第2章 週末の日課

第9話 予想外の知人に

 御仕事の方は思った以上に順調だ。

 変な人も難し過ぎる仕事も無い。

 何と言うか、気持ちよく仕事が出来ている。


 今日最初に任されたのは販売分析の書類。

   ① 商品の売り上げ比率を

   ② ヘラスの公設市場、シルベルザ島サカスの公設市場を比較して

   ③ 傾向が同じか違うかを求める分析をする

という内容だ。


 ここで言う書類はいわゆる日本の書類と少し違う。

 勿論日本で言うところの『書類』もあるのだろうけれど、ここ会計担当における書類とは『計算手続き書』だ。

 つまり一緒に添えてある元データを、書類に書いてある方法で計算して、結果を求めてくれというもの。


 そんな訳で与えられた書類をまず確認。

 数式を目で追ってみて、これは和樹さんに教わったχ²検定という奴だなと気づいた。


 勿論書類には計算手順や式が書いてある。

 だから意味がわからなくても答えは出せる。

 しかしわかっていた方が何をしているか全体像から把握出来るから楽だ。


 ガシガシと表計算魔法を使って書類を作成。

 グラフを作って結論が出たところでミナさんに提出。


「これでいいでしょうか」


「えっ、もう出来たの?」


 驚かれた。何故だろう。

 ミナさんはそのまま最後まで読んでため息をついた。


「私、この分析の式って苦手なんですよ。これがどういう意味を持つのか今ひとつ感覚的にわからなくて。なるほど、こうやってグラフも描いて貰うとわかりやすいですね。独立していない、つまり同じ傾向があるという事で。

 ありがとう。それじゃ少し早いけれど休憩に入りましょうか。食堂に行きましょう」


「はい」


 ここは職場の机では御飯を食べない。

 理由は不明。

 そういう文化なのだろうと私は理解している。


 だから私のように家から昼食を持ってきていても、昼食時には社員食堂へ行く。

 食堂はカフェテリアっぽい形式の場所で、持ち込みだけで食事をしても大丈夫。


 食堂へ行ってみると結構混んでいた。

 昨日、やや遅めにここに来た時はそれほど混んでいなかったのになと思う。

 どうやら早めの時間の方が混んでいるようだ。


 とりあえずミナさんとやや空いていそうな左側奥の方へ。

 いくつかの満席テーブルを越えたところだった。


「あれ、ミアさんですよね。どうしてここに」


 知っている声がしたのでそちらを見る。

 グラハムさんだった。

 そうか、グラハムさんもここで昼食を食べるのだなと気づく。

 棟が違っても公設市場の職員だからあるいみ当然だ。


「昨日から会計でお世話になっているんです」


「何故またミアさんが。あ、まあどうぞ」


 ちょうど席2つ分空いていた。

 だから私は一応ミナさんに聞いてみる。


「ここでいいでしょうか」


「ええ。ところでミアさん、グラハム主任とお知り合いなんですか?」


 どうやらここでいいようだ。

 腰掛けつつ、そしてミナさんにどう答えようかと思ったところで。


「ミアさんは食品部の大口の取引相手です。でもミアさんのところだったら別にここに働きに出なくても問題はないですよね」


 グラハムさんに先にそう言われてしまった。

 どう返答しようか。

 少しだけ考えて、そして言葉にする。


「家に居るとヒラリアの事が何もわからないので。時間も余っていますし、なら働いてみようかなと思ったんです」


「それでいきなり公設市場ですか。何かミアさんの家らしいですね」


「すみません。ミアさんの家ってどういう家なのでしょうか」


 ミナさんから質問が出るのは当然かなと思う。

 しかし私はうまく答えられない。

 ヒラリア的にどう表現するべきかがわからないから。


「加工食品で独自商品を多種類出して貰っています。生産量の多いいくつかの商品は此処ヘラスだけでなくイロン村、ヘッセン、サカス、カーナリの公設市場からも取り寄せ依頼が来る程です。


 大人は3人だけであれだけの売り上げがある家はそうそう無いですね。これでヒラリアに移住してまだ1年経っていないというのですから。バイヤーとしては絶対手放せない相手先です」


「ひょっとしてグラハム主任がイロン村から追いかけてきた相手先というのは、ミアさんの家なのでしょうか」


 おっと、この辺は和樹さんが気にしていたところだ。

 そしてグラハムさんはミナさんに頷く。


「ええ。あ、でもミアさん、これはカズキさんには言わないで下さい。チヒロさんは知っていますけれど」


 口止めされてしまった。

 でもいいかと思う。

 グラハムさんは親切だし私としても相手として助かっている面が多いから。


「わかりました」


「本当にお知り合いなんですね」


「普段の納入はミアさんが主にやってくれています。ところでミアさんのお昼御飯のおかず、少し見慣れないものがありますね。試作品ですか」


 グラハムさん、目ざとい。

 ちひさんが試作品を大量につくるので、私の昼食にもそういったおかずが入っているのだ。

 今日の昼食に入っている試作品はチーズかまぼこ(改)、ノータス西京漬け、ふわふわはんぺんのチーズ挟みと肉巻き。


「ええ。でもまだ試作品で味が決まっていないものですから」


「よろしければ少し味見させていただいていいですか」


 ……何だかなあ。


 こんな感じで昼食休憩、グラハムさんに思い切り掴まってしまった。


 そして食堂から職場に戻る途中。

 ミナさんから私にこんな忠告が。


「グラハム主任とお知り合いという事は、あまり言わない方がいいと思います」


「どうしてでしょうか?」


 ミナさんが何故そう言うのかがわからないので、つい聞いてしまう。

 グラハムさんは別に悪い人では無い。

 さっきはバイヤー的好奇心のおかげでちょっと参ってしまったけれど。


「グラハム主任、特に若い女子職員の間でよく話題になる方ですから。あの若さで主任ですし、家はヘイムートの名家、そして何よりあの外見ですから。紹介してくれとか面倒な事になりかねないです」


 なるほど、言われてすぐ理解出来た。

 確かにグラハムさんはイケメンだ。

 狙いたくなる女性職員がいるのも理解出来る。


「わかりました。気をつけます」


 グラハムさんとはそういう知り合いでは無いし、こういった面倒事は近づかない方がいい。


 ただグラハムさん、人を見つけるのが異様に早い。

 毎朝の納入でその事はよく知っている。

 それに納入で話し合っているのを目撃されるとどうしようもない。


 大丈夫だろうか。 

 ちょっぴりお仕事に不安が芽生えてしまったのだった。

 まあ大した事はないのだろうけれど。


 ※ 数学が得意なおともだちへの御願い。独立性検定はχ²検定ではなくG検定を使った方が、と指摘しないで下さい。G検定は計算量が多すぎて、コンピュータが無いと辛いです。魔法を使っても……

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る