第11話 昔の家へ
ヘラスからちひさんの海岸まで船で1時間くらい。
ただクルージングは気持ちいいので退屈だと感じない。
和樹さんが魔法を複雑に使って揺れが少なくなるように船を動かしているし。
船を動かす魔法はちひさんと和樹さんでそれぞれ違う。
ちひさんの魔法の方が揺れないけれど海流に弱く、また魔力を多く必要とするそうだ。
ただ和樹さんの魔法でもそれほど揺れる訳では無い。
外海だろうと運河だろうと変わらない程度だ。
船の操縦に限らず2人が使う魔法は他の人とかなり違う。
船を動かすのも普通はもっと揺れるものらしい。
あの特殊なアイテムボックス魔法と同じで、移住者では2人くらいしか知らない共通の何かがあるのだろう。
そういう意味ではやはり2人は似合っているのだろうと思う。
しかしそう思うと痛みに似た何かを感じてしまう。
これはきっと私が和樹さんの事を諦め切れていないから。
和樹さんとちひさんがどれだけお似合いか分かっているのに。
大きな岬を越えてぐるっと左側に曲がり、そして船は更に速度を増す。
まっすぐ進むと前の家があるあの海岸だけれど、船は少し右側へ寄る。
そのまま小さい岬を過ぎると速度を落としてゆっくり左旋回。
そうして入った小さな入り江の内側全域がちひさんの海岸だ。
ちひさんが手を振っている前に船をつける。
降りるときに足が少々濡れるけれど構わない。
どうせ作業で足は濡れるし服も汚れるのだ。
だから問題無い。
ここの海岸は前の家がある海岸と違って少し砂の質が泥っぽい。
しかしその分魚が多いようだ。
そして網のある場所からは魚の気配を大量に感じる。
「お疲れ様。それじゃ海側、簀立てから捕っていくよ」
「捕る!」
定置網を仕掛けてあるのは3箇所。
海の中、干潟の浅い部分が1箇所、川に入った部分に2箇所。
どれも潮の干満によって魚が狭く囲まれた場所に集まる仕組みだ。
川の方は集まった場所の底まで網が仕掛けてあり、引っ張って行けば網の目より大きな魚は全部捕れる仕組み。
一方、海の中にある簀立てと呼ばれている方は、リビングくらいの広さの中に集まっている魚をたも網で掬って捕る。
だから私も結愛も和樹さんもバケツとたも網をアイテムボックスから出す。
ちひさんは現場のすぐ近くに上蓋が開いた樽を置いて、中に魔法で海水を入れた。
更に中に入れた海水をシャーベット状にすれば準備完了。
この中に捕った魚を入れていく。
「それじゃ開始!」
最初に結愛が中へと突っ込んでいった。
ガンガン網を振り回すが水中の魚は動きが速い。
だからなかなか掴まらない。
捕まえるには自分の身体で網の壁部分に魚を追いやり、たも網を魚が逃げる方向に置いて、魚が入った瞬間に引き上げるのが一番いい。
それでも掴まらない魚は最後に周囲を魔法で冷却し、動きがにぶったところを捕らえる。
しかし結愛は魚を追いかけて捕るのが好きだ。
効率は悪いのだがその方が楽しいらしい。
中に入っている魚は一応ちひさんが魔法で確認している。
歯が鋭くて危ない魚、毒がある魚は魔法で弾くそうだ。
なら全部魔法で捕まえれば本当は簡単だろう。
そうしないのはちひさん曰く『自分で捕った方が楽しいじゃないですか』という理由。
だから結愛の方法論、効率は悪いけれど間違っていない。
「捕った! 大きい」
見ると60㎝くらいありそうなレジペイドだ。
色が黄色から茶色で、全体的には細長く断面は丸い独特の形の美味しい魚だ。
レジペイドは魚の中では比較的動きが鈍い方。
しかしこの大きさだと捕るのは結構難しい。
「大きいな、確かに」
「まだまだ捕る!」
私もちまちまと魚を捕る。
多いのはサイパというナマズを小さくしたような魚。
長さは20㎝くらいが中心。
小さいけれど煮物やフライにするとなかなか美味しい
他にかまぼこにしてもいいそうだ。
だから小さくても逃さないよう確実に。
そんな私の近くを時々60㎝級が泳いでいる。
多分トリアキスというサメっぽい魚だ。
形はサメっぽいけれど、人にかみつく事は無いから問題無い。
20分くらい魚を追いかけ回し、全員のバケツがいっぱいになったところで終了。
全員一度離れた後に冷却魔法をかける。
更に動かなくなった魚を、魔法で水流を作ってちひさん専用の巨大なたも網に導いて根こそぎ採取。
「大きいのいる! トリアキス!」
「お刺身がいいかな、フライかな」
「フライ!」
「なら後で作って貰おうか」
「うん!」
追加料理が一品決定。
勿論すぐに作れるように準備はしてある。
此処へ来ると良くある事だから。
他に刺身、カルパッチョ風なんてのも作ろうかな。
美味しいのは間違いない。
全部取り終わったところで袋網部分をセットし直す。
此処で明日の朝の干潮時も捕る予定。
朝はまた違う魚が入っているから。
「大分日が短くなってきたな。あと30分くらいで暮れそうだ」
確かに和樹さんの言うとおりだなと思う。
先週の同じ頃はもう少し太陽が上だった気がするから。
「先輩と美愛ちゃんと結愛ちゃん、川の方を御願いします。私はここをセットしたら行くので」
「わかった!」
結愛が代表して返事をして、まっさきに川の方へと駆け出した。
結愛は本当に魚捕りが好きだな。
私も楽しいけれども。
そう思いながら和樹さんと2人で結愛の後を追う。
◇◇◇
作業を終え、3箇所とも網を設置しなおし、船で家のある海岸に戻ってきた時にはもう周囲は暗くなり始めていた。
「もう少ししたら定置網も全員で出来なくなりますね」
「だな」
今は暦の上では夏の終わり。
ただ1年を厳密に4分割すると、そろそろ秋と言ってもいい。
ヒラリアは1年が9ヶ月で、うち3ヶ月が夏とされている。
温暖だから気温的にはそれで正解。
しかし日没時刻は既に秋の始まりを感じさせる。
船を下りて、そして4人で家へ。
「さて、今週は補修しなくても大丈夫かな」
和樹さんがそう言いながら玄関扉を開ける。
「ただいま!」
結愛が家にそう呼びかけて、自分で灯火魔法を起動して真っ先に入っていった。
「それじゃ今日も大きい方の流しは借りるね。最初にあのトリアキスをさばくから、美愛ちゃんはその調理を御願い。
先輩は家の修理確認の後、お風呂を御願いします」
「ああ」
1週間ぶりのこの家だな、そう思って私は周囲を見回す。
土壁で窓も少なくヘラスの家よりも原始的だけれど、私はこの家が好きだ。
ここへ来ると何故か『帰ってきた』と感じる。
住んでいた期間そのものは短い筈なのに。
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