第41話 答はひとつじゃない、けれど
「美味しかった! また来たい!」
「家から近いしそれもいいかもな」
帰り道、結愛がとっても御機嫌だ。
結愛は自分のデザートだけでなく、全員のデザートも少しずつ貰って食べた。
そのどれもが美味しかったようだ。
確かに甘い物、美味しかったなと思う。
私が頼んだケルストルも美味しかったし。
全体にじわっと染みたバターのしっとり感と砂糖の甘さ。
ほんのり程度のお酒の香り。
中に入ったドライや砂糖漬けの果物、ナッツ等もいい感じ。
その代わり見かけより重くずっしりとしている。
しっかりして食べ応えがあるのだけれど、それが5切れとなるとカロリーが少々怖い。
バターがたっぷり染みこんでいたし。
1切れは結愛に、もう1切れは和樹さんとちひさんに半分ずつあげた。
その代わりにハニーケーキやワッフルも少し貰ったけれど。
どっちもやっぱり美味しかった。
サンドイッチも美味しかったし、結愛じゃないけれどまた来てもいいかなと思う。
和樹さんの言うとおり家からも近いし。
さて、今は結愛と和樹さんが前を歩いていて、隣がちひさん。
ちょうどいいので食事前に思った事を聞いてみよう。
「今日の船を選んだ時の事、少し聞いていいですか?」
「もちろん。で、何ですか?」
「2隻のうちからあの船を選んだ理由は、私が操縦する時に操縦しやすい方がいいという意味だったんですね」
あえて断定形で聞いてみる。
「ん……それも理由の一つではありますけれどね」
あれ、違ったのだろうか。
それともちひさんが私に気を遣ってそう言ってくれているのだろうか。
「一番大きな理由は、いざ何かあった時に何が必要か考えた結果なんですよ。船の場合は何かあった際、その場に留まるより移動する選択肢の方が多いですからね」
一呼吸置いて、更にちひさんは続ける。
「いやな風が吹いてきた。雲行きが悪い。海流がいつもと少し違う。船の場合はそういう時、とどまってやり過ごすという選択肢はまず無いじゃないですか。
だからいざという時を考えると少しでも動かしやすい方がいい。その方が安全というか安心。そんな感じですよ」
言われるとなるほどと理解出来る。
言われなければ私にはわからないけれども。
という事はあの時の会話、
『でも普段使うのはちひだろう』
は最初私が思った通り、
『普段はちひさんが漁業に使うから、ちひさんが選んだ方がいい』
という意味だったのだろうか。
それにちひさんが答えた、
『使用者に関係なくこっちの方がいいんですよ』
は、
『使用者が私とちひさんどっちであろうと、非常時の事を考えるとこっちの方がいい』
という意味だったのだろうか。
ちひさんの方は後に続く言葉から考えてそうなのかもしれない。
でも和樹さんの言葉の方はどうだろう、よくわからない。
それにしてもあの会話だけでそこまで考えていた訳か。
何と言うかかなわない気がする。
ちひさんの解説は更に続く。
「最初は漁業のしやすさ優先で停まっている際の安定性を考えていましたけれどね。先輩がもう片方の船を何故選んだかを考えた結果、この方が正しい気がしまして。
でも美愛ちゃんに誤解されたくないから言いますけれど、これが唯一の正解だったいう訳でも無いんですよ」
あれ?
何か明らかに今、話がわからない方向へ行った。
「どういう意味ですか?」
ついそう聞いてしまう。
「多分最初に私が選んだ方の船を選ぶのも正解なんです。正解のひとつというべきですかね。
漁業をしやすい方を選んで、その分帰ったり逃げたりする判断を厳しめにする。それだってきっと正解なんですよ。
先輩が私の選んだ方でもいい、って言っていましたよね。そういう事なんです」
どういう事だろう。
「でもちひさんは、買った方の船が正解だって言いましたよね」
「今回の考え方では、なんですよ。別の考え方では反対になったかもしれない。
答えはひとつで絶対、という訳じゃ無いんです。むしろ正しい答えがひとつだなんて思わないほうがいいと思うんですよ、私個人の意見としては。それぐらいじゃないと煮詰まったり追い詰められたり息苦しくなったりしますからね。
だからもし正解があるなら先輩の態度が一番近いと思うんです。僕はこっちだと思うよ、でもこの二隻ならどっちでも大丈夫だよという」
また和樹さんの話が出てきた。
やっぱりちひさん、和樹さんの事が好きだし尊敬しているしよくわかっているなと感じる。
しかし、煮詰まったり追い詰められたり息苦しくなったり、か。
ちひさんの言葉は続く。
「もちろん正解がひとつしかない場合なんてのもありますけれどね。その方がむしろ例外なんじゃないかなと思うんです。
むしろこれも正解だしこっちも正解、でも今日はこう考えたからこっちを選ぶ。普段はそれくらいの方がいいんじゃないかと。
まあこれは私が一度行き詰まりかけたからそう思うのかもしれないですけれどね。この考え方だって絶対という訳じゃない。それくらいに聞いてくれた方がいいし、きっとそれが正しいというか楽なんじゃないかと思うんですよ」
「……難しいですね」
私の本音だ。
自分の言った事すら否定している。
答えがひとつ、の方がむしろわかりやすい。
わかりやすい事が正しいという訳では無いのだけれども。
「確かに難しいですね。そう言っている私自身、なかなかそういう境地に達せないですから。どうしても一つの結果だけを見て、こうしなければならない、そう自分を縛ってしまいがちなんで。
でも柔軟さを持たせる事は大切だと思うんです。いい加減さと言ってもいいですけれどね。
あれをしなければいけない、これで無ければ駄目だ。そんな風に考えて自分を追い詰めると、ある日ぽきっと折れて動けなくなるなんて事がありますから。
その辺は先輩が上手いんですけれどね」
以前うつ病で本当に動けなくなりましたからね。
そうちひさんが前に言っていた事を思い出す。
いまのちひさんからはとても想像出来ないけれど。
柔軟さ、いいかげんさか。
でもちひさんが言うとおり、きっと難しい。
それに今回の船選びだって、選択肢を2つに絞れる能力があった上で『どっちでもいい』なのだろう。
まだ私はそれが出来るレベルまで達していないから。
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