第4章 ヒラリアの飲食店

第17話 この国の料理

「それはオースの歴史ではわからないとされています」


 グラハムさんの台詞に、どういう事だと思う。


「この国というか、オースには幾つかわからない、無理に考えるべきでないとされている事があります。


 たとえば『地球』と呼ばれる星から移民を呼び寄せる魔法。あれは現在のオースには存在しない魔法です。各国で研究されていますが、現在のところ原理すらもわかりません。


 人間以外の動植物もそうです。近年の研究で人間とそれ以外の動物、植物等は遺伝情報等の形態が明らかに異なる事がわかっています。まるで人間だけがオースと関係ない生き物であるかのように。


 つまりオースにいる人間は、もとを辿れば全て地球からの移民なのでしょう。ではどんな存在が何の為にそうしたのでしょうか」


 そこでグラハムさんは一度言葉を切り、わざとらしく私の方を見る。


「この疑問を解決する答えは幾つかあります。ですがその答えのどれであっても、『オースに現在いる人間以上の知識を持つ何者か』の存在が必要です。


 ですからそこをわからない、無理に考るべきでないという事が正解となります。少なくともここで神という粗雑な概念を持ち込むよりは。神への信仰という名目で、証明されていない事まで盲目的に信じるよりは」


 難しい言い回しだ。

 咄嗟に知識魔法で『オースの宗教』を調べる。


 なるほど、グラハムさんが言っている『神』という概念という意味が理解出来た。

 ある国家で国教となっている『ツァース教』だ。


 この宗教は『慈悲深い最高神ツァースが悪しき世界から人を救い出し、オースへ導いた』としている。

 その為ツァース神に絶対服従を誓い、生活の全てを捧げる必要があるというのが教義だ。


 まさに『神への信仰という名目で、証明されていない事まで盲目的に信じる』だな。

 ただここで具体的宗教名は出さない方がきっといい。

 信徒が近くにいるかもしれないから、気を悪くしないように。


「わからない事を無理矢理想像で埋めるよりは、わからないと認める事の方が正しい。そういう事でしょうか」


「その通りです」


 なるほど、完全にではないけれど理解した。


「さて、どれか料理が出来たようですね」


 確かにカウンターの辺りの人が動いているのが魔力でわかる。

 いまのところ私達が一番後に注文を入れている。

 そして他の客はもう料理が揃っている模様。


 となると多分、私達の頼んだ料理だろう。

 料理は持ってくるとグラハムさんが言っていたので、とりあえずこっちは待てばいい筈。


「グラハムさんはどんな料理を頼まれたのですか?」


「ミアさんがある意味定番を頼まれたので、私も定番という事でミートパイです。なんなら両方ともシェアしましょうか。その方が楽しいですから」


 それって家族以外でもやってもいいのだろうか。

 分からないときは知識魔法で確認。

 仲間内でシェアするのは問題無いようだ。

 テーブル上に何枚か積み重ねて置いてある皿はその為のものらしい。


 仲間内、とグラハムさんをとらえていいのだろうか。

 そう思ったが、味をみてみたいという思いに負けた。

 この世界の料理をあまり知らないし。


「御願いします」


 そう言ってしまう。


「わかりました」


 お店の人が料理を持ってきた。

 どうやら両方とも出来たようだ。

 テーブルに2つの皿が置かれる。


  フィッシュ&チップスの方は長さ20cm幅4cmくらいのフライが2つ。

 蔓芋テジャネで作られた小判型のハッシュドポテト風のフライが4つ。

 更に緑色の細めのアスパラのようなものが6本、これは知識魔法によるとサツテソクというシダ系統の植物の若芽を湯がいたもの。

 おちょこ風の入れ物2つにタルタルソース風のソースとケチャップ風のソースがそれぞれ入っている。


「それではこちらをわけましょう」


 全て偶数個数あるのでわけるのは簡単だ。

 ソース以外は全て半分、小皿に取り分けてグラハムさんの方へ。


「こちらをどうぞ」

 

 グラハムさんもパイを半分に割って小皿に入れてくれた。

 中には煮込んで茶色くなった肉がぎっしり入っている。

 肉は親指の第一関節位までの大きさの角切りだ。

 うん、美味しそう。


「それではいただきましょうか」


「ええ」


 まずは……気になったのはミートパイの方。

 日本にあったのとほぼ同じフォークとナイフで切り分けて食べて見る。


 一口食べてちょっと予想外。

 すき焼き系の甘辛ではなく、ビーフシチューっぽい味で、ちょっと苦みも感じる。

 ただ味そのものは美味しい。


「美味しいですね、これは」


 そう言いながらレシピを知識魔法で調べる。

 なるほど、グノトム酒ビールで煮るとこういう味になるのか。

 家でもいつか作ってみよう。


「ミートパイは定番ですが、お店によって味が違うので面白いですよ」


「食べ歩く楽しみが増えました」 


 一方フィッシュ&チップスの方はどうだろう。 

 フライをタルタルソース風のソースで食べてみる。

 うん、これはタルタルソースそのものだ。

 フライの魚はスコンバだな、これはちひさんのおかげで魚を食べ慣れているからわかる。


「ここはいい魚を使っていますね。たまに崩れやすくてパサパサな魚のところがありますから」


「きっとシプリンですね、その魚は。あれはよく捕れるのですけれど、味が今ひとつなのです」


「そういえば魚製品はミアさんの家で扱ってましたね。主にチヒロさんが作っているようですけれど」


「ええ。今頃は週末に捕った魚を加工していると思います」


 でも、そろそろ結愛が帰る頃だから作業も終わっているかな。

 それともちひさん、何か試作品を作っているだろうか。

 

「ところで向こうではカズキさんやチヒロさんはどんな仕事をされていたんですか? ミアさんが学校に通っていたなら、最低でもお二人のどちらかが御仕事をしていたと思うのですが?」


 グラハムさんは日本でも私や結愛と和樹さん、ちひさんが家族だったと思っているようだ。

 確かに今の状況を見るとそう思うのが自然だろうなと思う。

 日本でなら年齢差的に家族というには少しおかしいが、ヒラリアでなら不自然ではないし。


 どうしようかな、少しだけ考える。

 ただ嘘の設定を考えるのは面倒だ。

 それにグラハムさん、それなりに頭の回転も良さそう。

 下手な嘘はいずればれてしまうだろう。

 

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