第3話 余った時間を使って

 ああいった手合いが出やすい日というのはある。

 住民調査が入った日とか入ると噂される日とか。


 この国における『勤労の義務』は強制力を伴う。

 働いておらず戸籍内に貯金も資産もないとされる者は猶予期間を過ぎると国営の強制労務施設行きだ。


 別に強制労務施設は刑務所という訳では無い。

 住むところもそれなりにきちんとした所が与えられるし勤務時間、勤務内容ともに民間と同等。


 労務時間以外は自由だし貯金も出来る。

 ある程度貯金が出来たら出所も可能だ。  

 仕事内容を含む待遇は公開されているので知識魔法で確認も出来る。


 それでも働きたくない人というのはいる訳だ。

 そういう連中は他人の戸籍にこっそり紛れ込んだり、または本来の戸籍住所とまるで違う場所に逃げていたりする。

 そういった連中を放置しておくと犯罪の温床にもなりかねない。


 そこで行われるのが住民調査。

 戸籍は実情通りか、戸籍に届け出てある住所と事実が同一か。

 年に2~3回、集中的に実施される。

 そして調査が実施されるという噂が出ると、さっきのように他人の戸籍に潜り込もうという輩が出る訳だ。  


 さっきの男はきっと、公設市場で私がメッセージボックスを確認したのを見てついてきたのだろう。

 市場でメッセージボックスを使っているのはある程度以上の売り上げがある者だけ。

 だから同じ戸籍に出来れば住民調査も問題ない。

 あわよくばそこそこの金を引き出すことも可能だろうと。


 我ながら油断していたなと思う。

 こちらに来た当初はちひさんに注意されていた事もあって常時注意していた。

 しかしこの付近ではこういった事がなかったから気が緩んでいたようだ。

 

 これからは注意しよう。

 もうつけられているとは思わないが念の為、魔法視点を上空から見下ろす場所に位置させ周囲を確認。


 大丈夫、あの男は西方向へ去って行った。

 しかしパンを買いに行くのはやめておこう。

 パン屋はまさに男が去った方向にあるから。

 まだ今週分はあるし。


 さて、パン屋に行かないならどうしようか。

 まっすぐ家に帰っても時間が余る。

 洗濯物を取り込むにはまだまだ早いし、掃除も終わった。

 布団干しも魔法でやればすぐ終わる。


 そうだ、私はやろうとしていてしていなかった事を思い出した。

 教育代行認定資格試験の再挑戦だ。


 和樹さんとちひさんに教わって3ヶ月ちょっと。

 1級までの範囲はほぼカバーした。


 勉強期間が短くて済んだのは和樹さんとちひさんのおかげだ。

 あとは問題が数学と現代文読解と魔法、実質的にこの3科目だけというのも大きい。


「他は基本的に知識魔法を正しく使えば出てくるからね」


「その分知識だけでカバーできない思考力を見ているという形だな」


 ちひさんと和樹さんはそう言っていた。

 そして2人とも頭がいいせいか、教えるのも上手だ。

 教え方はかなり違うけれども。


 市販の模擬試験問題も解いた結果、1級合格相当だったし多分大丈夫だろう。

 筆記用具その他は確か向こうが用意した物を使う筈だし。


 それでは役場に行くとしようか。

 念の為知識魔法で試験場所と試験時間を確認してみる。


『教育代行認定資格試験は役場の住民相談課で実施。受付は随時。ただし業務が多忙の場合は即時行えない場合もある』


 住民相談課は以前家を借りる時に行った場所だ。

 若干いやな思い出もない訳では無い。

 しかしあの時不正をした職員はもういない筈。

 だから心配する必要はないのだろうけれど。


 場所は覚えているから行くのは簡単。

 場所もそれほど遠くないので5分で到着。

 がっしりとした大きな建物に入り、すぐ左の階段で2階へ。

 相談窓口の受付で声をかける。


「すみません。教育代行認定資格試験を受けたいのですが、こちらでよろしいでしょうか」


「はい、どうぞこちらへ」


 若いお兄さんだ。

 とりあえずこの前のおばさんではなかった事に一安心。

 まあ不正がばれた後まだここにいるなんて可能性は限り無く低いのだけれども。


 案内されたのは家を紹介された時と同じタイプの個室だ。

 ただ以前と少し違うところがある。


「壁の上部分が素通しになっていますね」


「ええ、以前完全個室にして問題が出た事があったので、こうやって一部を開放することにしました」


 きっとあのおばさんの件だなと思う。

 個室という閉鎖空間を利用して情報秘匿の魔法をかけ、こちらの言い分を聞かず自分の言い分を押しつけようとしたあの件。


 ただその事は口には出さない。

 別に此処で言う必要がないから。


「それでは試験の準備をして参ります。少々お待ち下さい」


 さて、試験か。

 目を瞑って深呼吸、大丈夫、落ち着いてやれば出来る筈。

 念の為知識魔法が此処でも使えるかも確認しておこう。

 ヒラリア共和国の建国宣言は……オース標準歴85年、うん大丈夫だ。


 先程の男性が戻ってきた。

 どうやら彼が試験官もしてくれるようだ。


「それでは準備をします。出したものに触れずにお待ち下さい」


 試験用らしいイロン村でも見た目覚まし風の時計、鉛筆、消しゴム、そして問題用紙と解答用紙を裏が上になるように置く。

 鉛筆は削ってあるのが5本、消しゴムは新品ではないけれど使用に問題はなさそう。


「ところでこの試験は初めてですか?」


「いいえ、2回目です」


「前回の試験は何時うけられましたか」


 何時だったかな。

 知識魔法で確認する。


「昨年の8月9日です」


 下手な鉄砲数打って式で試験を受けられない様に、一度試験を受けると次の試験を受けられるのは1ヶ月以上後になる。

 その確認だろう。


「わかりました。それでは試験のやり方はわかっていると思いますが一応説明致します。


 紙をめくると同時にこのタイマーをスタートさせます。1時間経ってこの上のベルが鳴り出したら試験終了です。

 個別試験ですので名前等を書く必要はありません。また時間内に終わって見直しも済んだ場合はその旨教えていただければ試験終了とします。


 他に何か質問がありましたら随時申し出てください。よろしいでしょうか」


「はい」


「それではどうぞ始めて下さい。試験用紙をめくると同時にタイマーをスタートさせますから」 

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