第45話 簡素? な料理と前座のショー
なるほど、これが簡素な料理か。
来てみて私は納得した。
ワンプレート皿というのだろうか、仕切りがついた大きめの四角い皿に、スープとドリンク以外の全てが乗っている。
B席以上のお皿が多数並んだ料理と比べると、見かけは確かに簡素。
しかし料理の品数はお品書きの通りだし、料理そのものも美味しそうだ。
量は確かにそこそこだけれども。
さて、味はどうだろう。
リアさん達はウエイターが離れると同時に食べ始めた。
他の席も同様、という事はこれが此処の常識のようだ。
なら私も食べ始めた方がいいだろう。
まずはタクサルドリンクを一口。
うん、予想通り甘酸っぱくて美味しい。
地球のオレンジジュースと同じような系統の味だ。
香りは全く違ってどことなく森林というか森っぽい感じだけれども。
カトラートは見た目はほぼトンカツ。
大きさは指先をくっつけた状態の私の手、手首から指先まで位。
厚さも人差し指と同じくらいでそこそこ。
既にカットされているのは舞台を見ながらでも食べやすいようにだろうか。
既に茶色いソースがかかっている。
食べるとウスターソースがかかったトンカツそのものだ。
肉の味は豚とも鶏とも違う感じ。
しっかりした肉感がいい感じ。
これはパンよりご飯の方が美味しいかなと私は思う。
元日本人だからそう思うのかもしれないけれども。
パンは普通のパンだ。
いわゆる日本の食パンに比べると若干茶色くてやや固め。
日本でも店で焼いているちょっと高いパン屋さんや、スーパーでもちょっとお値段が高めのパンにありそうな感じ。
ポーローボは日本の豚汁に相当するものだと思えばいいのかな。
和樹さん謹製の味噌で作ると豚汁はちょい甘口になるから味が大分違うけれど。
味つけの主体は味噌では無く、
この酵母
多分ヒラリアではこれが日本の味噌と同じような位置づけなのだろう。
同じように塩味が利いた植物由来の旨み調味料だし。
私もこの調味料の味と風味には大分慣れてきて、今では美味しいと感じるようになった。
知識魔法によると地球のマーマイトやベジマイトに似ているらしい。
どちらも食べた事が無いからよくわからないけれど。
あとポーローボ、中に入っている芋が蔓芋とは違う。
少し粘りがあって里芋をジャガイモ風にカットしたような感じ。
何という素材なのだろう。
『プテリードの地下茎。通称シダイモ。生では傷みが早いので熱を加えたものを冷凍で売るのが一般的。その場合の単価は蔓芋よりやや安め。
プテリードは全高2m程度になる中型のシダ。温かくやや乾いた土地を好む。食用にする地下茎は直径5cm、長さ30cm程度』
なるほど、今度使ってみよう。
家の味噌で豚汁にすると美味しそうだ。
ヤット&デールサラダはワルトナイヨとほぼ同じ。
量はもちろんこっちの方が少ないけれど。
しかしトーロードオムレツは前に食べたのと大分違う。
中にサイコロ状に切った蔓芋が入っていて食感が楽しい。
どの料理も美味しい。
料理の味そのものはワルトナイヨ等と同じレベルだと思う。
しかし料理の雰囲気は少し違う。
同じ料理でも向こうはレストランで、こっちは食堂という感じ。
盛り付けがワンプレートで簡素なせいではなく、料理そのものの雰囲気や味付けが。
ただ美味しかったのは間違いない。
特にシダイモは明日、公設市場で探してみようと思う。
きっと冷凍食材の方にあるのだろう。
そちらのコーナーは行かないので今まで知らなかったようだ。
客席が少し暗くなり、舞台側が明るくなる。
そろそろ開演かな。
舞台に男性2名と女性1名があがって来た。
「オスタリアにお越しの皆様。はじめましての方ははじめまして。デビュー以来、ヘラスのショービジネス業界期待の新人を自称し続けるカールライダーの」
「ミナセと」
