第23話 夕食の前に

 幸いな事にグラハムさんの前ではブラッスリーの話は出なかった。

 出たならばまた店を探さなければと思ったので助かった。

 どうやら3人なりに気を遣ってくれている模様だ。


 その代わり。

「それではお先に失礼します」

 食べ終わったグラハムさんが去った後から話題が再開したけれど。


 そして。

「もし、ミアがこの辺のお店事情がわからないなら、私達とちょっと回ろうか」

 話がそんな流れになってきた。


「そんな、申し訳ないです」


「私は構わないかなあ。どうせ夕食もお店で食べるか買って食べるかだしさあ」


「私も、というか1人分だと作るより買った方が安上がりだし」


「そうそう、まあ作れるかと言われると努力しますとしか答えられないけれどね」


 ちょっと考える。

 友達と食べて帰る事を反対される事はないだろう。

 むしろちひさん辺りには後押しされそうだ。


 それに私と同じくらいの年代の同性の目から見た話を聞くのも悪くないかもしれない。

 3人とも今ひとつ考え方が良くわからないけれど、少なくとも悪い人じゃないし。


「もし良ければ御願いしてもいいですか。ただ時間その他でご迷惑にならなければ、ですけれど」


「なら早速だけれど今日の4時過ぎ、ここの建物前で待ち合わせでいい?」


「私は大丈夫です」


「私も」


 少しだけ考える。

 家の本日分の夕食はアイテムボックスに入っているストックを出しておけば大丈夫。


 今日は家にちひさんもいる。

 だから心配はいらない。

 4時なら一度帰って夕食の御願いをしても充分間に合う。


「御願いします」


「それじゃ今日は基本中の基本という事でワルトナイヨにしよう。席をキープした後、自分の分とお勧めをそれぞれ自分で注文しにいく形で」


 なるほど、そういう注文方法もある訳か。

 確かにそれはそれで合理的だ。

 ならワルトナイヨについて、メニューとおすすめを後で調べておこう。


 ◇◇◇


「行ってらっしゃい。ゆっくり楽しんできて」


「気をつけてな」


「行ってらっしゃい!」


 午後3時50分、3人に送られて家を出る。

 なお家の方も、今日はお店を探して食べに行く予定。


「私も行きたい!」

 そう結愛が主張したから。


 結愛は最近、時々我が儘を言うようになった。

 でも和樹さんやちひさんに言わせればこれは『悪い事ではない』そうだ。


「このくらいのは我が儘じゃなくて、自分の意見のうちかな。駄目な時は理由を言えば納得するしさ」


「そうそう。だから心配はいらないと思いますよ」


 確かに結愛は同年代の子と比べたら聞き分けが良すぎたかもしれない。

 つまり今まで私は結愛に我慢させていたのだろう。


 ただ言い訳をするなら、私にも余裕がなかった。

 日々を何とかする事にせいいっぱいで。


 あの頃とは随分変わったなと思う。

 時々今の生活は全部夢なんじゃないかと思う事がある。

 何もかも良すぎて不安になる。


 目が覚めたら元の日本の、あの暗いアパートの一室だった。

 そんな悪夢を何度も見た。

 飛び起きて周囲を見回して、夢だったと気づいて安心するのだけれども。


 いや、大丈夫、ここはヒラリアだ。

 和樹さんもいるし、ちひさんもいる。

 私はお邪魔虫かもしれないけれど。


 建物の入口が見えるところへ到着。

 まだ鐘が鳴っていないから4時前だろう。

 

 こういう時に腕時計があればいいのになと思う。

 腕時計はヒラリアにもあるけれど、いかんせんお値段が高い。

 飾り気のないごついものでも小金貨1枚10万円以上する。


 ゼンマイ式の、3日に1回はゼンマイをまく必要がある据置型目覚まし時計ですら正銀貨2枚2万円はするのだ。

 こういった機械ものはヒラリア、値段が高い。

 日本が安すぎたのかもしれないけれど。


 鐘が鳴り始めた。

 仕事を片付けて、挨拶して、出てくるのに5分くらいかな。

 出来るだけ目立たない、邪魔にならないようなところで待つ。


 おっと、思ったより早く出てきた。

 3人とも一緒だ。

 慌てて走り寄る。


「すみません」


「もう、ミアさん、そんな走らなくていいからさあ」


 レアさんにそう言われてしまった。


「さて、それじゃ夕食を食べに行くけれど、まだ少しだけ早いから寄り道していこうと思うんだ。で、ミアさん、ケーラアーケードって行った事、ある?」


 聞いた事がない名前だ。


「いえ、無いです」


 アーケードというからには商店街なのだろう。

 ただ私の行動範囲にはない名前だ。


「ならまずはケーラアーケードで時間を少し潰してから行こうか。まっすぐ夕食に行ったらちょっと早すぎるしね」


 どんな所だろう。

 知識魔法で確認する。


『ケーラアーケード:ヘラス市スニークダウン地区にある小規模な商店街。女性向け服飾類が中心』


 スニークダウン地区というのは何処だろう。

 知識魔法を使用すると頭の中にヘラス全体の地図が出てきた。


 どうやら公設市場西側の橋を渡ってわりとすぐの場所らしい。

 うちの家からも300m程度だ。

 そんな場所に商店街があったかなと思う。


 もっとも私は必要以外の場所にはほとんど行かない。

 ヘラスでも知っているのは公設市場、役所、そしてパン屋やパフェの店のあるあたり位。


 ちひさんなら知っているかもしれないなと思う。

 あの人は割とふらふら興味本位で歩くようだから。


「どんな場所なんですか?」


「最近出来た商店街で、私達向けの服とかアクセサリなんかを売る店が集まっている所だよ」


「結構いいデザインのものが多いけれど、案外安いの」


 日本の原宿みたいな感じの場所なのだろうか。

 行った事はないけれども。

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