第6話 社会問題

 家に帰ったら、すでにちひさんが戻ってきていた。


「おかえり。簡単に御飯をつくっておいたけれど食べる?」


「ありがとうございます。いただきます」


 時計を見るとお昼を少し過ぎた時間。

 思ったより時間がかかってしまったようだ。

 面接や明日からのスケジュール説明等で2時間近く時間を使ってしまった模様。


「はい、じゃあこれ。今日の釣果の一部だけれどね」


 海鮮丼が出てきた。

 日本にいた頃なら贅沢だと感じただろう。


 実は今でもちょっぴり贅沢かなと思っている。

 新鮮でまだ身がこりこりする刺身、醤油粕から絞った生醤油。

 どうやっても美味しい組み合わせだ。

 アローカも改良を重ねられたせいか、知らずに食べればいい米と区別がつかない。


「あと洗濯物は取り込んで畳んでおいたから」


「すみません、ありがとうございます」


「こっちこそありがとうだよ。いつも私の分まで洗って貰っているしね。ところで何かいいことあった?」


 どうも私の表情はちひさんからは読みやすいらしい。

 でもちょうどいい、今回の件を言っておこう。


「明日から週3回、1日5時間ほど働くことになりました。さっき面接して合格して、明日からの勤務についての説明を受けてきたところです。

 あと教育代行認定、1級とりました」


「お、凄いじゃない。それじゃ今日はお祝いかな。就職とあわせて」


 そう言われると少し恥ずかしい。


「ちひさんや和樹さんに教えてもらったおかげですから」


「それでもあの問題、1級は高校の数Ⅱまできっちりわかっていないと解けないよ。知識魔法を使うのだってそれなりに勉強や訓練が必要だし」


 そういったノウハウまで含めて2人に習ったおかげだ。

 

「ところで職場は何処?」


「公設市場の事務棟です。そこで書類作成や会計作業の補助をすると聞いています」


「凄いじゃない。この国で公務員って結構難しいんだよ」


 そう言われても行ったその日に試験に合格したしアルバイトだし。


「試験も面接だけでしたし、公務員といってもアルバイトみたいなものですから」


「この国にはアルバイトというか、正社員とそれ以外の差って無いんだよ。勤務時間が違うだけで、賞与なんかも勤務時間に応じて出るみたいだし。

 それに公設市場なら国家公務員相当だからね。面接だけと言っても学力や思考力を確認する試験があった筈だよ」


 何故ちひさんはそんな事を知っているのだろう。


「あと、お昼食べながらでいいよ」


 そう言われて海鮮丼から青魚っぽい刺身と御飯を一緒に食べる。

 やっぱり美味しい。

 

「万が一漁業に失敗した時の事も考えたりしたんだよ、まだ美愛ちゃん達と出会う前だけれどね。どんな就職先があってどれくらいの給料が貰えるか、部屋はどれくらいで借りられてどんな暮らしになるかまで調べたんだ」


 なるほど、のほほんと漁業&水産加工業をしているように見えたけれどそこまで考えていた訳か。

 でも確か和樹さんも言っていたな。

 ちひさんは石橋を叩くだけでなく補強工事して渡るタイプだって。


「基本的にここヒラリア、まあヒラリアに限らず惑星オース全般が人不足なのは知っているよね。居住区域エクメーネが地球の6割以上はあるのに、人口は全部で三千万程度だから。


 それに魔法が発達している代わりに科学技術やその産物が無い。だから割と何でも魔法と人力でやる。土木も建築も、農業も工業的なものも全部。


 だからそういった人足的な仕事は常に求人がある。身体強化魔法は他人にもかけられるから、男女を問わず身体が健康なら働き口には困らない。最低賃金も守られているから生活に困ることはない。


 でもね、だからこそデスクワーク的な職業と現場作業的な職業の間に断絶が起きたりしているんだよ。だからちょっと注意する必要があるかもしれない、かな」


 何かちひさんの口調が気になる。


「どういう事ですか?」


「これも知識魔法や本で調べた結果だけれどね。社会問題的な事が此処ヒラリアでもあるようなの。士農工商じゃないけれどね、公務員等を中心としたホワイトカラー層と現場作業を中心としたブルーカラー層とで。


 ブルーカラー層は勉強をしなくても困らないと思っている。実際働き口には困らない。だから子供の教育も軽視する。結果、ブルーカラー層の子供はほとんどがブルーカラー層のままになる。


 でもそういった仕事は誰でも出来るから給料が安い。自然、ブルーカラー層からホワイトカラー層に対して反感が出る。給料が高いのに動かないで命令ばかりしているって。


 ヒラリアの政府も問題に気づいている。だから公務員も本来採用する基準に達していない、義務教育学校の卒業成績が一定のレベルに達していない人用に枠を作って特別採用したりなんて事もする。


 でもそうやって採用した者は逆にブルーカラー層を差別的な目で見て問題を起こしたりする。この前この家を紹介して貰う前に担当した人もそんなケースだったみたい。報告書を読んでみたんだけれどね。類似の事件が昨年の集計で12件発生しているってあった。


 まあそれでも公務員、それも公設市場のような国営のところならそんなに心配する必要は無いかもしれないけれどね。事務仕事、それも会計補助だからもっと問題は少ないかな」


 あのおばさんの件の背後にはそんな問題があったのか。


「よく知っていますね、ちひさんは」

 

「癖かな。いざという時にどうすればいいか、つい不安になって調べたり考えたりしてしまうのは。今の状況ならそんなの気にする必要はないんだけれどね。


 ただこうやってそこそこ安全なところに充分な広さの家を借りて住めるのって、先輩のおかげなんだよね。私1人の収入ならこんな家賃が高い家は無理だし。


 本当、先輩って飄々としていてあまり自分では何もしないような感じのクセして何でも器用にやってのけるんだよね。その辺ちょっと頭にくるかな、時々」


 そこは私としてはちょっと言いたい事がある。


「私から見ればちひさんも同じように何でも出来てるように見えます」


「全然レベルが違うよ。私は必死こいて下調べして、更に逃げ道を確保してやっと何とかやっている感じだもの。


 それに私は日本では公務員で失敗してダウンしちゃったけれどね。先輩ならきっとこっちに来なくても、田舎で不本意だと言いながらも飄々とやってこれたんじゃないかなと思う。


 そういう意味でも敵わなくて悔しい存在なんだよね。全く」


 半分は惚気だ、きっと。

 私はちひさんの愚痴っぽい口調の中にそれを感じる。

 勿論そんな事、口には出さないけれど。

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