第8話 本日の夕食

「ただいま」


「おかえり」


 作業場の方から和樹さんの声がした。

 どうやら家にいるのは和樹さんだけの模様。


「ちひさんは?」

 

「買い物。第2市場へ行ってくるって」


 パン屋さんの方にある大きな民間市場だ。

 商店街形式でお店が並んでいて、公設市場と比べると扱っている品物の幅が大きい。


 ただ生活必需品は公設市場で買える。

 値段も品質も公設市場の方が間違いがない。

 だから私はパン以外は公設市場で購入している。


 ちひさん、第2市場へ行って何を買ってくるのだろう。

 そう思いつつ、とりあえずお風呂場の方へ。

 お風呂に入って着替えてこよう。

 作業場では微生物を扱っているから、その分慎重に。


 ◇◇◇


 お風呂を出て、魔法で髪を乾かした後は作業場へ。

 醤油を作った後なら醤油粕が出ている筈。

 これを使って漬物用醤油粕を作っておこうと思ったのだ。


 商品としての漬物はまだ1樽ずつの余裕がある。

 しかし漬物用の醤油麹が馴染むのも、その後漬物をつけ込むのにもそれなりの時間が必要。

 だからある程度余裕をもってやっておいた方がいい。


「和樹さん、入ります」


「どうぞ」


 扉を開けて作業場へ。

 並べてある樽を確認する。

 やはり醤油粕が出来ていた。

 今回は500ℓ樽2つ分。


「また漬物用に使っていいですか。あと、味噌も少し」


「勿論。漬物用の醤油粕を造るの?」


「ええ」


「なら少し余分に作ってくれないか、申し訳ないけれど。ちひがあの漬物用醤油粕を欲しがっていたからさ。ノータスを漬けてみたいとかで」


「わかりました」


 それなら1樽分多めに作ろう。

 余っても使い道は結構多いし。


 私は以前和樹さんが味噌等を造るのに使用していた125ℓの樽8個使っている。

 2個が市場に預ける用で4個が製品ストック用、残り2個が漬物用醤油粕を入れる用。


 しかしそういう要望があるなら漬物用醤油粕、3樽分作っておこう。

 ストック用が2樽空いているからちょうどいい。


 作業場隅に置いてある125ℓの樽3個を魔法で軽く水洗い。

 以前洗ってあるから埃落とし程度でいい。


 やはり魔法で乾燥させた後、アイテムボックスに一度入れて、すぐに出す。

 このアイテムボックス出し入れ作業は殺菌処理の代わりだ。


 次にこの七分目くらいまで醤油粕を専用スコップで入れる。

 これは何気に結構な力作業。

 勿論身体強化魔法を使う。


 こういう作業はアイテムボックス魔法を使えば楽。

 しかしそれでは微生物が死んでしまう。

 だからよいしょよいしょと手作業で。

 3つの樽の中へと醤油粕を移す。


 これが終わると次は味噌。

 ある程度他の材料も入れて寝かせたもので漬けた方が、醤油粕だけで漬けるより漬物が美味しく仕上がる。

 私のレシピは醤油粕7に対して味噌1、魚粉を1樽あたりカップ10杯。


 味噌用スコップで味噌を入れ、ちひさん謹製の魚粉を1樽あたりカップ10杯入れて材料投入完了。


 この魚粉はシプリンという魚を水にさらし、しっかり血抜きした後乾燥させ、更に香りが出る程度まで焼いて、その後粉末にしたもの。


 シプリンは普通に食べると美味しくない。

 しかしこの魚粉は料理のだしとしてなかなか有用。

 スープ等に混ぜると旨味とコクが出る。


 樽の中身を魔法で均一になるまでしっかりかき混ぜる。

 あとは3日くらいこの部屋で放置すれば漬物用醤油粕の完成だ。


 ヘイゴの芽や芯だけではなく、肉や魚を漬けてもいい。

 以前試しに漬けたデルパクスの胸肉は絶品だった。

 うちで作っている甘めの味噌がいい感じで味を引き出してくれるのだ。


 ある程度研究したら商品にしてもいいな。

 そう思う位に。


