第36話 週休3日の理由

「つまり働ける人は働かなくてはならないし、働くのが普通だ。そういった、人を遊ばせておけるような余裕が無い事が、家で食事をつくらない文化になったという訳なのでしょう」


 なるほど、言っている事はわかる。

 でもそれならばだ。


「なら貧しい人ほど働いていないという事でしょうか?」


「いい条件で働く事が出来ない、なのでしょう」


 グラハムさんはそこで一息入れて、そして続ける。


「単純労働しか出来ない人でも探せばそこそこ職はあります。ヒラリアは慢性的な人手不足ですから。

 ですけれどそういった職は往々にして待遇があまり良くない。給料が安かったり単純作業の繰り返しだったり拘束時間が長かったりして。


 ですのである程度生活できる程度までお金が貯まると辞めてしまう。元々長続きしないような仕事内容ですし、困ったとしてもどうせすぐに再就職出来るからです。


 ただそういう生活をしていると生活費に余裕が無い。1人で家1軒を借りるような余裕も無いので、何人かで家をシェアするようなケースが多くなる。


 これが更に進むと何人かが同じ戸籍に入って、交代で最小限ずつ働くなんて事になる。食べに行くような余裕は無いから仲間内分の食事を家で作る。


 ある程度貧しくて、なおかつそれで生活が続けられる人達はそういった形態が多いとされています。ただ仕方なく共同生活しているだけで、仲が良いかどうかはまた別問題のようです」


 なるほど、レアさんが言っていた『同じ戸籍に大人が4人5人いるとちょっと考えるかなあ』とはこういう意味なのか。


「なるほど、知識魔法よりよくわかりました」


「私もほとんど知識魔法で知ったのですけれどね。実際にそういった人達にはほとんど知り合いがいませんから」


 その言葉に少し疑問を覚えたので尋ねてみる。


「学校等にはそういう方はいなかったのでしょうか?」


「まだ1学年辺りですと同じクラスにもいるのですけれどね。ある程度学年が上がるとクラスが別れて疎遠になってしまうのですよ」


『ヒラリアの義務教育学校は習熟度別クラス編成のため、学業成績によりクラスが異なる』


 なるほど、学業成績でクラス分けされると必然的に優秀な方にまともな家庭出身者が集まってしまう訳か。

 

「ミアさんが前にいた世界ではそういった事は無かったでしょうか?」


 公立の義務教育の学校が習熟度別クラス編成なんて、ある意味羨ましいと思う。

 私が通っている公立中学は吹きだまりだったから。


 お金がある家の子供は公立中が吹きだまりだとわかっているから私立へ行く。

 だから余計に公立中は吹きだまりになる。

 しかも悪平等が蔓延っているから真面目にやりたい子も授業を荒らしたい子も同じクラス。


 なんて考えて、いや違うと思い直した。

 グラハムさんが聞いているのは学校の事では無いだろう。

 元々の話題、つまり外食する話だ。


「向こうの世界は色々ですね。ですが家で作る方が多数派だったように思います。

 ただそれは余裕があるといういい意味とは限りません。子供を持った女性が普通に働く事が出来る環境が整っていなかった、というせいでもありますから」


「なるほど、それはそれでまた問題ですね」


「そういう意味ではこちらの義務教育学校の制度や勤務時間の制度は良くできていると思います。ある程度遅くまで義務教育学校で面倒をみてくれますし、6日中3日休みならその日は子供の相手をできますから」


「そういう見方もあるのですね」


 グラハムさん、うんうんと頷く。


 そして私は結愛の事をふと思った。

 結愛はまだ義務教育学校1年生だから、習熟度別のクラス分けになっていないだろう。

 なら学校はどんな感じなのだろうか。


 友達なんかもどうなのだろう。

 あと結愛は割と早く帰ってくるけれど、それが奇異に見られていないだろうか。


『一般に同一戸籍に大人が数名以上いる中の下~貧困家庭の場合も、生徒は遅く帰る事が多い。家が快適で安心できる空間では無いからだというのが通説である』


 よかった、結愛が早く帰る事に対する心配はしなくていいようだ。

 一安心したので、グラハムさんとの会話を続けよう。


「こういった週に2~3日休める制度や、義務教育学校で子供を長時間預かってくれる制度はどうやって出来たのでしょうか?」


 もちろん知識魔法で知る事も出来る。

 しかしグラハムさんなりの見解も聞いておきたいと思ったのだ。


「これは約六十年前の研究が元になっています。

 良質な労働力が限られている中でできる限り埋もれている人材を有効活用するにはどうすればいいか、そんな研究です。

 

 その結果、週休日を増やし、また週休の取り方そのものを柔軟にする事にによって、働ける労働人口を増やすという提言が成されました。


 研究によると、週休を1日から3日まで増やす事によって、

  ○ その分活用出来る人材が増え、

  ○ また休日が増えた事により労働生産性そのものが上がる

事によって、

  ○ 全体的には労働力としてプラスになる

そうです。


 これを政策として大々的に取り入れ、法制化したのが55年くらい前だったと記憶しています。当時は社会的な反発もありましたが、今では少なくともヒラリアでは完全に定着しているようです」


 なるほど。

 でもそれならごくごく身近な事ながら疑問があったりする。


「その割にはグラハムさんが、少なくとも第1曜日から第5曜日の間に週休を取っているところを見た事がないのですけれども」


「私の場合は普段は週休1日で、残りの分は貯めておいてまとめて休むという形にしています。

 イロン村からこちらへ異動する際にまとめて休んだのですが、そろそろまた貯まってきたので、近々またまとめて休むつもりです」


 なるほど、そういう使い方もありな訳だ。

 日本でやったら仕事の引き継ぎとか大変そうな気もするけれど、きっとヒラリアではそれに対応した職務分担になっているのだろう。


 私の職場も本来はミナさんだけでなくもう1人主任がいる筈だし。

 長期休暇中と聞いているけれど、きっとグラハムさんと同じような休み方をしているという事なのだろう。


「そろそろ時間ですね」


 時計を見ると確かに午後4時だ。


「ところで来週も同じ曜日、同じ時間、今度は私がお店を探すという事で宜しいでしょうか」


 ほんの少しだけ考えて、頭を下げる。


「ええ、よろしくお願いします」


 短い話し合いだけれど私にとっては色々気付かされる事が多い。

 そういう意味で有用な機会だと思うのだ。

 職場の他の人に見つからなければ問題もなさそうだし。


「こちらこそ。本日はご馳走様でした」


 グラハムさんもこちらに軽く頭を下げた。


 

 

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