第60話 やはり私にはわからない
3箇所で網に入った魚を捕った結果、全部で大樽4個分になった。
結愛が満足げだ。
「いっぱい捕れた!」
「そうですね。季節が変わっても捕れる魚の種類や大きさは変わらない感じです。年中温暖で四季の変化が小さいからでしょうか」
「確かにそうですね」
収穫も網も全部ちひさんのアイテムボックス魔法で収納して、船に乗る。
しかし今回はまっすぐに向かわない。
ちひさんの海岸の湾内北側やや深いところで船を停める。
船が波で揺れ始めた。
停まった船は波の影響を受けて揺れやすい。
いつもは誰かの魔法で波を押さえつけて船を安定させている。
それが無いと不安になる。
ちひさんがわざとやっているとわかっていても。
「さて、これから結愛ちゃんに船を動かす練習をして貰いますよ。結愛ちゃん、いいですか」
「いい。大丈夫」
「なら最初の練習です。船は何もしないと魔法でこんな感じに揺れます。これでは不安定ですから、魔法で船の周囲の波を止めます。
船のまわり2mの海に、波が全く無い状態を思い浮かべて、魔法で波を消してみましょう。出来るかな?」
「やる!」
「ならまずは見本ですよ。こんな感じで波を止めます」
船をただ動かすより波を止める方が難しい。
船という対象が動くのを意識するより、周囲の波全部が止まっている状況を意識する方が難しいから。
しかしこれが出来ないと小さい湾内や運河以外で船を動かすのは危険だ。
だからちひさんはあえてこの、やや難しい波を止める魔法から始めたのだろう。
さて、結愛、出来るかな。
いざという時に船の姿勢を立て直す事が出来るようイメージしながら、結愛の練習を見守る。
◇◇◇
30分位経過後。
「疲れた」
結愛がそう言って魔法を解除した。
とたんに船が揺れ始めるけれど、次の瞬間ちひさんが魔法を起動して揺れを止める。
「でもこれなら次はもっと上手に船を動かせると思いますよ。ただ波が大きいと危険ですから、次も念の為ここで練習ですね」
確かに結愛の操船、意外と堅実というか丁寧だった。
暴走させる事は無く、周囲の波をしっかりとめてゆっくり確実に船を動かす形。
魔力が切れたのは魔力総量が年齢相応で少なく、今回練習した魔法に慣れていないから。
ちひさんの言う通り、次回はもっと上手に動かせるようになると思う。
「わかった」
「それじゃ向こうの海岸へ戻りますよ」
船がちひさんの魔法で進み始める。
そう言えばちひさんに言っておいた方がいい事があった。
和樹さんがいない今がちょうどいいだろう。
頭の中で文章を組み立てて、そして口に出す。
「そう言えば今度、和樹さんと服を買いに行く約束をしたんです。和樹さんもフォーマルに使える服を持っていた方がいいと思って。
だから今度の第2曜日の午後あたり、行って来ようと思います」
ちひさんに内緒で和樹さんと出かけると思うと、どうしても申し訳ない気持ちになる。
でもこっそり行くというのはもっと申し訳ない。
だからデートではなく、あくまで服を買いに行くのだ。
そうちひさんに宣言しておこうと思ったのだ。
「いいですね。確かに先輩、ヒラリア風のきちんとした服を買った方がいいと思うんですよ。
ついでですから服だけでなく、ゆっくり色々見てきてください。ご飯を食べたり、何ならショーを見に行ったりしてもいいですよね」
えっ。
何と言うか意外というか、でも考えてみたらちひさんらしいというか……
私はどう反応していいか困ってしまう。
「お姉ちゃんずるい。私も行きたい」
「結愛ちゃんは学校へ行って友達と遊ぶよね。美愛ちゃんもたまには遊ぶ時間があってもいいんじゃないかな。結愛ちゃんはそう思わない?」
「思う。わかった」
結愛のおかげで少しだけ考える時間が出来た。
そうだ、ここで服を買いに行くだけだと明確に言っておこう。
これはデートではない。
和樹さんの相手はちひさんなのだから、デートではない。
私と行くのはあくまで買い物の為なのだと。
「今回出かけるのはあくまで和樹さんの洋服を買いに行く為ですから」
そう、これでいい。
私個人としては確かに和樹さんと出かけるのは楽しみだ。
でも目的はあくまで服を買いに行く事。
それに家族としてついていくだけ。
「でも折角の機会ですからゆっくりデートを楽しんできて下さいよ。先輩もその方が楽しいと思いますよ」
あっさり返されてしまった。
どうしよう。
私と和樹さんがデートをしても、ちひさんは構わないのだろうか。
いや、デートという感覚が違うのだろうか。
デートとは恋人同士がするものだと思うのだけれど、違うのだろうか。
わからないけれど、ここで買い物だと強弁するのも変だと思う。
ちひさんに都合2回、楽しんでこいと言われたのだから。
「わかりました」
取り敢えずそう返答はした。
それでも私はまだわからないままだ。
そもそもデートとは何だろう。
恋人同士が出かける事だとすれば、恋人とは何だろう。
その辺りもわからなくなってきた。
知識魔法でデートの意味を調べてみる。
『恋愛関係がある、または恋愛関係を期待する者同士が日時・場所を決めて会って、一緒に行動すること』
恋愛関係と言いつつ異性と限定しないところがヒラリアだなと思う。
いや、今は日本でも異性に限定しないのだろうか。
いや今は同性の恋人同士によるデートは関係ない。
和樹さんと出かける話なのだから。
かつて私はちひさんと協定を結んだ。
まだ、これから行く和樹さんの海岸の家に住んでいた頃に。
内容は2つ。
無理して今の家族の枠から出ない事。
嫌になったりやりたい事が出来た場合は別として。
もうひとつはちひさんに遠慮しない事。
和樹さんに関しても。
そうちひさんは言っていた。
ただあれはあの時の私を保護する為の言い訳だったと思う。
少なくとも私はそう思っていた。
でももし、ちひさんは本気で言った通りの事を思っていたとしたら。
そして今もそれは変わらないとしたら。
私は和樹さんを好きになってもいいのだろうか。
家族としてではなく恋愛的な意味で。
ただその恋愛というのも今の私にはわからない。
本能に組み込まれた繁殖の為の遺伝子がなす生殖行為への希求。
流石にそんな定義では悲しすぎるとは思うけれど。
『恋愛:お互いに恋しいと思うこと』
『恋しい:人や場所、事物等に心を引かれる状態』
知識魔法で辞書を調べても参考にならない。
わからない。
◇◇◇
帰った後はいつもの第6曜日と同じだ。
お風呂に入って、お昼御飯を食べて、仕分け作業をして。
ただ仕分け作業は和樹さんがエビ分をほとんどやってくれていたので、割と簡単に終わった。
なので久しぶりにお家周辺の森を整理しながら切り拓いてヘイゴの新芽採り。
ここで採ったヘイゴは買ってきたものより少し味が濃い気がする。
だから売り物の漬物用ではなく、自家消費用。
あとは夕方、結愛に付き合って全員で水路に行って、干潮で取り残された小魚やエビを採取。
「新しい大きな池も魚やエビが捕れるかな」
「今はまだ早いけれどさ。再来週あたり投網を投げたら面白いかもしれない」
「楽しみにしておく」
帰りの船もついでに私が操縦。
「同じように動かしても時速10kmくらい違いますね」
「海流の影響って大きいですよね」
「私も操縦出来るように頑張る」
「来週も晴れたら練習しましょうね」
1時間ちょっとで無事家に到着だ。
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