第53話 思わぬ遭遇

「オースの服屋さんって凄いですよね」


「私もそう思います」


 まったくもって同意だ。 

 ここの仕立て、とんでもなく早い。

 採寸を含めた全工程で30分かからない。


 見ているだけでもカルチャーショックを受ける。

 特に強烈なのが採寸した後、服を仮縫いまで仕上げる工程。

 布がまるで型を抜いたかのように切り取られ、針すらつけない糸で縫い付けられていくのはまさに魔法だ。


 この作業を店員さん5人が一気にやっているのはなかなか壮観。

 ヒラリアではこれが普通なのだろうけれど。


 服を受け取って、アーケード中央にある時計で時間を確認。

 地球と同じ形のアナログ時計は12時を指している。


「ちょうどいい時間ですね」


 確かにそうだな。

 そう思って次の目的地、エルスタルへ向かう。


「うちの辺りより大きい船が通れるようになっている分、橋が高いんですね」


「確かに前も後ろも橋ですよね」


 この辺りはどの区画も南北に走る運河に面している。

 東西を走る通りは2ブロック毎に運河を橋で越えていく形だ。

 そしてすこし大きめの船が下を通る為、橋は何処もそこそこ高い。

 だから東西方向を見ると前も後ろも高い橋があって、そこから先は見えない状態。


「あとは小さい商店街がそこここにありますよね」


「人がいるからあるのがわかります」


 この辺りは基本的には大きい家や仕事場、倉庫がある地区。

 大きい家といっても高級な家という意味では無い。

 仕事を家でする必要があるから大きい、という意味。

 おそらく運河が必要な仕事をしているのだろうと思う。


 しかし所々、人で賑わっている場所がある。

 小さな商店街が出来ている場所だ。

 何処も大きさはケーラアーケードとほぼ同じ位。


 この前行ったリリレイムがあるトリクリアーケードのある通りを過ぎ、更に西へ。

 橋を1つ渡り、次の交差点でここの通りには何かあるかなと思いながら左を見て安全確認した時。


「あれ、ミアさん?」


 一瞬聞き間違いかと思った。

 しかしすぐに視覚と魔力の反応で誰かがわかる。


「こんにちは、カイアさん」


 そう、私にとってはお馴染みのカイアさんだ。


「お出かけですか、今日は?」


「ええ。一緒にいるのは前に聞いたお姉さんでしょうか?」


「ええ、その通りでちひろさんです。ちひさん、こちらが職場の同僚のカイアさん」


「はじめまして。千裕ともうします。職場で美愛がお世話になっています」


「こちらこそ。公設市場でミアさんと一緒の職場にいるカイアです。よろしくお願いします」


 2人ともそつなく挨拶。

 こんな所で職場の人と会うとは思わなかった。


 しかし同じヘラスに住んでいて、休日も合わせている。

 しかも安全対策上、動き回る地区は多分ほぼ同じ。

 なら会う可能性は決して低くないなと思い返す。

 

「こっちへ行くという事は、ミアさん達はカーバルト地区方面ですか?」


「ええ。ショーを見に行こうかなと思いまして」


「ひょっとして、ピルグリムですか?」


 えっ?

 何故わかるんだと一瞬思った。

 しかしカイアさんなら今日やっている一般的なショーはひととおり把握しているかもしれないと思い直す。

 

「そうです。場所も近いですし、評判もいいみたいなので」


「実は私もです」


 えっ!

 カイアさんの趣味はもっと前衛的な方向だと聞いていたのだけれど。


「もし良ければお店まで一緒に行きませんか?」


 カイアさんにそう言われてどうしようか一瞬考える。

 何と言うか、仕事場の人とプライベートな部分が一緒になるのに何か抵抗感があるから。


 でもカイアさん達とは夕食に行ったりもしているし、仕事そのものが同じという訳ではない。

 それに断る口実が無いというのもある。

 ここはOKしておいた方がいいのだろう。

 ただ一応、ちひさんに聞いておこう。


「ちひさん、いいですか?」


「勿論ですよ」


 ならいいかな。

 

「こちらこそよろしくお願いします」


 そんな感じで、此処からは3人で歩いていく。


「カイアさんはピルグリムをよく見られるんですか?」


 この質問はちひさんだ。


「最初にはまったショーチームです。義務教育学校9年生の時、ピルグリムの『叫び』を見て、こんな面白い表現があるんだと思って以来ですね」


「いい趣味ですね。私ははじめてなんです。そういえば以前美愛をショーに連れて行ってくれたのはカイアさん達でしたでしょうか?」


「はい、そうです。何か悪い遊びを教えてしまったようで申し訳ない気がします」


「そんな事は無いですよ。美愛が一緒に行って楽しかったという話を聞いて、なら私も行ってみたいという事で今日こうやって行く事になったんですから」


「見に行く舞台を決められたのはチヒロさんですか?」


「いえ、私はまだ何もわかっていないので美愛にお任せです」


 ここは私が説明しておこう。


「情報紙を見て、こちら側に近くて評価のいい舞台を選んだんです」


 カイアさんは頷いた。


「なるほど。この前のワルブルガとはかなり趣が違いますけれど、おそらく今日ヘラスでやっている中では一番楽しめると思います。私の意見なので、異論はきっとあるでしょうけれど」


 そうだ。

 ちょうどいいのでカイアさんに聞いてみよう。


「ところで今日の舞台はどの辺りの席が一番初心者にとって無難でしょうか。B席で昼食を食べながら見るつもりですけれど」


「そうですね。『ガジェット』は初めてなので断言は出来ません。ですが今までのピルグリムのショーの傾向を考えると、多少左右に寄ってもできるだけ前の方がいいと思います。


 ただピルグリムのファンはあえて一番後ろ、それも中央で無く端を好む人が多いです。私も今回はC席で右か左の端側の最後部を狙うつもりです」


「なるほど。最初なら何も考えず、前の舞台に集中する事がお勧めなんですね」


 このちひさんの言葉、どういう事だろう。


「すみません。説明し過ぎてしまったようです」 


「いえ、こちらこそ済みません。余分な事ですよね」


 私にはわからないけれど、カイアさんとちひさんの間で話は通じているようだ。


 カイアさんに会った交差点から2つ橋を渡ると、前方真っ直ぐが割と遠くまで見渡せるようになった。

 スニークダウン地区からカーバルト地区に入ったようだ。


 ならエルスタルはこの辺だな。

 知識魔法と照らし合わせて場所を確認。

 左側3軒目のやや広めの間口の建物の模様だ。

 何人か列が出来ているのが見える。

 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る