第16話 知らない慣習

 学校がある区画より更に先、古くて大きな家が並ぶ落ち着いた街の中にその店はあった。

 外見はこの辺に良くある石作りで、普通の住宅より少しだけ大きいかな程度。

 木製の簡素な看板と普通の家より大きめで開きっぱなしの扉で飲食店とわかる程度だ。


「こちらの店でいいですか?」


 グラハムさんがそう聞いてきたので念の為に知識魔法で確認。


『店名:ヘイゼラール 種類:酒場・食堂(ブラッスリー) 平均客単価小銀貨3~5枚3,000円~5,000円 主な料理:フィッシュ&チップス、ミートパイ、サイコロステーキ等 主なドリンク:グノトム酒ビール、発泡カクテル、ウイスキー、他酒類各種、ソフトドリンクはパインサイダー、キーンヌカサイダー等 営業歴:20年3ヶ月』


 問題はなさそうだ。

 これくらいなら私の小遣いでも何とかなる。


 何せ普段は小遣いなんてほとんど使わない。

 一度はいらないと言った。

 しかしちひさんに『万が一の付き合いに必要だし、何か欲しい物に突然出会うかもしれないでしょ』と持たされている。


「ええ」


「では行きましょうか」


 

 飲食店に入った経験はほとんど無い。

 結愛が好きなパフェの店くらいだ。

 だから店の中を見てもウッディでおしゃれな雰囲気、だけれど少し照明が暗いかな、程度しかわからない。


 パフェの店と違って店員の案内は特にない模様。

 慣れた感じで中へ入っていくグラハムさんについていき、窓際の席へ。


「それでは飲み物と簡単な食事を注文してきますが、何にしましょうか?」


 注文をしてくる?

 再び知識魔法に頼る。


『こういった店の場合、注文はカウンターに行って、現金引き換えで行う事が普通。メニューはカウンターのみにあるのでテーブルでは知識魔法で確認する事』


 何やら文化の違いが結構ありそうだ。

 取り急ぎ、飲み物メニューを確認してお願いすることにしようか。

 いや、そもそも不慣れだという事を言っておくべきだろう。

 

「実はあまりこういった飲食店に来た事がないのでよく知らないのです。飲み物はアルコールが得意ではないのでパインサイダーで、食べ物はフィッシュ&チップスで問題ないでしょうか?」


 どちらもさっとメニューを知識魔法で調べて出てきた無難そうなものだ。


「わかりました。それでは注文してきます」


 グラハムさんが立ち上がったところで知識魔法を起動。

 代金支払いの作法をまず確認。


『店で食事会や飲み会等の場合、支払いは1名が全額持つのが普通。次の支払機会には別の者が支払い、全体として支払機会が公平になるようにする。このような支払慣習を通称ラウンドと呼ぶ』


 割り勘ではないようだ。

 とするといきなり失礼な事をしてしまっただろうか。


『最初の支払いは誘った者が行うのが普通』


 とりあえず問題はないようだ。

 しかし後でお礼を言っておこう。


 とりあえず次の注文に備えてグラハムさんの位置と行動を確認。

 グラハムさんは、

  ① カウンターへ行き、メニューを確認

  ② カウンター内の店員に注文

  ③ 店員がさっと書いた伝票を見て、料金を支払い

  ④ おつりを受け取った後、ドリンク2つが入ったお盆を受け取って

こちらに戻ってくる。


 つまりはファストフード店みたいな感じでいいようだ。

 ならば片付けはどうなのだろう。

 知識魔法で確認。


『食べ終わったお皿やカトラリー類はそのままでいい。店員が回収』


 なるほど、概ね理解した。


 とりあえず戻ってきたグラハムさんを出迎える。


「ありがとうございます」


「料理は出来たら持ってくるそうです。それではいただきましょうか」


「ええ」


 頂きますとかを言う習慣は無いようだ、知識魔法によれば。

 さて、パインサイダーとはどんな物だろう。

 メニューの先頭にあったから頼んでしまったけれども。


 見た目は少し黄色味をおびたお茶っぽい色。

 炭酸らしい小さな泡がグラスにたくさんついている。


 まずは一口。

 少しレモンに似た爽やかさのある、甘さ控えめの微炭酸飲料だ。

 結構美味しい。


「あまり外食はされないんですか」


「大体は家で作って食べています。開拓地で捕ったり試作で出たりする食材がありますから。結愛のご褒美として軽食店で甘い物を食べる位です」


「此処へ来る前の国でもそうだったのでしょうか?」


「此処へ来る前もそうですね。当時はまだ学校に通っていたのでそういう風に使う自分のお金もありませんでしたから」


 嘘は言っていない、とりあえずは。

 うちの家自体がとても行けるような状態ではなかったけれども。


「ミアさんの年齢で向こうでは学校に通っているのですか?」


「ええ。義務教育は9年ですが……」


 そこまで言いかけて1年の長さが違う事を思い出す。


「こちらの長さに直すと、義務教育は13年半ですね。小学校で9年、中学校で4年半。オースの年齢で9歳から通います。

 そして私がいた国ではほとんどの人がその後、高等学校に通います。これが4年半です。

 更に和樹さんやちひさんは大学まで通いました。これが6年です」


「そんなに長い間、学校に通うのですか」


 長いよな確かに、そう思って理由を思い出す。


「向こうには魔法はありません。知識魔法もありません。それに国によって言葉が大きく違っていたりもします。ですのでおぼえなければならない事が多い訳です」


「言葉が違う。それってとんでもなく不合理で不便ではありませんか?」


 確かにこの世界で育った人から見るとそうだろう。


「ええ、不便です。ですが統一しようという動きはありません。共通の覚えやすい言語を広めようという試みもありましたが、どれもうまくいきませんでした」


 エスペラントなんて言語もあったなと思い出す。

 知っているのは名前だけだけれども。


「何故でしょうか。どう考えても不便ですし合理的ではないと思うのですが」


 何故だろう。

 真剣に考えると答えはかなり難しい。


「専門ではないので正しいかどうかはわかりませんけれど……」


 そう前置きをして、そして更に考えて、何とか文章にする。


「どの言語もその国の風土、風習、習慣、思考法、歴史といった独自の文化を内包しています。ですのでその国で使用するには最も適したものとなっていると思うのです。


 この場合の使用とは意思の伝達だけではなく、思考、それも抽象的な思考も含みます。


 ですのでただ便利かそうでないかだけで言語を統一するのは正しいかどうか、疑問に思います。


 それにもし統一するとすればどの言語にするかで議論が起こるでしょう。使用者が多い言語が優れているとは限りません。そもそも優れた言語とは何かという事すら、誰もが納得する基準を作ることが出来ないでしょう」


 うーん、まとまりのない説明になってしまった。

 これでグラハムさん、わかってくれるだろうか。


「なるほど。それぞれの言語が独自文化を背負っているが故に統一する事は難しいし妥当では無い。そういう事ですね」


 何と言うか流石だ、グラハムさん。

 きれいに一言でまとめてしまった。

 ただそうなると、私も疑問に思う事がある。


「逆にオースはどうして言葉が統一できたのでしょうか? 私としてはその方が疑問に思えます」



※ パインサイダー 日本で言うところの『松葉サイダー』に類するもの。砂糖水に松の新芽を漬け、松葉についた自然の酵母で発酵させると3日間くらいで微炭酸飲料が出来上がる。この店で出しているものは更に酢やその他の香料を加えて飲みやすくしたもの。

 なおこれを更に熟成した松葉酒というものもヒラリアには存在する。

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