第34話 グラハムさんの余暇

「お店を教わった友達というのは、いつも昼食でご一緒されている方ですか?」

 

「ええ。まだ知り合いがほとんどいないので」


 グラハムさんは割と鋭い方だ。

 下手な嘘は言わない方がいい。


「確かに公設市場の、それも会計採用の人なら安心ですね。標準以上の環境で育って学校でも優等生、常識も良識もこのヒラリア的にみてそう間違いない人ばかりですから」


 リアさん達はそういう位置づけなのか。

 その辺り今ひとつ感覚的にわからない。

 それに今の言葉、何か微妙に違うニュアンスを感じる。


 どういう意味か聞いてみようか。

 そう一瞬思ったがやめておく。

 グラハムさんとの関係はそこまで深い訳じゃないから、多分。


「今度行くお店は名前と場所を教えて貰ったんでしょうか? 良く行くお店という感じで」


 この質問なら簡単に答えられる。


「お店の種類はパーラーかブラッスリーで、場所としてはフラムレイン。そういう形で教えてもらったので、あとは知識魔法で確認して、実際に行って確認してみました」


「お一人で?」


「家族とです」


「なるほど、ミアさんらしいですね」


 それは店の選択が、という意味だろうか。

 家族で確認したというところだろうか。

 それとも他の意味があるのだろうか。


 公設市場からアスクライテまではそう遠くない。

 役所を過ぎたら旧街道を左、山側に曲がってすぐだ。


「それでは何を注文して来ましょうか」


「一緒に行きましょうか」


「いえ、飲み物くらいなら大丈夫ですから」


 そう言わないと一緒に行って支払われてしまう可能性がある。

 この前の和樹さんで学習済みだ。


「わかりました。それでは小エビとキノコのアヒージョ、ダンパーパン、飲み物はパインサイダーで御願いします」


 これもうちのエビなのかな。

 それを知っていて話のネタに頼んだのかな。

 そう思いつつ頷く。


「わかりました」


 アヒージョをグラハムさんが注文するなら、私はヤット&デールサラダで行こう。

 野菜だけで無く肉もたっぷり入っているだろうし。

 飲み物はキーンヌカサイダーでいいだろう。


 この前と同じように注文して今度は自分で支払い、お盆2つを重ね、上にドリンクを載せて戻る。

 グラハムさんの前と私の前にそれぞれお盆と飲み物を置いて無事着席。


 そうだ、ここで一言、言うことがあったのだった。


「そういえば前回は済みませんでした。乾杯に気づかなくて」


「いえ、場所によって習慣は違いますから仕方ないですよ」


 さらっとそう流すあたりスマートだなと思う。

 今考えると私が乾杯に気づかない時の流し方も。


 和樹さんの場合だとどういう感じになるのだろう。

 こういう面でのスマートさは無い気がする。

 むしろちひさんの方が上手そうだな、こういう面では。


「それでは新しい夜に、乾杯」


 この『新しい夜に』というのは乾杯の定型句だ。

 知識魔法でこの辺りのマナーというか常識については確認した。

 前に乾杯を知らなかったので念には念を入れて。


 そうだ、グラハムさんに聞いてみようと思った事があったのだった。

 思い出したので聞いてみる。


「この前友人に休日の過ごし方を聞かれて、コンサート等やイベント、好きな音楽ジャンル等の話をしたんです。ただそういったものは全く分からないのですけれど、何かお勧めはありますでしょうか?」


「情報紙は何かご覧になりましたか?」


 なるほど、やはり情報紙を読む事は一般的な訳か。


「ええ。友人が読み終わったというエルミナレルを貰って読んでみました」


「なるほど」


 グラハムさんは頷く。


「ならどんなイベントがあるのか、一通りはご存知ですね。

 実は私、ああいったイベントは得意ではないのです。相手に時間と速度を合わせて鑑賞する、それが苦手でして。


 ですので私はイベント類に関してはよく知らないのです。申し訳ないですが参考になるような事は言えません」


 自分のリズムで楽しめないものは苦手、か。

 何かグラハムさんらしい理由だなと思う。


「それでしたら休日はどのようにお過ごしなのでしょうか。散歩が趣味と以前伺いましたけれど」


「散歩の他ですと、ありきたりですが読書でしょうか。あとは時間があれば情報紙をまとめて買ってきて読むなんてのもやります。


 ヘラス版があるテイーリアやエルミナレルの他、全国紙のラムザックやポトシントン。更には週遅れになりますが他の都市版の情報紙なんかも読むとなかなか面白いです」


「確かにそれは面白そうですね」


 お世辞ではなく本音だ。

 音楽等のイベントよりむしろ興味が持てる。

 だからついでに聞いてみよう。


「そういった情報紙は何処で購入できるのでしょうか?」


「ヘラスですと役所の東側、街道沿いに専門店があります。外からは本屋に見えますけれど、扱っているのは情報紙が中心です。こちらでしたら普通の本屋よりも多くの種類を扱っています」


 なるほど、いい事を聞いた。

 何なら帰りに寄ってみてもいいかなと思う。

 

「おすすめの情報紙ってありますか?」


「まずは全国紙のラムザックとポトシントンですね。この2紙が全国紙の標準です。ラムザックはどちらかというと既存体制側、ポトシントンがどちらかというと改革派寄りのスタンスですが、どちらも全国で起きた出来事をバランスよく掲載しています。


 あとは公設市場のバイヤーやセラーとして面白いのがヒラリア流通新報です。何処でどんな新商品が出たとか、どのような商品の売上げが伸びているとか」


 そこまで言って、そしてグラハムさんは何かに気づいたという感じで一度言葉を切る。

 1~2秒ほどの間の後。


「そういえばミアさんは以前いた世界ではどのように余暇を過ごされていたのでしょうか? やはりそちらでもコンサート等のイベントが主だったのでしょうか?」

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