第9章 答はひとつじゃないけれど

第37話 新商品の味見

 今週の第2曜日はお仕事がお休み。

 しかしやる事は結構多い。


 まず午前中は商品製造作業。

 これは余裕があった筈の公設市場保管の在庫が一気に無くなったからだ。

 間違いなくグラハムさんの仕業だろう。

 私の漬物もちひさんの商品も同じように在庫の減りが激しくなっているから。

 勿論和樹さんの味噌、醤油、甜麺醤も在庫僅か。


 ただし私の今朝の公設市場での連絡確認作業はなし。


「今日は午後、私が公設市場へ行くつもりですからいいですよ。新商品売込みがてら市場の様子を確認に行きますから」

 そうちひさんが言ってくれたから。


 だから結愛が学校へ行った後は3人そろって作業場だ。


「多品種少量生産より、少品種大量生産の方が楽ですけれどね。作る楽しさには欠けますけれど」


「でもちひ、材料の魚は大丈夫か?」


「今週分は何とか。ただ何としても今日船を購入して、来週中に新漁法を確立しないとまずいんですよ。冬の漁獲高減少に備えて少しでも早く準備をしないと」


「和樹さんは今日作る分で今週分は終わりですか?」


「特大樽4つずつ在庫を作っておけばいくらなんでも大丈夫だろ」


「わからないですよ。私の方もここまで売れるなんて想定外ですからね。先輩も覚悟はしておいたほうがいいと思いますよ」


 そんな雑談をしながらする作業は楽しい。


 なお3人の中で一番大変なのはちひさんだ。


 和樹さんは作る量が多い分、材料の量も重さも圧倒的。

 しかし作業工程はほとんど魔法化済みだ。

 だから材料を近くに集めて必要な樽や漉し布を準備すれば、あとは魔法を起動するだけで作業が進行する。


 私の方は今のところ商品が2種類だけだし、作業そのものも割と単純。

 魔法化もしているので一番簡単。


 ちひさんは商品の種類が圧倒的に多いし、ひとつひとつの製法も結構複雑。

 なおかつ材料の魚の具合にあわせて調味料の量を変える等、単純な魔法化が出来ない部分がある。


 もちろんちひさん、工程が全く違うものを同時に作るなんて事はしない。

 この日は干物だとか、午前中はさつまあげという風にわけてはいる。

 本日はさつまあげメインの模様。


 それでもやっぱり作業は大変そうだ。

 しかも常に新商品を開発したりしているし。


「ちひさん、何か手伝いましょうか? 私の方はひととおり仕込んで魔法を起動しましたから」


「ならお願いしていいですか。北西側の隅近くに『開発中、醤油粕漬け2』と書いてある樽があると思うんです。その中から程よく漬かったアルケナス肉を1切れ取り出して、4分割して出来るだけ美味しく焼いて貰えますか。


 味付けなしで、焼き具合だけ勝負でお願いします。1つは商品見本として公設市場へ持っていく分で、残り3つは私達の昼ごはん兼味見用です」


「今日持っていくのはあれなのか?」


「ええ、今日の午後1時過ぎに行こうと思います。出しておけば冬に漁獲量が減っても安心できますからね。あと先輩、一息ついたら樽4番の魚、捌いて骨取る魔法をかけておいてもらえますか。魔力的には余裕がありますよね」


「はいはい、やっておくよ」


 こんな感じで11時頃まで作業だ。


 ◇◇◇


 作業が終わって片づけたら、お昼を兼ねてちひさんの新商品の味見。

 メインはちひさん作のアルケナスの醤油粕漬け。

 主食としてご飯、他にポテトサラダと味噌汁を準備した。


「それじゃ、いただきます」

「いただきます」


 メインは新商品でもあるアルケナスの醤油粕漬け。

 だから自然と箸がそっちにのびる。

 私は焼く時に少しだけ味見をしているけれど、それでもだ。


「やっぱり美愛ちゃんに焼いて貰うと違いますよね。安いアルケナスの首肉なのにこんなにしっとり柔らかジューシーです」


 いや違うちひさん。

 これは焼き方のせいではない。

 私は普通に魔法で熱を通しただけだ。


「これは醤油粕に漬けたからだと思います。首肉は普通ならどんな焼き方をしてもガチガチでパサパサになりますから」


 アルケナスの首肉は脂がほとんどなく、ガチガチに固い。

 煮込んでもなかなか柔らかくならない。

 だから他の部位より安いし、一般用に売られているものはミンチになっているのが普通だ。 


 ちひさんはその首肉を業販で塊で買ってきて、肉用に調味しなおした漬物用醤油粕に漬けこんだ。


『残っている麹が蛋白質を程よく分解して柔らかくしてくれると思うんです。まあ理論上は、ですけれどね』


 そう説明して。


 でもまさかこんなに柔らかくなるとは思わなかった。

 しかもただ柔らかいだけでなく、旨味も数段増している。


「どっちにしろ美味しいよな、これ。ほのかな甘みもいい感じだしさ」


「その辺りは美愛ちゃんの腕ですね。漬け込み用の醤油粕、肉を浸けるといったら味付けをし直してくれましたから」


「でもこんなに柔らかく、味も美味しくなるとは思いませんでした」


 私の本音だ。

 確かに蛋白質を分解するというのはわかるけれど、ここまで変わるとは思っていなかったから。

 そうなる事を見越した上、固くて安い首肉を材料に選んだのは間違いなくちひさんの知識とセンスだと思う。


「美愛ちゃんがそう言ってくれるなら、これも商品として大丈夫ですね、きっと」


「確かに間違いなく美味しいものな、これ。魚と違って材料は買って来れば揃うしさ」


「アルケナスの首肉、安いですしね。これで需要が増えて高くなったら困りますけれど。

 さて、これで後はグラハムさんと対決するだけですよ」


 既に持っていく肉は醤油粕をある程度落として小樽に詰め替えてある。

 およそ60kg分だそうだ。


「あとはまた出る前に商品ひととおり、持っていきますので。美愛ちゃんあとで在庫お願いしますね」


「わかりました」


 私はいつでも公設市場で補充できるよう、商品をひととおりアイテムボックス魔法で収納している。

 今日はちひさんが市場に行くから、これを引き継ぐ必要がある訳だ。


 私の方は午後は家の掃除と洗濯だな。

 あとは少し料理のストックも作っておこう。

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