第14章 デート、ではなく

第61話 夕方のお出かけ

 第6曜日の次は当然第1曜日。

 朝は公設市場の食品部へ行ってグラハムさんへエビその他を納品。

 仕事場に行って、いつも通りリアさん達&グラハムさんと昼食を食べて、またお仕事。


 しかし今日のその後はいつもと少し違う。

 グラハムさんと会うのは同じだけれど、今日はショーを見に行くので待ち合わせは4時。

 だから一度家に帰って、時間調整をしてから家を出る。


「せっかく買ったんですし、新しい服を着て行ったらどうですか?」


 ちひさんにそう言われたけれど、結局いつも通りの服にした。

 何か私の気持ちと別の意味を持ってしまいそうだから。

 別にグラハムさんはそんな事を気にしないだろうと思うけれど。


 3時50分にお家を出る。

 魔法で周囲を確認、戸籍乞食みたいなのはいない。

 なら余裕で時間までに待合場所に着けるな。

 意識してゆっくり歩いて時間調整。


 食品棟の前でちょうど4時の鐘が鳴り始めた。

 そろそろかな。

 そう思ったところで予想通りグラハムさんが出てきた。


「お待たせしてしまいましたか」

「いいえ、私も今来たところです」


 定型句ではなく事実だ。


「それではお店の方へ行きましょう」


 食品部からは港の方へ少し歩き、大通りを左へ曲がれば後はまっすぐ。

 エルスタルまで10分程度だ。


「ミアさんは今回のグループのショーを前に見たことがあるのでしょうか」


「マキシミリアは初めてです。 ただ友人からはこのグループはお勧めと聞いています。それに新聞の方でも評価は比較的高かったので大丈夫だろうと思っています」


「ミアさんもこのグループは初めてなのですか」


「ええ。お勧めと聞いたので一度見に行こうと思っていました」


 話しているうちに思い出す。

 今話している話題とは全く関係ないけれど、グラハムさんに聞いておきたい事があったなと。


「ところで話は変わるのですが、グラハムさんと同じぐらいの年齢の方の男性の服を買うのに適したようなお店で、お勧めはありますでしょうか。出来ればフォーマルでも着ていける定番的なものがいいです」


 そう、和樹さんの服を買いにいく店の事だ。


「どなたの服を買いに行かれるのでしょうか? お友達ですか」


 グラハムさんは私と和樹さんが家族である事を知っている。

 だから和樹さんと一緒に行くことを話した方がむしろ誤解しないだろう。


「和樹さんの服です。ヒラリアに来てから服を買っていないので、どこへでも着て行っても大丈夫なきちんとした服を買いたいと思っています」


「なるほど」


 少し考えるような間の後。


「そういった一着でしたらオールドタウンのイオネストがよろしいかと思います。

 王都等、ヒラリア全国の大都市にお店を出している有名店です。品が確かなかわりに少し高価ですが、ミアさんのところなら問題ないでしょう」


 さっと知識魔法で価格を調べてみる。

『標準的な男性の上下セットでおよそ正銀貨8~10枚8~10万円程度』


 ネット等で見知っている日本の高級スーツ価格と比べると一桁安い。

 この値段で大丈夫なのだろうか。

 不安になって更に知識魔法で確認。


『紳士用のフォーマル服の中心価格帯は正銀貨6~8枚6~8万円程度』


 どうやら問題無いようだ。

 

「まさにそういうお店を知りたかったのです。ありがとうございます」


「いえ、そういった話題ならある程度私でも分かりますから。今の流行り等を聞かれると困ってしまいますけれども」


 橋を渡ってスニークダウン地区に入った。

 この先の交差点を左に曲がるとリリレイムがある商店街アーケードだ。

 所々に今風の服を着た若い人達がいる。


 グラハムさんはそんな周辺をさっと見回して、そして続ける。


「今時の服ならばこの辺りで探すほうがおそらく正しいのでしょう。ただ正直言って私はこういった場所の雰囲気があまり得意ではないのです」


 なるほど、何となく気持ちはわかる。

 私がかつて原宿とか渋谷等のような街に感じたものと一緒だ。


 ただそう言った気持ちはきっと食わず嫌いと似たようなものなのだろう。

 そう今の私は思っている。

 私も流行に近いこういった場所はあまり得意としない性格の筈だから。


「確かにこの辺の微妙にわさわさした雰囲気とかは私も得意ではありません。それに私が苦手なタイプの人も多い感じがします。


 でも単に買い物をするだけなら、あまり問題は無い。店員以外と会話する必要はないですし。今はそんな感じで使っています。

 

 あとは家から近い、というのもありますね。値段も服等はそこそこお安めですし」


「確かにそうですね。知らないから近づかない、近づかないから知らないままでいる。そんなところかもしれません」


 この辺グラハムさんは紳士というか、頭がいいというか、よく出来た人だなと思う。

 否定的な意見を返してもしっかり考えて、その上で判断して返答してくれるから。


 自分と意見が違う人間は敵、そんな脊髄反射で生きている人間も結構多いのだ。

 ヒラリアではそこまで出会っていない。

 しかし少なくとも日本の、私の生活圏には多かった。


 でも日本の事はもう考えなくていいだろう。

 私はヒラリアにいて帰る事は出来ないし、帰る気もないのだから。


「実際は私も友人に案内されてから使うようになったので、あまり大きな事は言えないです。

 ですからもし良ければですが、来週はこの辺に来ませんか?

 私もあまり詳しくは無いですけれど、一緒に来る位の事は出来ますから」


「いいのでしょうか。ミアさんは大丈夫ですけれど、私は少々こういった街では浮いてしまうかもしれません。服装等も流行とは違うでしょうから」


「グラハムさんの服装は何処でも問題ないと思います。貧民街へ行ったりするのでなければ。

 定番のいいものというのはそんな存在ですよね。だからおかしいと思う方がむしろ常識に狂いがあるのではないでしょうか。


 それにこの辺で出会うだけの自分と関係ない他人の目なんて、気にする必要は無いと思います。まあこれは私が他からの移住者だからそう割り切れるのかもしれないですけれど」


 そうだ、ついでにこの辺も言っておこう。


「偉そうに言っていますけれど、私もこの辺のお店に行くようになったのは最近です。友人に案内されて、実際に行ってからです。

 それにまだ自分で服を選ぶのは苦手です。なので買う際はちひさんや友人に頼ってしまいます」


「頼ることも必要なのでしょうね。正直なところあまり得意ではないですけれど」


 確かにグラハムさんは何でも自分でやって進めていくタイプに見える。

 能力があるからこそそうなってしまったというのもあるだろう。

 何事であろうと人に頼るより自分でやった方が早いから。


 そう言えば私は、人に頼ってばかりだな。

 そんな事をふと思う。

 和樹さんに頼ってやっと生活を確保できた。

 以後ずっと、生活全般にわたって和樹さんやちひさんに頼ってばかりいる。


 だからこそ思ってしまう事が多い。

 これで本当にいいのだろうかと。

 このままあの家にいていいのかなと。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る