第39話 私にはわからない会話

 船をゆっくり見ながら歩いて行く。


 私の目から見ればどれも同じに見える。

 いや、確かに多少の差はある。

 しかしその差と値段がどれも釣り合っているように感じるのだ。


 つまり新しくて良さそうなら高い、古くて傷んでいればその分安い。

 もちろん他にも差はあるし、値札にその辺の差異についても書いてあるのだけれど、だからどれがいいという判断までは出来ない。

 色も基本的に白色だ。

 青色や赤色の線が入っていたりもするけれど。


 ほぼ新船同様の小金貨19枚190万円のものまでひととおり見たところでちひさんは立ち止まった。


「どうですか。どれか気に入ったもの、ありましたか?」


「難しいです。どれも値段なりという感じがして」


 ちひさんは頷く。


「プロが査定していますからね。それに同じ型式の船だからほとんど同じ形ですし」


「うん、難しい」


 結愛がもっともらしく頷いた。

 ちひさんが笑みを浮かべて、そして続ける。


「でも、どうやら先輩は判断したようですけれどね」


「ちひの選んだ奴でいいと思うけれどな」


「そこは美愛ちゃんや結愛ちゃんにも判断して貰わないと」


「わかった」


 どうやら2人ともそれなりに選んだようだ。

 しかもそれぞれが選んだ船がわかっているらしい。


「何処で選んだんですか?」


「予算内で船体の程度がいいものをピックアップした後、私は停止時の安定性で、先輩は魔法で航行中の操船のしやすさで選んだんですよ」


「どちらも今の僕らの使い方なら問題ないだろうけれどさ。でも確かに2人にも意見を聞いた方がいいよな。実際に見て比べてみようか」


「ですね」


 そう言って今まで来た方向へと戻り始める。

 小金貨8枚と正銀貨4枚84万円と書かれた札の前で、まずは和樹さんが立ち止まった。


「この船がちひの本命だろ。違うか?」


「ええ。そして先輩が選んだのはこの船ですよね」


 ちひさんがいるのはもう少し先、小金貨7枚と正銀貨9枚79万円と書かれた船の前だ。


「ああ。ただ美愛も結愛もあまり気にしなくていい。実際に使ってみると僕やちひが言う程の差は多分無いからさ。どちらも今使っている船よりは停止中に安定しているし、まっすぐ進みやすい」


 確かにこの2隻、ほとんど差が無いように私には見える。

 というか値段以外に違いがわからない。

 強いて言えば表示されている製造年が、安い方が1年だけ古い程度だ。


「簡単に説明するとさ、僕の場合はまず、予算小金貨10枚100万円の枠内で船体の状態がいいものを探した。そうするとこの2隻ともう1隻、小金貨9枚90万円の船が船体の程度が良かった。削った痕跡も無いし木部の傷みも無い。


 他は何処かしら削ったり、傷んだ上を塗装して誤魔化したりした跡があった。勿論通常の使用には問題はないだろう。でもこっちは初心者だし詳しいところまではわからない。

 だから安心できるという基準で、選択肢を3つまで絞った訳だ」


 どうやら2人は魔法を起動して船体の細かな確認までしていたようだ。

 確かにその気になれば私にも似たような事は出来る。

 偵察魔法で船の断面を見るようにして調べればいいのだろう。


 でも私はただ値段や外形、表示してある詳細事項等を見ているだけだった。

 注意が足りなかったな、ちょっと反省するというか凹む。


「美愛ちゃんはあまり気にしなくていいですよ。私や先輩の癖みたいなもので、一般的な見方ではないと思いますから。

 

 ついでだから説明を引き継ぎますね。

 船体の程度から3隻に絞ったのですけれど、うち1隻は上に色々と物が載り過ぎているんです。屋根をつけたり床を平らしたりで。


 通常の使用ではこの方が便利でしょう。でもより厳しい状況では復原性、船の転覆しにくさですね、これが残りの2隻より少々劣ると。


 だから候補を2隻に絞って、細かい所を比べてみた訳です。そこから先はまあ好みですね。船を止めてのんびりする事を重視するか、移動がほんの少しでも楽な方を選ぶかで」


 ちひさんの追加説明で選んだ方法というか理由はわかった。

 しかし私には何処でその違いを判断したかがわからない。


 しかし聞いているばかりでは能が無いから、自分の目で調べてみる。

 厳密には目だけではなく魔法を使って。


 よく見ると船底の角度というか下へ向かっての尖り具合がすこしだけ違う気がする。

 更によく見ると、その尖っている部分と船の横側を構成する部分のつなぎ目の構造も少しだけ違う。

 他に前後方向の船底の形も少し違う。


 おそらくこれらの違いが2人の言う、船の特性の差につながるのだろう。

 ただこれで船の性格を判断できるのだろうか。

 少し知識魔法を使ってみる。


『船の底の形状である程度その船の性格は決まってくる。

 まずは進行方向に垂直な方向での断面を見て、平型、V型、丸型が……』


 結構複雑ですぐには理解出来そうにない。

 ただ2人にとっては当たり前というか自明と言うか、そんなものなのかもしれない。


 やはり2人は似合っているな、そう思ってしまう。

 そう思うという事自体、きっと私に余分な思いが残っているという事なのだろうけれど。


「ん……でも確かに、先輩が考えている事が正しい気がしてきました」


 あれ?

 どうやら船の選択、また変わってきたようだ。


「でも普段使うのはちひだろう」


「使用者に関係なくこっちの方がいいんですよ。いざという時にはきっと。それに確かに違いは大した事は無いんです。だからこそ、そっち側に余裕を持たせる方がきっと正解なんです」


 ちひさんの言葉の意味が私にはわからない。

 しかし和樹さんには通じているようだ。


「わかった。それじゃ美愛、結愛、こっちの船にしようと思うんだけれどどうだろう」


「うーん……いいと思う」


「私もそれでいいと思います」


 私には違いがわからない。

 だからどっちの方がいい、なんて意見も当然無い。

 強いて言えば同じ程度なら安い方がいいと思うくらいだ。


「それじゃこの船を買って、そして夕食を食べに行きましょうか」


「行く!」


 結愛の元気な返答を聞きながら、まだ私はさっきのちひさんの言葉の意味を考えていた。

 

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