第1章 お仕事開始

第5話 アルバイトの面接

 周囲に注意をしつつ歩く事10分程度で公設市場事務棟に無事到着。

 念の為知識魔法でもう一度募集事項を確認した後、中へ入って受付窓口へ。


 受付に座っている優しそうなお姉さんに尋ねる。


「失礼します。公設市場で週3回勤務の職員を募集しているという事で、応募に来たのですが、こちらで宜しいでしょうか」


「ええ、そうです。ご案内しますからこちらへどうぞ」


 どうやらすぐに受け付けて貰えるらしい。

 資料と書類を貰って後日提出し、その後試験という日程だと思っていた。

 だから少しばかり緊張する。


 一応今の服装はヒラリアでの標準的な服装だ。

 日本的な言い方をすればブラウスとパンツ、ジャケットという感じ。

 ヒラリアは温暖なので素材はさらりとした麻に似たシダ繊維。

 色は生成りに近いベージュ色。


「いざという時に必要ですからね。このくらいは揃えておいた方がいいでしょ」

 

という事でちひさんと買い物に行った際、半ば強引に買わされた服だ。

 なおちひさんとお揃い。


 万が一という事を考え、一応これを着てきた。

 おかげで服装については気にしないで済む。

 私が着るとスーツというより学校の制服っぽくなってしまうけれど。


 なおちひさんが着ると『出来る女』っぽい感じになる。

 この差はやはりどうしようもない。


 彼女の後をついて、小さな面談室風の部屋へ。


「それでは担当者を呼んで参ります。ここで座って少々お待ち下さい」


 担当者か。

 前に嘘を言ってこちらが望んでいない物件を押しつけようとした、あのおばさんのような相手でなければいいな。

 此処も壁の上側が空いているから、同じ魔法は使えないだろうけれど。

 

 そんな事を考えていると、開きっぱなしの扉から壮年の男性が入ってきた。

 どうやら彼が担当者らしい。


「どうもはじめまして。私はヘラス公設市場の人事担当を務めるマーレイと言います」


 慌てて立ち上がり私も挨拶する。


「ミアと申します。本日は宜しくお願い致します」


 オース共通語には敬語は無い。

 だからぞんざいな話し方でも丁寧な話し方でも語句は同じ。

 しかし台詞はこれでいいか、どうしても不安になってしまう。

 知識魔法で問題無いと確認したけれども。


「どうぞおかけになって下さい。これから業務説明の他、簡単な試験もしますので」


 いきなり採用試験か。

 日本のバイトよりも早いなと思ってしまう。

 まあ今回もバイトのような感じの勤務態勢だけれども。

 週3回5時間ずつの勤務だし。


「さて、今回の勤務は計算を伴う書類作成が主になります。ですので資格審査があります。資格は義務教育学校卒業成績証明(優以上)または教育代行認定1級取得のどちらかとなっております。失礼ですが魔法で確認させていただいてもいいでしょうか」


