的にはこうしてヒラリアに来て何とかなった。でもこれはあくまで結果論なんだ。今後も何とかなるという保証は無い」


 いつもの和樹さんと少し違う感じだな、そう私は感じる。

 ちひさんが言った通り、和樹さんは飄々としていて、その癖何でもこなすという印象だった。

 基本的には割と無口な方で、話すより聞き役という感じで。


 ただ今の和樹さんも嫌いではない。

 今ここにいる私と和樹さんの関係も嫌じゃない。

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