第12章 忙しい休日
第50話 一般的とか普通とか
第1曜日午後3時過ぎ。
フラムレインにあるブラッスリー、『ハーベリア』で毎度お馴染みグラハムさんとお話中。
「ショーを見にいかれたんですね、お昼に食事を御一緒される皆さんと」
「ええ。週に一度、夕食会をやっているんです。今回は夕食を食べながらという事で、お誘いを受けまして」
この辺りは昼食時にカイアさん達と話した内容だ。
勿論同じテーブルにグラハムさんもいた。
だからこの話題についてはある程度お昼に話している。
「グラハムさんがああいったショーを見ないのは、相手に時間と速度を合わせて鑑賞するのが苦手だからですよね」
あ、グラハムさん、明らかに苦笑いという感じの笑みを浮かべた。
最近は私も彼の表情を何となく読めるようになったのだ。
「それも確かですけれど、本当はそれだけではありません。ショーも種類は様々ですし、中には私に合うものもあるでしょうから。
本当は私の中にある偏見が邪魔をしているのでしょう。勿論普段は出来るだけそういったものは排除しているつもりですけれど」
『ショーは女性や子供が見に行くものであり、良識ある大人の男性が見に行くものではないという考え。50年ほど前、男性向けに性的内容のショーの内容が過激化し社会問題化、規制された頃に出来た観念』
なるほどなあ、と納得してしまう。
男性向きショーの一部がお下劣すぎた故に出来てしまった偏見なのか。
『なおそう言った男性向けのショーは根強い人気があり、現在でも専用劇場等で公演されている』
つまり偏見の原因はまだ残っている。
状況その他は概ね理解出来た。
そういった物が残っているが故に、男性が素直に『ショーが好きだ』と言いにくい訳だ。
「確か以前、ミアさんがいた国ではショーを見に行くというのは一般的ではないと伺いましたけれど、そちらにはそういった偏見は無かったでしょうか?」
「そのあたりは私も知識があまり無いのです。ですけれど、少なくとも私にはショーを見に行くという事にそういった事は感じませんでした。
向こうではある程度お金があって、そういった物を見に行く趣味を持っている人だけが行くというイメージです」
この辺は本当に知らないからうまく答えられない。
「なるほど、一般的ではないが故に偏見も無い、そういう事ですね」
何とか納得してくれたようだ。
「ところでそのショー、男性はどれくらい来ていましたでしょうか? 個人的な興味として知りたいです」
どれくらいだっただろうか。
右端、左端側は若い女性ばかりだったよな。
男性がいたのは……
「やはり女性がほとんどだった気がします。ショーそのものの内容は性別関係なく楽しめるものだったと思うのですけれども。
男性は食事付きのテーブル席に女性と一緒に来ていた4人と、あとは後ろの方に数人という感じでしょうか?」
「やはり女性がほとんどなのですね」
グラハムさん、残念そうな感じだ。
ひょっとして興味があるのだろうか、それならば……
知識魔法で確認したところ、問題は無さそうなので言ってみる。
「もし宜しければご一緒しましょうか。女性が一緒ならそれほど問題は無いと思います。
ただ私もショーについてよく知らないので、一緒に行く以上のご案内は出来ないですけれど」
「いいのでしょうか?」
わかりやすい反応が返ってきた。
商売の時はともかく、こうやって話している時のグラハムさんにしては珍しい。
「ええ。私ももっと
「ありがとうございます。それで何かお勧め等はありますか?」
そう言われても私もよく知らない。
「私も行ったのは先週が初めてになります。ですのでよく知らないのです。
友人が言うには、この前行ったワルブルガの他には、ハッサンズやタイタニア、あとはマキシミリアあたりが外れが少ない一般的なチームだと言っていました。内容はまだ確認していませんけれども」
「外れが少ない一般的な、ですか。一般的というのは難しいですね。その方は何の気無しに言ったのでしょうけれど」
グラハムさんはその単語にひっかかったようだ。
言われてみると確かにそうだなと思う。
そもそも何をもって一般という基準にするかが明確ではないし。
グラハムさんの言葉はまだ続いている。
「私自身の育ちや考え方がヒラリアにおいて一般的ではない、という事は理解しているつもりです。良くも悪くも普通とは違う家で育ちましたし、今でもその辺りの呪縛から逃れ切れていませんから。
それが嫌で開発局から開発公社の、地方公設市場出向を希望してイロン村に赴任したのですけれどね。それはそれで周囲から浮いている気がしまして。
もっと人が多いところなら変わるのだろうか。そう感じていた所でたまたま大口の取引先が拠点をヘラスへ移すという話がありました。まあミアさんのところですけれども。
大口の取引先が移動する場合、担当バイヤーは取引先が移動する先の市場へ異動願を出す事が出来ます。これを利用してみたのです」
ただ和樹さん達を追ってヘラスに来た訳ではない訳か。
グラハムさんはグラハムさんなりに理由があったと。
「おかげで同僚のバイヤーが大勢いる、ヘラスの市場へ異動する事が出来たのですけれどね。ここでもどうにも浮いた感じになってしまう。
話してみても話題があわない。向こうが知っている事を私は知らない。一般的というのは難しいですね。
おっと、つい話しすぎてしまいました。それではいつでもいいので、ショーの方は御願いします」
「わかりました」
どうやらグラハムさんは一般的、普通、普遍といった言葉にコンプレックスというか、そんな感じがあるようだ。
おそらくは育ちが良すぎて、そして真面目過ぎた結果、遊び的な知識が無いのだろう。
私の勝手な想像だけれども。
日本にいた頃の私の生活ときっと反対側の暮らしをしていたのだろうなと思う。
どうやら恵まれ過ぎた場合もそれなりに大変な模様だ。
◇◇◇
「あれ、今日はこちらへ行かれるんですか」
帰り、グラハムさんは店から北へ向かおうとしている。
確かグラハムさんの家はもっと南の筈だ。
以前ヘイゼラールから帰る時にそちら方向へ歩いて行ったから。
「ええ。情報紙を少し買って帰ろうと思いまして」
何と言う事だ、とまでは思わない。
しかし……
「実は私もそのつもりなんです。明日、ちひさんとショーを見に行く予定なので、少しショー関係の専門紙を読んで研究しようかと」
「なら書店まで一緒に行きましょうか」
別々に行動するのも変だという事で、一緒に本屋まで。
ショー・舞台評論専門紙『メタトロニオス』と、ついでに新号が出ていた『エルミナレル』を購入。
更に吟味しているグラハムさんに挨拶して先に店を出て、そのままお家へ向かう。
明日、ちょうどいいショーが見つかるかな。
早く帰って調べたい。
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