第58話 自分勝手な願い

 新しい養殖池は予定通りの水位になっていた。

 排水用の池も予定通り、海の干満と同じように水位が動いているようだ。


「これで大丈夫かな。様子を見て水が汚れるようなら排水路工事をするけれど」


「そうですね」


 池を確認した後、砂浜に戻って船を出し、ちひさんの海岸へ。


「何なら操縦代ろうか。此処へ来るときも操縦して貰ったしさ」


「大丈夫です。大分慣れましたから」


 魔力もまだまだ残っている。

 和樹さんは養殖池工事で結構魔力を使った筈だし、ここは休んで貰った方がいい。

 それに和樹さんの役に立てる事が何か嬉しいし。


 これが恋なのだろうか。

 さっきデートなんて考えたからか、そんな事を思う。

 ただ愛とか恋がどんなものなのかは、私にはよくわからない。


 日本にいた時の学校では、誰が好きだとか愛しているだとかの話が好きな女子がクラスに必ず一定数いた。

 それこそ小学校低学年から、少なくとも私が日本にいた中学3年の終わり頃まで、ずっと。


 本や漫画でも、特に少女漫画なんてものでは愛だの恋だのが氾濫状態。

 何の取り柄もない女の子がハイスペック美青年、それも複数に求愛されるなんて話も結構多い。

 しょうもないなと思いつつも、読むと結構面白かったりする。


 ただ私はそんな愛とか恋とかを自分の事として考えられない。

 別に愛とか恋というものの存在を否定する訳じゃない。

 本能に組み込まれた繁殖の為の遺伝子がなす生殖行為への希求、なんて醒めた事を言うつもりもない。

 ただ自分の事として理解できないだけだ。


 日本にいた頃、私はそんな話題と縁遠かった。

 家に帰れば結愛の保育園関係の準備や食事の食材をどうしようかなんて感じで余裕が無い。

 クラスでもそんな話をするなんて事は無かったし。

 

 いつか白馬の王子様が、なんて夢も無かった。

 現実はいつも疲れるものだと思っていた。

 少なくとも私にとってはそうだったから。


 そういう意味では和樹さんは白馬の王子様みたいなものだったのかな、なんて思う。

 私から捕まえたというか、縋りついたのだけれども。


 ただその王子様には実はちひさんという似合いのお相手がいた。

 そして私は私でお邪魔虫を自覚しつつもこの場所を動けずにいる。

 お邪魔虫であるという自覚以外は、居心地が良いから。


 でもこの居心地の良さというのが、愛とか恋とかなのかはわからない。

 多分違うという感じがする。

 というか、よくわからない。

 この関係は考えるといつも頭がこんがらがってしまう。


 わからなくしているのは、私がここに居たいからだろうか。

 このままでいる事は怠慢か、それとも罪なのか。

 お邪魔虫という自覚はあるけれど、それでい続けるのは罪なのか。


「美愛、どうかしたか?」


 和樹さんに気づかれてしまった。

 取り敢えず返答しておこう。

 心配をかける訳にはいかないから。


「大丈夫です。すこし考え事をしていただけですから」


 もし今思った事を口に出したら和樹さん、どんな顔をするだろう。

 そんな事を思ってしまう。

 自分でもわからない事をうまく言えるとは思えないけれど。


 それでももし、うまく言えたとしても、和樹さんは間違いなく私を責めたりする事はないだろう。

 きっとここにいていいと言ってくれる。

 本心からそう言ってくれると思う。


 でもそれに甘えている事が正しいのか私にはわからない。

 いや、きっと悪いとわかっているのだ。

 ただわからないふりをしているだけ。

 和樹さんやちひさんが前に言ってくれた事に甘えているだけ。


「美愛、本当に大丈夫か? 今日は船の操縦を全部任せちゃったし、貯水池を作る時も随分手伝って貰ったしさ」


「大丈夫です。まだ魔力は余裕がありますから」


「魔力があっても疲れたりしたら遠慮しなくていいからさ。今回は僕もまだまだ余裕があるからさ」


「わかりました」


 和樹さんに心配させるわけにはいかない。

 それにこにいる間は少しでも和樹さんの役に立ちたい。

 たとえそれが偽善とか誤魔化しであっても。


 和樹さんの海岸からちひさんの海岸までは結構近い。

 ヘラスからイロン村までよりも近い位だ。

  

「潮が引いているから、船着き場より砂浜に直接乗り上げた方が降りやすいだろう。少し足は濡れるけれどいいか?」


 どうせ網を上げる時に足は濡れる。

 それに秋でもヒラリアは温暖だし、水温も泳いで問題ない程度。

 だから問題ない。

 それにその方が操縦も楽だ。


「わかりました」

 

 ちひさんの海岸中央よりやや右側の、泥が若干多めの浜に乗り上げるようにして到着。

 確かに潮が大分引いている。


「それでは網の様子を見てきましょうか」


「だな。一緒に行こう」


 ここの浜は和樹さんの浜と比べて砂が少し泥質。

 だから濡れているところだと足を取られる。

 その代わり乾いた場所は固くて歩きやすい。


 草が生えている部分と濡れている部分の境を歩いて、そして川岸へ。

 潮が大分引いているので石や砂部分が大分露出している。

 さて、網の方は……まだ魚が入れる状態だ。 


「もう少し待ちましょうか」


「そうだな。まだ5時前だしさ、もう少し待つか。30分も待てば充分だろ」


「ですね」 


 浜にある休憩所へ。


「そう言えばちひと行ったショー、何という劇団だっけ」


「ピルグリムというグループです。あと前座で大ヒラリア皇帝のノートン八世という人がファイアトーチでジャグリングしていました」


「それも確かに面白そうだよな。ところでノートン八世というのは合衆国皇帝がネタなのかな?」


「何ですかそれ?」


 そんな話をしていると30分はあっという間。

 川へ行って網を揚げて魚やエビを収穫して、また網をセットして。


 下流側と上流側2箇所で網作業をやったところで、海の方から知っている反応が近づいてくるのを感じた。

 もちろん結愛とちひさんが乗った船だ。


「とうちゃく!」


 全員揃ったらいつも通り、海側の簀立てと呼んでいる定置網で魚捕り。

 やっぱり結愛は楽しそうだ。

 そして私もやっぱりここの生活は好きだなと感じる。


 このまま此処で、4人でのんびり生活できたらいいのに。

 そんな自分勝手な事を思ってしまう位に。

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