第54話 本日のランチ
B席では一番前の、中央から少し左側に寄った2列目の席を確保した。
カイアさんと別れた後トイレに寄って、そして中へ。
中の作りは前に行ったオスタリアと基本的には同じ。
前の中央に舞台があって、前方中央側にテーブル席があって、両端と後ろにカップホルダー付の椅子がある形。
バーカウンターが後ろの左側にある事、客室がやや幅が狭く奥行きがある事が違いだろうか。
「なるほど、こんな配置になっているんですね」
何となく聞いてみる。
「ちひさんは日本にいた頃はこういう場所に来た事はあるんですか?」
「飲食しながら見るのは初めてですね。小劇団の公演なら大学時代に何回か見に行った事がありますけれど」
「小劇団の公演って、どんな感じですか?」
「私が見たのはまあ、普通の演劇です。会場はここよりずっと簡単な作りでしたね。照明や音響装置は多分日本の方が複雑なんでしょうけれど」
今ひとつ感覚がわからない。
「学校の体育館で劇を見る感じですか?」
「私が良く見に行った場所は、基本的には単なる広い部屋なんです。舞台も客席も床は同一平面で、天井に照明や幕その他が吊せるようになっていて、スピーカーがあってという感じで。
ただ中に入れる段差付の客席のセットがあって、それを使うと80席の客席が出来ます。後は上から幕を吊したりして場所を作るという感じですね。
舞台そのものは、一番下の客席と同一の床面です」
うーん、私のイメージする劇場とはかなり違う感じだ。
それに何か微妙に……
「詳しいですね、座席数まで知っていますし」
「大学時代の友人にそういった劇団が好きな子がいたんですよ。その受け売りです。それに私がよく行った場所がそういう構造というだけです。一般的な舞台があって幕があってというホールもありますから」
なるほど。
当たり前だけれどちひさん、和樹さん以外にも友人がいたんだなと思う。
ところでここは客席がどれくらいあるのだろう。
『今回はA席が8、B席が27、C席が108』
知識魔法が即座に起動して教えてくれる。
テーブル席が場所を取っているから、ちひさんが知っている劇場の倍くらいの収容力というところかな。
これが多いのかどうかは私にはわからないけれど。
テーブル席は中央最前列のA席が最前列全部に、B席が中央5列目に3人既に座っている状態。
B席の最後部に座っている人は、きっとカイアさんが言ったのと同じような理由で後ろをわざと選んだのだろう。
そう言えばちひさんとカイアさんが何かよくわからない事を言っていたな。
そんな事を考えながら番号を確認して席に着く。
テーブルの上にはメニュー表。
今回も選択タイプのようだ。
「飲み物はどうしますか? この中から選べるようですけれど」
「そうですね。それじゃ無難にキーンヌカサイダーにしておきますか。美愛ちゃんはどうしますか?」
ここにはタクサルドリンクは無い。
なら私も無難路線で。
そうだ、ついでに聞いてみよう。
「私もキーンヌカサイダーにします。ところでちひさんはお酒は苦手なんですか? 家でも飲まないですけれど」
「飲まなくなったという感じですね。体質的には飲めるんですけれど、飲むのが好きという訳でも無いので。
だからそういった場がなくなったら飲む事も無くなりました。それだけですね。
あとついでに言うと、先輩は体質的にほとんど飲めないです。大学時代の飲み会でもビールをコップ1杯で赤くなる位でしたから」
「そうなんですか」
「ええ。味そのものは嫌いじゃ無いと言っていましたけれどね。
ところでこのメニューを見ると、結構アイテム数はあるんですね。これでショーを見て
メニューにはドリンクの他、
○ アルケナスのグーズ煮
○ トーロードオムレツ
○ ヤット&デールサラダ
○ ポーローボスープ
○ パン
○ タクサルゼリー
とある。
確かにアイテム数を考えると安いかもしれない。
「日本で演劇を見た時は幾ら位したんですか?」
「確か2,500円でしたね。勿論ランチもドリンクも無しです」
「確かにそれプラス500円でランチが付くと思えば安いですね」
そんな事を話しているとウェイターさんが回り始めた。
どうやらドリンクメニューを聞いた後、ドリンクとともにランチメニューそのものも出すという形式のようだ。
アイテムボックス魔法を使えばワゴンで運ぶとか巨大なお盆で持ち歩くなんて必要は無い。
だから客がそれほど多くなければこの方が楽なのだろう。
私達の所にもウェイターさんがやってきた。
キーンヌカサイダーを注文。
ランチのお盆とドリンクが入ったグラスが置かれる。
料理は前にオスタリアでワルブルガを見た時と同じような四角い皿に入っている。
量も同じくらいだ。
「なるほど、こんな感じにまとまっているんですね。美愛ちゃんが行った場所でもこんな感じでした?」