 私が作業している間も、和樹さんは醤油や味噌を造っている。


「今日は大量につくるんですか」


「ああ。どうせやるならまとめて作った方が楽だから」


 それが出来るのはアイテムボックス容量が人の数倍以上あるから。

 500ℓの巨大な樽でも20個以上ストックしておくことができる。


 地球の物理学理論を応用したもので、和樹さんの他にはちひさんしか使えない。

 教わってみたが残念ながら理解不能で、私には使えなかった。


「物理専攻の大学生でも理解困難だし、わからない方が普通だと思うよ」


 そうちひさんは言ってくれたけれども。


 さて、それでは家事に戻るとしようか。

 そろそろ結愛も帰ってくる時間だ。

 そう思って作業場から出て2階へ行きかけたところで。


「ただいま」

「ただいまー」


 玄関から結愛とちひさんが帰ってきた。


「あれ、一緒ですか?」


「うん」


「すぐそこで会ったんだよ」


 なるほど。


「それで、今日は私と結愛ちゃんで夕食を作るつもり。だから美愛ちゃんはのんびりしていて」


 えっ!?


「結愛とちひさんで作る!」


 どうやら本気らしい。

 いや、ちひさんは料理、それなりに上手だ。

 和樹さんは『味が薄い』と言っているけれど、実際は普通の味でも作れる。


 しかしちひさんと結愛だけで料理というのは珍しい。

 魚捕りでは良くみる組み合わせだけれども。 


「いいんでしょうか。何か御飯くらいはやらなくても」


「大丈夫。だから美愛ちゃんはのんびりしていて」


「わかりました」


 うーん、いいのだろうか。

 何か申し訳ない気がする。

 それに落ち着かない。


 ただ2人がやると言っているのだから、手伝うのも何だろう。


 他の家事も今日の分は終わってしまっている。

 洗濯物はちひさんが取り込んで畳んでおいてくれているし。

 

 仕方が無いから本でも読もうかと本棚を見てみる。

 うーん、手頃な本がない。

 そう言えば最近あまり本を読んでいないなと思う。

 以前は図書館で借りたりしていたのだけれども。


 とりあえず実用になりそうな本でも読もうかな。

 以前ちひさんが買って勉強した『独習・市場実用検定魔法』というのがあった。

 ちょうどいいので手に取って、ソファーに座って読んでみる。


 ◇◇◇


 なるほど。

 検定するにはまず分量を正確に把握する事が重要なのか。


 考えてみれば確かにそうだ。

 単位分量あたりの含有量なんて知るにはまず検体の分量を知る必要があるから。

 そこを正確に、重さの単位『6g』の小数点以下2桁まで求めるには……


「御飯出来たよ!」


 結愛の声でもうそんな時間かと気づく。

 窓の外を見ると暗くなっている。

 

 さて、2人でどんな御飯を作ったのだろう。

 そう思ってソファーから立ち上がってみると……


 何か妙に豪華だ。

 刺身、寿司、天ぷら、唐揚げとアイテム数が多い。

 何より目をひくのが中央に置かれた大きなケーキ。

 今日は誰かの誕生日ではないよな、そうとっさに考えてしまう位に。


「これって?」


「お姉ちゃん、御仕事おめでとう!」


 えっ?


「昨日は簡単にしかお祝いできなかったからね。だから結愛ちゃんや先輩とこっそり相談して、今日やろうって言っていたんだよ」


「一緒にケーキを買ってきた! 料理も相談して作った!」


 ……うーん。

 まさかお祝いまでして貰えるとは思っていなかった。

 そういう経験、今までまったく無かったから。


 あらためて意識する。

 これだから私はこの家を離れられないのだと。

 此処の皆が好きすぎて。

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