「ええ。どうぞ御願いします」


 確か魔法では『資格を取った』という事実そのものを検索する筈だ。

 だからさっき取ったばかりの資格でも問題無い筈。

 そう思うのだけれど、やはり微妙に緊張する。


「はい、確認が取れました。教育代行認定1級の方でしたか。実は少々意外でした」


「どうしてでしょうか」


 壮年の男性ながら話しやすい雰囲気の人だ。

 だからつい聞いてしまった。

 勿論何故だろうと疑問に思ったというのが理由だけれども。


 ただ、就職の面談なのに聞いて良かったのだろうか。

 言った後に気づいてしまったと思うがもう遅い。


「あの資格をわざわざ取る方は街にはほとんどいないのですよ。

 そういった意識の高い方は概ね義務教育学校でそれなりの成績を取っています。ですからわざわざ試験を受ける必要はありません」


 知識魔法で確認する。

 なるほど、義務教育学校を優以上の成績で卒業して証明書を貰えば、教育代行認定1級と同じ効力がある訳か。


 ちなみに学校の成績評価は『優秀・優・良・可・不可』。

 優秀は学校で1~3名の、例外的な評価で、優が『義務教育学校における全ての学習内容を理解している』という評価。

 可までが卒業と見なされ、不可は留年か再試験、もしくは退学となるらしい。


「ですのであの資格を受験する必要があるのは、義務教育学校で良以下の成績であった方か、移民等で義務教育学校を卒業しなかった方です。


 ですがそういった方々は、よほどの必要に迫られなければあの資格を受けません。仮に受験して合格したとしても4~5級程度ですね。


 この国は常に労働者不足で何かしら求人がある。ですのでわざわざ勉強をする必要は無い。そう思っている方が多いのですよ」


 なるほど、勉強しなくても困ることは無い。

 だから勉強をする必要が無い。

 そういう考えの人が一定数いる訳か。


 わかる気がしないでもない。

 私は中学時代、あの生活を抜け出したかったし他にする事もないので結構真面目に勉強をした。

 しかしそうではない子の方が多かった気がする。


 それにこの世界は知識魔法で知りたいことを検索できるのだ。

『ネットで検索できるから、知識は必要ない』

 そんな事を堂々と言っている人が日本にもいた。

 知識魔法が使えるなら余計にそんな事を考える人も多いだろう。


「さて、ここの業務では計算に魔法を使用します。たとえばこういった図表がよく出てきます」


 出てきた表は品物が単価幾らで、幾つ売れて、売り上げがどれくらいという表だ。

 いくつかの品物を合計して売上合計を出すようになっている。 


「これは一番簡単な種類の表です。しかしこれだけでも手計算で行っていてはそれなりの時間がかかります。この場合、ミアさんならどのような魔法を作って解くでしょうか」


 見てすぐ思いつくのは表計算ソフトだ。

 中学の技術の授業で使い方を教わった。

 おそらくそれでいいのだろう。

 少し考えを整理して、そして口に出す。


「この場合に必要なのはかけ算の解答を瞬時に出す魔法と、この総合計を出すためにここから此処までの値を一気に計算する魔法だと思います」


 これでいいのだろうか。

 少し不安に思いつつも、できるだけその不安を見せないようにマーレイさんの方を見る。


 マーレイさんは大きく頷いた。


「ええ、この公設市場でもその方法を使用しています。ひょっとしてご存じだったでしょうか」


「いえ、移住する前の世界に似たような物がありましたから。魔法ではありませんけれども」


「ひょっとして表計算ソフトというものをご存じですか。使った事があるのでしょうか」


 表計算ソフトなんて名前が出てきた。

 つまりマーレイさんは地球に表計算ソフトというものがある事を知っている訳だ。


「ええ。残念ながら学校の授業で数回使った程度ですけれど」


「それなら話が早い。ならその表計算ソフトに近いものを既にオリジナル魔法化して使っていますか」


「それはまだやっていません」

 

「なるほど。それなら……」


 マーレイさんはそう言って、アイテムボックスから1枚の紙を取り出す。


「これはまさにその表計算と同じような方法で記述された表です。これで求めている数値は何を示しているか、わかりますでしょうか」


 式がどうなっているのかを目で追ってみる。

 まずは平均を出して、そこから各項目の値を引いて二乗して……

 なるほど、偏差値を求めるのと同じようなものだ、これは。

 偏差値という名前では無いけれど、教育代行認定試験の勉強でもやったデータの処理方法のひとつ。

   

「散らばり具合と、散らばった中でどれくらいの位置にいるかを示す数値でしょうか」


 マーレイさんは頷いた。


「合格です。それでは勤務についての説明と話し合いに移りましょう」


 もちろん表面には出さないがほっと一息ついて、そして思う。

 いや、安心するのはまだ早いかと。

 そう言って更に様子を見るなんて事、あってもおかしくないし。

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