第57話 デート? の約束

 それはそれ、これはこれとして。

 とりあえず今聞いてみても大丈夫な話題を口にしてみる。


「この前ちひさんとショーを見に行きましたけれど、和樹さんはいわゆる余暇の時間、どんな感じで過ごしているんですか?」


 和樹さん、私が休みの第2曜日はだいたい味噌醤油作業をしている。

 だから日中暇なとき和樹さんが何をしているか、私はあまり知らない。


「うーん、たいした事はしていないな。散歩したり、本屋へ行ったり、家で本を読んだり位。美愛に教えて貰った新聞専門の本屋も週1くらいで行くけれどさ」


 本や新聞は私がいる時でもよく読んでいる。

 本は小説がメインでジャンルは色々だがどれもハッピーエンド系。

 買ってくる新聞は国内総合紙のどれかと流通・経済関係のどれか、あとはヘラスの情報紙を性別や年齢別関係なく1紙。


 それでは本や新聞以外の方を聞いてみよう。


「散歩はどの辺りをよく歩くんですか?」


「今はヘラスの東南側が多いかな。ヘラスの中では古い地区でさ、ちょっと面白いお店とかがあったりするから」


「フラムレインのあたりですか」


「そうそう。本屋とか雑貨屋とか、ちょっと品揃えが面白い店があったりして楽しいんだ。

 まあ食べ物はミッドダウンやミッドアイランドの方が面白い物を売っているけれどさ。街の雰囲気がちょっと悪いからそっちは最近、あまり行かないな」


 ミッドダウン地区は私達の家から西へ行った民間市場があるあたり。

 ミッドアイランドはその南側だ。


 公設市場のあるポータ地区やフラムレイン地区、スニークダウン地区に比べると少し治安が悪い。

 だから私はあまり行かない場所だ。

 ミッドダウンの市場には美味しいパン屋や結愛が好きなパフェのある店があるので、そこだけは行くけれども。


 買い物と言えば、ちょっと思った事がある。


「和樹さんはそういえば服を買ったりしないんですか。ヒラリアに来てからまだ買っていないような気がするんですけれど」


 和樹さんが着ている服は日本時代からのものばかり。

 確かにTシャツやポロシャツの場合、デザインはヒラリアの服とそう変わらない。

 ただ布地は違うので、ヒラリアらしい服もある程度あった方がいいと思う。


 ヒラリアのフォーマル系衣装は、恰好こそスーツに似ているが素材が全然違う。

 気温が温かい為か、毛や絹ではなく麻っぽいシダ繊維で織られたざっくりした通気性のいい素材が基本だ。

 色も生成りの白が標準。

 勿論和樹さんはそんな服を持っていない。


「今のところ元々持っている服で充分だしさ。特にきちんとした服装をする必要は無いしね」


「でも1着はフォーマルに使える服を持っていた方がいいと思いますけれど」


「ちひにも言われたな。確かにそうだけれどさ、日本の4倍以上の値段だからつい勿体ない気がして。それに採寸して仕上がりを待つのも面倒だし」


 ちひさんもそう言っているのか。

 なら買った方がいいだろう。


 そしてこういう場合の攻略法についてもちひさんから聞いている。


『先輩は押しに弱いですからね。とにかく押しまくってうんと言わせる事がポイントです。一度うんと言えば、よっぽど不当な事でない限り約束は守ってくれますから』


 だからこの場面では押しの一手。


「今度、一緒に見に行きましょうか。フラムレインとかオールドタウン地区あたりを散歩ついでに」


 あえてスニークダウン地区は外す。

 雰囲気的に和樹さんの好みでは無さそうだし、最初の一着なら多少高くても定番系の方がいいだろうから。

 あとで良さそうな店を新聞で調べておこう。


 何ならグラハムさんに聞いてもいいかもしれない。

 ヘラスには詳しくないだろうけれど、そういったいい物の定番については知っていそうだから。


「うーん、別に無くても大丈夫だけれどな」


「ついこの前ちひさんも私も、結愛も服を買いましたから」


「うーん、機会があったら」


 あと一押し。


「それじゃ来週、もし和樹さんの作業が大丈夫そうなら第2曜日に、そうでなかったら第4曜日の夕方に行きましょう」

 

「うーん、わかった」


 よし、これでOKだろう。

 そう思って、そしてふと気づいた。

 結愛やちひさん無しで、和樹さんと2人で街を歩くのは初めてかもしれないと。


 別に大したことじゃない。

 むしろ今の方が考えてみれば危険? な状況だ。

 周囲数キロに他人がいない状態で2人きりなのだから。


 でもむしろ、周りに他人がいる街で、2人で一緒に行動するという事の方が、何か余分な事を考えてしまう。

 単に家族と一緒に散歩して買い物をするだけだ。

 そう思うけれどデートなんて言葉が思い浮かんでしまう訳で……


 もちろん和樹さんにはちひさんがいる。

 私の目から見ても2人はお似合いだ。

 だから実際はデートなんて事ではない。

 和樹さんもそう思ってはいない筈だ。


 でも……

 ここで私は更に余分な事を思い出してしまう。

 そう言えば私、グラハムさんと2人でお店に行ったし、今度はショーを見に行く約束をしているなと。


 勿論これもデートではない。

 一般的ではない2人による情報交換会だ。


 しかし傍から見たら、どう見えるだろう。

 和樹さんよりグラハムさんの方が多分少し年下。

 なら和樹さんと2人がデートに見えるなら、グラハムさん相手の方もデートに見えるような……


 私の考え過ぎだろう、きっと。

 そもそもデートというものがどんなものか、私には良くわからない。

 経験が無いし、そもそも恋というのも良く分かっていないから。


「美愛、どうかしたか?」


 和樹さんにそう言われてはっとする。

 勿論和樹さん、今私が考えた事がわかるなんて事は無いだろう。

 しかしちひさんは言っていた。


『先輩はこっちが困るような場合に限って勘がよかったりしますからね。油断しない方がいいです。知識だけでなく頭の回転も無茶苦茶速いですから。態度には出しませんけれど』


 だから注意した方がいいだろう。

 取り敢えず話題を変えることにする。

 

「何でもないです。ところでちひさんの海岸に行く前に、さっき作った養殖池の方を確認してみませんか。そろそろ潮が引いて水路から水が入り込まなくなっている頃ですから」


「確かにそうだな。それじゃ見に行こうか」


 私はお皿やコップをアイテムボックスに収納する。 

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