第35話 料理を作らない理由

 また少し難しい質問が出てきた。


 確かにコンサートや芝居等、この世界のイベントと似たようなものも日本にはあった。

 しかし娯楽の主流ではないと思う。


 娯楽の主流といえばやっぱりネットだろう。

 私が貧乏で他に出来なかったから、だけではなく一般的にも。

 なお私の場合は学校で配られた授業用端末でネットをしていた。

 これなら私自身がお金を払う必要が無くて済むから。


 考えがそれてしまった。

 娯楽についてだった。


 娯楽の主流がネットというのは問題無いだろう。

 少なくとも私の世代はそうだったと思う。


 ただネットというものをどうやって説明しようか。

 少し考えてから、口に出す。


「向こうにもこの世界のイベントとほぼ同じものはあります。ですが娯楽の中心という程の一般的なものではなく、そういった趣味の人だけが行くという程度です。

 また本や新聞のようなものもあります。

 ですが最も一般的になっているのはネット閲覧だと思います。こちらの世界には存在しないので少し説明が難しいのですが……」


 文章や画像、動画、音楽を保存して好きな時に見る事が出来る。

 そういったコンテンツはプロがいる組織でも個人でも作ることが出来る。

 そんな知識魔法との類似点と違いを意識しながら何とか説明する。


「なるほど。色々な人や組織が登録した、記録や日記、はたまたイベントと同じようなものまでが保存されている知識魔法みたいなものがあって、それを見るという娯楽があるのですね」


 良かった、何とか理解して貰えたようだ。


「しかしそれではその、ネットというもので全ての娯楽が代替されてしまいませんでしょうか」


「そうなりつつある物もあります。ですがネット経由での視聴で得られないもの、例えばネット経由ではない生の視聴による臨場感、専門の劇場でならではの音や迫力、ネットには流れていない独自の内容等で、それぞれ客を取り込もうとしているようです」


 こんな感じでいいのだろうか。

 何せ日本では一介の中学生だったから、そう高い見識なんて無い。

 

「独自の内容ですか。それは娯楽に限らず全ての基本かもしれませんね」


 そこで料理が出て来た。

 小エビとキノコのアヒージョ、ダンパーパン、ヤット&デールサラダだ。

 

 なるほど、同じ名前の料理でもこことワルトナイヨではやはり違う。


 小エビとキノコのアヒージョは、エビがワルトナイヨのものより少し大きめで数も多い。

 キノコはクロショロと呼ばれている丸っこいのが半球状に切られた状態。

 油も多分、違う気がする。

 食べてみないとわからないけれど。


 ヤット&デールサラダは具が刻まれているのではなく、スライスされた状態で並んでいる形。

 ソースも別皿で、好きな具を取ってソースをかけて食べる形式だ。


「同じ料理でもお店によってやっぱり違うんですね」


「そうですね。そういえば昼食の時、ワルトナイヨへ食べに行かれた話をしていましたね」


 そういえばと思い出す。


「ええ。ワルトナイヨでも似たようなものを頼んだんです」


「たしかに結構違う事がありますね。調理方法の基本は同じでも味への工夫とかコスト転嫁の都合とか。高いお店で高い材料を使っている方が美味しい、とは限らないのもまた面白かったりします。

 例えば油、料理によっては安いデルパクス油の方が高いアルカル油より美味しい事が多いですから」


 アルカル油とはアルカルという木の実から取る油。

 使うとほんのり森のような香りがする。

 食用油としてサラダ等に用いる事が多いようだけれど、動物性のデルパクス油が半額以下で買えるので、一般にはそちらの方が使われているようだ。


 うちでの料理には主に和樹さんが仕留めたイルケウスやダルサラスの油を使っている。

 だから自宅料理用の油は買った事が無い。


 ただちひさんが美味しいさつま揚げの研究として、市販の各種食用油を購入して試してみた事がある。

 結果はちひさんによるとこんな感じ。


『うーん、美味しいのはダルサラスの油なんですけれどねえ。コクがあってそれでいてくどさはなくて、香りも悪くない。


 でも安定して手に入って、かつ値段も考えるとデルパクス油が正解ですね。ダルサラスの油なんて市販していませんからね。


 市販品で高級なのはアルカル油なんですけれど、どうしてもひと味足りない感じが出てしまうんですよ。香りは悪くないのですけれどね』


 なおデルパクス油もダルサラス油もイルケウス油も動物油だけれど、普通に日常生活で使っている分には固まるなんて事はない。

 変温動物だから低温でも大丈夫なのだろうか。


「ご自分でも調理される事があるのでしょうか?」


 話の接ぎ穂として聞いてみる。


「いえ、残念ながらそちら方面の才能は無いようです。それに正直、あまりやった事がなかったりします。調理したり材料を揃えたりする手間を考えると、ついお店で食べるかテイクアウトを買って帰るかしてしまうので」


「1人暮らしならその方がいいでしょうね。私の友人も皆そうやっているようですから」


 そう言っておいてふと思う。

 ひょっとして家で料理を作って食べるというのは少数派なのだろうかと。


 知識魔法で確認してみる。


『食事は外食かテイクアウトが一般的である。戸籍構成人数が少ない場合、及び収入的に余裕のある場合ほど家で料理しない割合が高い』


 なるほど。


「今、知識魔法で確認してみたのですけれど、家で料理を作るというのは少数派なんですね」


「確かに今のヒラリアではそうですね。ただそれがいい事か悪いことかはまた別の問題です。

 中には家で料理しないのが中産階層以上の証だと思っている方もいます。ですがそういう方は概ね、そういった生活を以前出来ない時代があったからこそ、そう感じるのかと」


「なるほど、そういう見方をする人もいるんですね」


 そこまでとは気づかなかった。


「家で調理しないのは余裕では無く、むしろ余裕の無さ故だろうと個人的には思っています。


 働いているから食事の為に材料を揃えたり調理をしたりという時間や労力の余裕が無い。そうする時間と手間の分を休息にあてたい。


 そんなところから外食やテイクアウトが主流になったのではないだろうかと私は思います」

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