第49話 結愛には話せない漁業

 休憩の後、まずは釣り。

 今回はちひさんが船を操縦する。


「先に竿と仕掛けを船にセットしておきますよ」


 ちひさんは操縦しながら船の上を移動し、でっかい糸巻きみたいなリールがついた竿を出した。


「まずはこの時点で糸を伸ばして、針をここに固定しておくんです。そうすると後の作業が楽ですから」


 ちひさんはそう言って、竿の先から伸びている仕掛けの先端にあるでっかい針を船縁に固定してある金属版に置く。


「ここは磁石になっているので針は張り付いた状態になります。そうしたらここへ竿を差し込んで固定してと」


 そう言いながらちひさんは竿の下部分をを船縁に固定された木材に開けてある穴に差し込んだ。

 竿が水平から概ね45度くらいの角度で固定された。


「このままでは魚が釣れた時に竿が持っていかれる事があるんです。だから竿から出ているこの紐を、木材にぐるぐる巻いて縛り付けておきます。こうすれば万が一竿が引っ張られてこの穴から外れても、完全に持っていかれるなんて事はありませんから。


 ただ釣っている時に竿を動かしたい場合があるので、紐にある程度遊びを持たせておきます」


 ちひさんは説明しながら竿の下側についている紐を穴の空いた木材に巻いて縛り付けた。


「とまあ、竿の準備はこんな感じです。餌は現場で付けますので、とりあえずこのままで」


「その磁石や竿を固定する木材は作って付けたんですか?」


 多分そんな装備は買った時にはついていなかったと思う。


「ええ。これくらいなら材料さえ買ってくれば魔法で作れますからね。この竿も仕掛けも針も手作りですよ。

 ただちゃんとしたリールは作れなかったので、こんな大きくて不格好なものになってしまいましたけれど」


 確かに大きい糸巻きみたいな形だ。

 それでも一応ハンドルで巻くことが出来るようになっているし、糸が勝手に出ないよう糸巻き部分を固定する事が出来るようになっている。


「全部自作なんですね」


「作戦を練ってこういう道具を自作するのも楽しいですよ。ただ工作能力が今ひとつなので、日本で売っているようなリールはは作れないですけれど」


『これが楽しいと思えるから』

 休憩の時ちひさんがそう言っていたな。

 何となくそれを思い出す。


「あと3本、仕掛けをセットしますよ。今日は2人いるので4本竿を出しますから」


「手伝いましょうか」


「これは大した作業ではないので自分でやりますよ。竿を出して縛り付けるだけですからね」


 という事は1人2本仕掛けを使うという事だろう。

 結構忙しい事になるかな、そんな事を思う。 


 竿を4本固定して、そしてちひさんは戻ってきた。

  

「それじゃ今日の漁の説明です。見た通り竿を使った釣りで、狙う魚はスコンバやハピタになります。そこそこ海流がある場所にいるので、もう少し移動しますよ。


 餌は小魚、今回の場合は先週の網で捕れたスコンバですね。針への餌の付け方は後で説明するのでその時で。


 かかったら魔法でまず動けなくして、それから糸を巻き上げて釣り上げます。残念ながらそれらしいリールはまだ出来ていないので、こんな糸巻きみたいなものですけれど、糸が太いですし長さも最大で50m程度なので大丈夫だと思います。


