第64話 あくまでお買物

 お茶をして、またお昼まで作業をして。

 お昼ご飯の後にお出かけ準備で服選び。

 いつも職場に着て行く服が無難なのだけれど、いつも通り過ぎて仕事に行くような気分になる。

 

 なので今回はこの前ちひさんと買った新しい服にした。

 職場に着ていくには少しカジュアルなので、他に着る機会が無いから。

 決してそれ以上の意味は無い。


「それじゃ私はこっちですから。美愛ちゃんと先輩もゆっくり楽しんできてくださいね」


 お家の前でちひさんが北へ、私と和樹さんが南へと別れる。

 今日行くイオネストは東へ行く街道をまっすぐ進み、役所の前を通って少し先を左へ行った場所だ。


 知識魔法で店構えその他は確認済み。

 本日の営業は午後6時までで、今のところ空いているというのもわかっている。


「今日行くお店はどの辺?」


 ちょうど和樹さんが聞いてきた。


「オールドタウンにあるイオネストというお店です。場所的には新聞を数多く置いてあるあの本屋の近くですね。

 このお店の服がヒラリアでは定番中の定番という位置づけらしいです。だから一着目にはちょうどいいかなと思います」


「高くないかな」


 この台詞は想定内。

 当然対策というか返答も考慮済みだ。


「日本の高級スーツと比べればずっと安いようです。どんな場合でも着て行けるという事を考えれば、安い服を数着買うよりはかえって安くつくと思います」


「まあ理屈はそうだけれどさ」


 和樹さん、どうやら知識魔法で価格について確認したようだ。

 ならばあとは押すだけ。

 和樹さんに対しては押すのが基本。

 ちひさんの教え通りここは攻める。


「私もちひさんもそのクラスの服を2着ずつ持っています。だから和樹さんもいざという時を考えたら、買っておいた方がいいです」


 ふと思う。

 和樹さんと2人で街歩きというのは初めてかもしれないなと。

 そう思うと何か楽しい。

 今日は空も綺麗で外を歩くのにいい感じだし。


 いや勘違いするな、私。

 これはあくまで買物なのだ。

 和樹さんがきちんとした服を持っていないから買いに行くだけ。

 決してデートではない。


 それはわかってはいる。

 それでも何となく楽しいというか、浮かれている自分がいる。


 橋を渡り、役所の反対側を通り過ぎる。

 少し先にお馴染みの本屋が見えて来た。


「ついでだし、後であの本屋に寄ってみてもいいな。今週はまだ行っていないし」


「毎週買いにに行くんですか?」


 わかっているけれど聞いてみる。


「ああ。あの店で新聞を5紙くらい買って、ついでに南側の街をふらっと散歩したりする。雰囲気のある道具屋とかいい感じの喫茶店とかあってさ。歩くだけでも結構楽しい」


 いわゆるフラムレイン地区か。


「道具屋は行った事が無いですね」


「ヒラリアは雑貨や道具類もリユースが多いらしくてさ。規模は小さいけれどホームセンターみたいなものかな、日本の」


 そういうお店もある訳か。

 そういった買物は公設市場で新品を買う位しか知らなかった。


「知りませんでした。見てみたいです」


「なら帰りに寄ってみようか」


「お願いします」


 うん、やっぱり楽しい。

 これはデートではなくお買物。

 その事はわかっているのだけれど。


 本屋を過ぎて先の交差点を左へ。

 道の先に目的地のイオネストが見えて来た。

 思ったより小さめだけれど、品が良さそうなお店だ。


 知識魔法でお店については学習済み。

 紳士服は一般の服と注文方法がかなり違うけれど、それも問題ない。


「いらっしゃいませ」


 生地が7種類、服のデザインが5種類置いてあるのが見えた。

 それではお買物だ。


「それではまず生地をみせて下さい」


 買物開始。


 ◇◇◇


 服の買物はあっさり終わった。

 これは和樹さんが、紳士服についてしっかり予習済みだったからだと思う。


「こっちの方がいいかな。美愛はどう思う?」


 なんて感じで生地やボタンの数を私に聞いたりはした。

 でも何となく最初から答を知っていたような感じがしたのだ。 

 あまり迷わなかったし疑問や質問なんてのも無かった。

 選んだ結果もこの国の標準的なものだったし。


 仕立て上がった2着をアイテムボックスに入れて、お金を払って店を出る。

 なお支払いは和樹さん自身だ。

 何か申し訳ない。


「ありがとう。これでまあ、何があっても服だけは大丈夫だな」


 でも和樹さんはそう言ってくれる。

 そうだ、一応確認しておこう。


「ひょっとして紳士服、予習済みでしたか?」


「予習済みというか、以前何となく知識魔法で調べたら襟の形とかボタンの数とか、細かい違いが色々面白かったからね。それで何となく覚えていた訳。買うつもりで覚えたわけじゃないけれどさ」


 多分本当だろうなと思う。

 和樹さんにとっては知識を得るというも娯楽の一種だから。

 ちひさんもそういう傾向があるけれど。


「それじゃ道具屋の方を見てみようか」


「お願いします」


 ここからは買物ではなく散歩だ。

 でもデートではない。

 あくまで買物のついでにお店を案内して貰っているだけ。

 そう自分に言い聞かせながら、来た道を街道まで戻る。


「あ、ついでだから本屋に寄って行っていいか? 今週分を何紙か買っておきたいから」


「いいですね。私も見てみます」


 本屋は街道を渡ってすぐだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る