第66話 無駄遣い? の誘惑

 道具屋の広さは見た目通り、うちのお家の1階部分全部位。

 狭くはないけれどお店としてはそこそこ程度。

 ただヒラリアの他のお店で見たことがない物が結構ある。


 例えばパスタマシン。

 小麦粉を捏ねて伸ばしたものを入れてハンドルを回すと、細切りの麺が出てくる装置だ。


「麺を切る機械の家庭用です。ヒラリアにもあるんですね」


「そう言えば軽食でパスタがあるよな、ヒラリアにも。買っておくか?」


「今はいいです」


 実は麺類はあまり得意ではない。

 理由は貧乏時代にお世話になり過ぎたから。


 ご飯ならおかずが必要なところ、乾麺のパスタは茹でで味付けするだけで一食になる。

 当時は500グラム入り1袋100円しなかったけれど、これと調味料だけで結愛と2人、2食分食べられる。

 結果、親が置いて行った菓子パンとともに常食化していた。

 

 だからヒラリアに来てからはほとんど食べていない。

 無意識に避けていた気がする。


 勿論今となってはそんな事は単なる昔の出来事。

 気にする必要は全く無い。

 でももう少しだけ気分的には遠ざけておきたい。

 完全に過去だと私自身が言い切れるまでは。


「他にお鍋やお皿もいい感じですね」


「確かにそうだな。こういった物はリユースするのが普通なんだろうな、ヒラリアでは」


 ヒラリアは食料品以外の物価はそこそこ高い。

 安価な大量生産の品が無いからだけれども。

 だから耐久消費財はリユースが多くなるのだろう。


 だからこの店、日本の感覚で見ると少しお洒落な感じに見えるけれど、実際はそれなりに実用的。

 値付けも装飾品的な高値でなく、でも新品と同様の使い勝手なら新品とそう変わらない。


 100円ショップ的な取り敢えず買っておけば便利かも、という気楽さは無い。

 でもこれはこれで正しいのかな、そんな気がする。


 あと少しばかり気づいた事がある。


「和樹さん、あの角度を変えられる机、気になっていませんか?」


 明らかにちらちら見ているのだ。

 近くを通ったり、角度的に目に入ったりする度に。


「あ、いや、別に今必要という訳じゃないんだ。ただあれがあると図面とか描きやすくなるかなと思っただけでさ」


 値段をさっと魔法で確認する。

 専用の定規と椅子がついて正銀貨8枚8万円

 安くはないけれど買えない金額ではない。

 素材も飴色の木製でいい感じだ。


「なら買ってもいいんじゃないですか。今後も使う機会はあるでしょうから」


「いや、あればいいかな程度で今の机でも困らないし。それに今日は服で結構お金を使っちゃったしさ」


 あればいいかな程度という事は、つまりは欲しいという事だ。


「和樹さんはあまり自分の物を買っていませんし、これくらいは買ってもいいんじゃないでしょうか」


「いや、今日は服だって2着買ったしさ」


「ヒラリアに来てから和樹さんが仕事以外に自分のもので買ったそれなりの金額のものって、今回の服くらいですよね。お金が無かったり貯金の必要があるなら別ですけれど、今はそうでは無いですし、机なら今後も使えるから買ってもいいと思います」 

 

 これくらい言わないと和樹さんは遠慮して自分のものを買わない。


「それに稼ぎ頭なんですから。和樹さんが自分のものを買わないと、私もちひさんも遠慮して自分のものが買えなくなります」


 正直居候の私が無駄遣いを強要しているようで気が引ける。

 でも和樹さんに対してはとにかく押しまくるのがコツ。

 だからここは押しまくる。


「わかった。そうだな、確かに欲しいとは思っていたんだ。ちょっと前からさ。それじゃ美愛もそう言ってくれたし、買っておこうか」


 無事購入。

 なお持ち運びの問題は全く無い。

 これくらいなら私のアイテムボックスでも余裕で入るから。


 お店を出て、そして。


「今度は何処へ行きましょうか?」


「この時間にまっすぐ帰ると、『もっとゆっくりしてきた方がいいですよ』とちひに言われそうだからさ。ちょっとその辺でお茶でも飲んでいこうか」


 何か一段とデートっぽい。

 勿論実際はそうではないのだけれど、それでも楽しいし嬉しい。

 ここは素直に喜んでおこう。


「いいですね。何処かいいお店はありますか?」


「もう少し奥に良さそうなパーラーがあるんだ。ただ1人ではどうにも入りにくくてさ。ここはヒラリアだから男1人で入っても大丈夫だとはわかっているんだけれど」


 和樹さんは甘いものが結構好きだ。

 そしてお酒は飲めない。

 だから確かにブラッスリーよりパーラー向きだなと思う。


「楽しみです」


「美愛の作ってくれるデザート類だけでも充分美味しいし満足なんだけれどさ。たまにはいいかなと思って」


 ヒラリア風のデザート類は正直なところまだあまり詳しくない。

 新しい味を知るいい機会だ。


「何というお店ですか?」


「それが場所は覚えているんだけれど、名前を忘れてしまってさ。ただ前に調べた時に評判等も確認したから大丈夫だと思う」


 フラムレインは飲食店がそこここに点在している。

 だから今の和樹さんの言葉だけではお店を検索しきれない。

 ただわからないまま行くのも楽しいかなと思う。

 そもそも和樹さんと一緒に散歩していること自体が楽しいのだけれども。


 ただどうしても、ちひさんに悪いかな、と心の何処かで感じてしまう。

 罪の意識がチクチク刺してくる。


 勿論この事でちひさんが咎めたりすることはありえない。

 むしろ、どんどん出かけて来て下さいなんて言ってくれる可能性の方が高いだろう。


 ただ、ちひさんだって和樹さんは大好きだし、独占したいと思ってもおかしくない。

 そもそもその方が自然だった筈で、私はお邪魔虫なのだから。

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