 もし上げている間にもう1本の竿に魚がかかった場合は、そちらも魔法で動きを止めて下さい。そうすれば仕掛けが絡む事は無いと思います。


 あとは実際にやってからですね」


「わかりました」


 前に4人でやった日本の竿と日本の仕掛けを使ってやった釣りとは雰囲気が違うなと感じる。

 道具が自作だし、糸も日本から持ってきた細いものではなくたこ糸をもっと太くしたようなものだし。


 この辺りが趣味の釣りと漁業の違いだろうか。

 そんな事をふと思う。


 ちひさんの説明はまだ続く。


「ヘラス沖で1人で3時間やった時には、10匹で60kgといった感じでした。だから今回はお昼まででそのくらい、午後もう1回やって100kg超えが目標ですよ」


 釣りでそれだけ捕れるのだろうか。

 少々不安だ。


 あとは魚を止める魔法。

 いきなり電撃魔法というのは自信が無いから、最初はやはり冷却でやろうと思う。

 1人10匹、つまり10回と考えれば何とかなるとは思う。

 やった事がないので不安は残るけれど。


 でもまあ、やってみるしかない。

 いや、『~しかない』という考え方はのは良くないかな。

 ちひさんが時々そういう意味の事を言っているような気がするし。


 ここは『やってみないとわからない』位に考えた方がいいのだろう、きっと。


 ◇◇◇


「いやあ、思った以上に大漁ですよね。これも美愛ちゃんがいてくれたおかげですよ」


「でも、用意したのも方法を考えたのも全部ちひさんですから」


「それでも1人だと無理ですよこれ。手返し的にもそうですし、私が取り込み中の時に船を移動させるのもやって貰えますし」


 確かに大漁だ。

 釣れた魚は50匹を超えているだろう。

 私だけでも20匹以上は釣った気がする……37匹だった、今アイテムボックスを確認すると。


 ちひさんはもっと釣っていた筈だ。

 となると、全部で何匹釣っているのだろう。

 目標を遙かに突破しているのは間違いないと思うけれど。


「あと朝食でも食べましたけれど、このツナマヨおにぎり美味しいですよね。海苔で巻いたおにぎりなんてヒラリアには他に無いと思います。

 日本のコンビニのおにぎりよりずっと美味しいですし、これも絶対売れますよ。最初は元日本人限定かもしれないですけれど」


 船上でおにぎりを食べているのは、釣りが忙しすぎたから。

 魚群を逃すまいと2人で頑張ってしまった結果、お昼過ぎまで食べる暇が無かったのだ。


「ありがとうございます。ただ海苔は家で食べる分以上の在庫は無いんです。家の周りの水路に生えている分だけですから」


 緑色の藻みたいなものが水路の壁に張り付いていたのを見て、何となく知識魔法で確認してみた。

 その結果、『地球上のアオサ類と似たようなもの。ヒラリアでは一般に食べれていないが可食』と判明。


 なので水路の壁から削ぎ取るように捕って、水洗いしてゴミを取った後、アイテムボックスに出し入れして殺菌殺虫。

 皿の上に隙間が出来ないよう広げて、魔法で乾燥させてみた。

 結果、少々不格好だけれど板海苔っぽいものが完成。


 使う前に熱を通してやると日本の海苔そっくりの香りがした。

 醤油を少しつけて食べてみると確かに海苔っぽい味もする。

 こうして自家用板海苔が出来上がった訳だ。


 しかし捕れる量が限られるので家でもこの板海苔は貴重品。

 皆でお出かけする時のお弁当くらいにしか使えない。


「うーん、それは残念です。でも魚がいっぱい釣れたし、おにぎりも美味しいしで、何かもう、これだけでいい一日だった、って気がするんですよ」


「わかります。私もそんな気がしますから。そんな事を言ったら結愛に怒られちゃいますけれど」


 確かに私もそんな満足感がある。


「でも結愛ちゃんはもう少し大きくなってからの方がいいですよね、この大物釣り」


「そうですね。私もそう思います」


 魚の動きを止めるのに結構魔力を使う。

 動きを止めているとはいえ6kg以上ある魚を巻き上げるのには腕力も必要だ。

 大きい針を使うから注意しないと危険だし。


「しばらくは結愛ちゃんに内緒ですね、この釣りは」


「そうですね」


 確かにその方がいい。

 話を聞いたら絶対やりたがるから。


 浜に戻ってしばらく休憩。

 潮が引いたところで川に仕掛けた網から魚を捕って、また網を仕掛け直して。

 海側にしかけたスダテと呼んでいる網だけそのままにして待っていると、和樹さんと結愛が到着。


 そこからはいつもの第5曜日、第6曜日と同じだ。

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