第63話 作業場でのお仕事

 翌日、第2曜日。

 午前中は和樹さんが味噌・醤油作業をするそうなので、お出かけは午後、お昼ご飯を食べた後。


 午後はちひさんも出かけるそうだ。


「今日はお昼過ぎに公設市場へ行くつもりです。ちょいグラハムさんと相談したい事がありまして。

 だから美愛ちゃんは市場に行かなくていいですよ」


 ちょうどいいしありがたい。

 実は今日、少しばかり作業をしておきたかったから。


「ありがとうございます。それじゃお昼ご飯までは作業します。ちひさんも午前中は作業ですか?」


「今日は漬けと揚げ物ですよ。昨日、干物をやりましたから。美愛ちゃんの方はどんな作業ですか?」


「漬物の在庫がそろそろ無くなるので作っておこうと思って。あとは開拓地で採ったヘイゴの下ごしらえです」


 和樹さんの海岸にある家の裏で採ったヘイゴの新芽が30本近くある。

 これを食べられるように下拵えしておきたい。


 勿論これだけの数をすぐに食べるという事では無い。

 1本1本が大きめの大根よりあるから。


 下拵えしてアイテムボックスに入れておけばいつでも料理に使えて便利だ。 

 ヘイゴは辛みが無く少々粘り気がある大根という感じで、生でも煮ても揚げても割と使い易いから。


「なるほど。それなら採って来た方のヘイゴ、余裕があれば2~3本分けてくれますか。試したいものがあるので」


 何だろう。


「大量に採ってありますから、もっと使っても大丈夫ですけれど」


「3本で十分です。実はかぶら寿司っぽいのを作ってみようかなと思いまして。


 ヘイゴって大根っぽいじゃないですか。先輩が麹を作っているし、魚も大きくて新鮮なのがある。なら出来るかなと思ったんですよ」


 かぶら寿司?

 どんな物だろう。


「かぶら寿司って北陸の方の料理だっけ」


 和樹さんは知っているようだ。


「そうですよ。本来はカブに切り込みを入れてブリを挟み、米麹をを加えて発酵させたものです。

 ただカブじゃなくて大根を使うレシピもありますし、魚もブリでなくニシンやサバを使ったりもするらしいです。

 だからヘイゴとハピタでも作れるんじゃないかと思うんですよ」


 なるほど、そういう料理なのか。

 ただ魚と大根の寿司というのは正直うまく想像出来ない。

 しかも発酵させるとなると、完全に私の想像外だ。


「知らなかったです。どんな味になるんでしょうか?」


「上手く出来れば甘酸っぱい感じになる筈です。

 ただ此処の材料で作るのは始めてですから、どんな味になるかは作ってみないとわからないですね。だからまずはお試し分だけ作ってみようと思いまして」


 そういう新作開発作業、なかなか面白そうだ。

 私には知識が足りなくて出来ないけれども。


「材料は魚とヘイゴ、麹だけですか?」


「あとは塩ですね。最初に塩漬けして水分を抜くので。

 本来の製法はその筈です。私のいいかげんな記憶では、ですけれど。


 今回は基本通りに他に何も加えないで試作してみるつもりです。ヘイゴや魚の量は大体わかるので、あとは麹の量と漬け込む日数ですね。その辺は条件を幾つか設定して確認してみようと思います」


 ちひさんのこういった新製品試作は何となく理科の実験っぽい。

 しかし品質の揃った商品を作るという意味で、きっとそれは正しいのだろう。


「それじゃ先にヘイゴを処理して用意しておきましょうか?」


「ゆっくりでいいですよ。かぶら寿司は午後、市場から帰ってきた後にやるつもりですから」


「わかりました」


 それでも一応、ヘイゴの処理からやっておこう。


 ヘイゴの若芽は巨大なゼンマイのような形だ。

  ① 丸まった中心部の毛だけっぽいところを取り除いて、

  ② びっしり生えている茶色い毛をむしり取り

  ③ 外側の皮部分を削り取るように剥がして

  ④ 薄い緑色の部分だけにする

という手順で処理をする。


 勿論手作業でやると時間がかかるから魔法で。

 だから実質的には作業用の半樽に入れて魔法をかけるだけだ。

 なお売っているものは②の段階まで終わっている。

 だから漬物にする際は皮を剥くだけ。


 手前では和樹さんが麹作りをやっていて、奥ではちひさんが魚を魔法で捌いている。

 こうやって此処で3人で作業している時間、私は好きだ。

 一緒に仕事をしているという感じで。

 それぞれ別の作業をしていて会話が無くても。


 採ってきたヘイゴは家で使う用で、アイテムボックスに入れておく。


 商品用のヘイゴは皮むきした後、まずは塩漬け。

 この状態で密閉して空気を抜いてやると割と簡単に水分が抜ける。

 これを味付けした醤油粕に漬ければ当座の作業は完了。

 時計を見るとまもなく10時だ。


 偵察魔法で和樹さんとちひさんの作業状況を見てみる。

 和樹さんは一通り魔法を起動して完成待ち中。

 ちひさんは大型の魚を捌いている最中だ。


 ちひさんが1匹捌き終わったところで声をかける。


「ちひさんの作業が一段落したら、お茶の時間にしませんか」


「いいですね。それじゃこっちは10分程度で始末つけます」


 ちひさんの作業は私や和樹さんと比べると複雑だ。

 魚を捌いたり、ミンチにしたり、揚げたりと手数が多い。

 ただちひさん、面倒そうとか大変そうという感じには見えない。

 むしろ楽しそうに見える。


『そんなきっかけで始めた今の商売ですけれど、楽しいですし気に入っているんですよ。そうじゃなきゃ続けていませんしね』


 そう言えばちひさん、そんな事を言っていたな。

 そんな事をふと思い出した。

 

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