「ええ。メニューも似ています。メインのお肉がカツレツで、デザートが杏仁豆腐みたいなものだった以外はほぼ同じです。量もこれくらいで」
「ちょうど良い量ですよね。量少なめでアイテム数多めという方が好きですから」
確かにちひさんの言う通りだなと思う。
さて、回りのテーブル、料理が着き次第食べ始めているようだ。
「劇が始まる前に食べてしまいましょうか。その方が見る時に集中できますから」
「そうですね」
さて、味はどうだろう。
オスタリアとどれくらい違うのか。
まずはメイン、アルケナスのグーズ煮から口に運ぶ。
うん、悪くない。
やっぱり脂が多いけれど、これをパンにつければちょうどいい。
ちょっとだけカロリーが気になるけれど。
「美味しいですね、ここの料理」
ちひさんもそう言ってくれてちょっと安心。
半分くらい食べたところで少し暗くなる。
中央に男性が1名、出てきた。
「帝都ヘラスの市民諸君、エルスタル宮殿へようこそ。大ヒラリア皇帝にして独り演芸会主宰、ジョシュア・エイブラハム・ノートン八世である。
それではピルグリムの舞台が整うまでの間、謁見の機会を与えよう」
ノートン八世を名乗る男は右手を軽く挙げ、パチンと指を鳴らす。
すっと右側に台が出現した。
アイテムボックスから出したのだろう。
上には燭台っぽいものが7つ、並んでいる。
男がもう一度指を鳴らすと、燭台っぽいものの先端に火がついた。
燭台とかろうそくと言うよりファイアトーチだな、これは。
やや暗い舞台の上に炎が映える。
男は1本、2本とファイアトーチを手に取って無造作に上へ投げる。
トーチが一回転して手元に戻る間に7本のトーチが空中に舞った。
男はそれらのトーチを手で受けて、そしてまた投げてを繰り返す。
お手玉、いやジャグリングという奴だ、これは。
炎の軌跡が綺麗だし手さばきも見事だ。
食事途中だけれどつい見とれてしまう……
◇◇◇
皇帝によるジャグリングの後、すっと全体が真っ暗になって、
『ピルグリム
とだけアナウンスが流れる。
3数える位の後、舞台中央に歯車が大量についた洋服ロッカー大の金属製の物体が出現し、スポットライトを浴びる。
音楽が流れ始めて、あとはもう終わりまで一気。
突然出現した、祈りによって人の願いを叶える
この
内容をまとめればそれだけだ。
しかし舞台の上で話が展開した直後、客席にも
更には舞台と客席で、それぞれ別の
これらが速いテンポで進んでいくので目が離せないというか油断出来ない。
なんというか油断も隙もない感じ。
それでいて細かいエピソードひとつひとつも面白かったりする。
クライマックス、舞台上からの呼びかけで、登場人物と観客が一体となって祈りの文句を唱える。
全体が盛り上がったところで暗転、音楽も止まる。
1秒くらいの沈黙後、全部が明るくなった時には客席にも舞台にも
舞台に出演者5人が横に並んでいる挨拶体勢だ。
「本日は最後までご覧頂き、本当にありがとうございました」
なるほど、こう終わるのか。
ジャグリングからここまで一息で来てしまった感じだ。
勿論実際に一息だったら窒息死するけれど、勢いという意味ではそんな感じ。
思い切り拍手して、そしてまだランチを食べ終わっていない事に気づいた。
ただこれは私だけでない。
ちひさんも、周囲のテーブル席の皆さんも同じような感じだ。
「面白かったですね、なんというか怒濤の勢いで」
「そうですね。でもランチを食べないと」
まだ半分近く残っているランチを急いで詰め込む。
◇◇◇
食べ終わって席を立つ。
カイアさんは何処かな、見てみるとロビーでパンフレットを買う列に並んでいた。
「お先に失礼します」
「こちらこそ。それではまた」
店を出る。
外の明るさに何か違和感。
「何か別世界から戻ってきたような気分ですよね」
ちひさんの言葉に頷く。
「そうですね。別の空間にいたような気がします」
「前の席で正解でしたね。不意に背後でいきなり物語が始まる、なんてのもきっと計算の内なのでしょうから。
でも一番後ろの端で全体の動きを見たいというのもわかりますよね。慣れていると特に」
確かにそうだな、と私も思う。
カイアさんとちひさんが話していた事はそういう意味だった訳だ。
「さて、それじゃ結愛ちゃんの服を見に行きましょうか」
「そうですね」
途中まで行きに来たのと同じ道を逆に辿る。
子供服と生活用品を専門に売っているトドウラー
「また結愛ちゃんに言えない体験をしてしまいましたね」
「そうですね、本当に」
そんな事を話しながら歩いて行って、トドウラー
4時過ぎに結愛が帰ってきた後、和樹さんを含め4人でトドウラー
無事、結愛の服をひととおり購入したのだった。
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