「リータと」
「ハリスです。これからワルブルガのショーまで、短い間ですがお付き合いいただきたいと思います……」
『オープニングアクトと呼ばれる、主催の前に盛り上げる役目。主に新人が行う事が多い』
なるほど、メインの前にこういったものもある訳か。
「それでは今宵の話、『名状しがたきものと、おぞましきもの』」
舞台がすっと夜っぽい青色交じりの光に包まれた。
ナレーションをしているハリスさん以外の2名がすっと消える。
「小劇場での前座公演4回を終え、深夜ヘラスの西南にある安アパートへ向かう新人芸人リータ。彼女は一段と寒くなった気温に安物のコートの襟を立て、夜の闇の中を歩いて行く」
先程出て来た女性が登場。
コート姿で舞台の上をゆっくり歩き出す……
◇◇◇
く、くだらない……
でも思い切り笑ってしまう。
まさか深夜の墓地に出て来た怪異の方が、『名状しがたき者』に襲われるという話だったとは……
この舞台、きっと元ネタはラブクラフトなのだろうと思う。
『名状しがたきもの』なんて単語は他では使わない気がするし。
きっと地球から誰かがその辺の本を持ち込んだに違いない。
ただ内容というか主題はコズミックホラーではなさそうだ。
怪異は確かに出てくるけれど、人間の方が怖い話だから。
深夜の墓地の横を通るリータさんを襲おうとした怪異。
しかし彼女はさっとコートを翻して怪異の攻撃を避ける。
おもむろに広げたコートの内側に着込んでいたのは黒革のハイレグ衣装。
コートの裏地は真っ赤で、ムチ、ロウソク、荒縄が仕込んであって……
リータさんはさっと半仮面をかぶると、2本のムチとローソクを手に取り、ロープを肩にかけて、コートを投げ捨てる。
あとはひたすらリータさんが怪異を攻めまくる状態だ。
2種類のムチとロウソクで。
『怪異は縛れないからプレイは出来ないと思って? 縛れなくてもしばく事は出来るのよ! 女王様とお呼び!』
艶っぽいポーズを取ってムチ片手にポーズを決めるリータさんの恰好がエロ恰好いいのに馬鹿馬鹿しくて笑える。
怪異の動きもいい。
もぞもぞしたり飛び上がろうとしてムチに打たれたり、そうかと思えば子供のように全身で駄々をこねてみせたり。
しかし本題はその後の方だった。
怪異が何とか逃げ出した後、『おぞましい者』を自称して出て来たハリスさん。
この人こそがこのショーの主役だったようだ。
出てきた当初はリータさんが酷い格好と人間と思えない動きのハリスさんをムチやロウソク等でいたぶりまくる。
やっている事はきっとSMショー。
しかし全然痛そうではなくとにかく笑えるのだ。
ハリスさんの悶えっぷりと狂った動きが、特に。
舞台は徐々にハリスさんの方が話を引っ張る形になり、女王様的な役であるリータさんの方がむしろ引いていく感じになる。
最後はリータさんが逃げだし、おぞましい者ハリスさんがその後を追いかけるという形で終了だ。
最後、他の観客と一緒に思い切り拍手をしてしまった。
くだらないし酷すぎるけれど、とにかく笑えたから。
レアさんだけでなくカイアさんまでもが大笑いしていたし。
勿論レアさん達だけでなく、他の観客の皆さんも。
笑う時に声を出すなという規則はここには無いらしい。
気楽だし楽しくていいと思う。
ただカイアさんが言った、
『少し品が無いという人もいるとは思いますけれど』
の意味は理解できた。
SMショーだものな、視覚的には。
内容はコメディー以外の何ものでもないけれど。
だから結愛は教育上の問題で連れてくる事は出来ないなと思う。
あと和樹さんと来るというのも無しだ。
和樹さんの横でこんなネタにどういう反応をしていいか、私にはわからないから。
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