タバコ吸ってたら美少女な後輩に懐かれました〜喫煙所に現れた天使〜
taqno(タクノ)
大学の講義の合間、休憩時間に俺は友達と喫煙所に来ていた。
喫煙所は中庭にある。そこで俺たちはタバコを吸っていた。
昨今の喫煙者への風当たりの強さからか、学内には喫煙所はここしかない。
俺が入学する前までは数カ所あったらしいが、禁止になったらしい。
ちなみに俺が吸っているのは加熱式タバコのメンソール味だ。このスゥっとした味が好きなのだ。
「次の講義って中山先生だろ? あの人の講義眠くてたまんねーわ」
「だなー。早く帰ってバイト行きてー」
友人たちがダルそうに会話をしている中、俺はゆっくりとタバコを吸う。
「よし、じゃあ俺たちは先に教室行くか。裕二、お前はどうする?」
友達に名前を呼ばれ、咥えていたタバコを離す。
「もう一本吸っていく。先行っててくれ」
「オッケー。席取っておくから」
「助かる。じゃあ後でな」
俺がそう言うと友人たちはリュックを背負い中庭から去っていく。
これまたダルそうにフラフラと歩いているが、バイトで寝不足だかららしい。
誰もいなくなった静かな中庭で、俺はタバコをじっくりと吸った。
一人で吸うタバコは誰かと喋りながら吸う時よりも美味しく感じた。
まぁメンソールなんて風味が強いものをじっくり吸ったら、そりゃ味も変わるか。
そんなふうに過ごしていると、ふと後ろに人の気配がした。
「せーんぱい♪ また一人でたばこですかー?」
朗らかで可愛らしい声だった。
俺はため息をついてその声のする方へ振り返る。
「遥……またお前か」
振り返るとそこには悪そうな笑みを浮かべた美少女がいた。
ひと目見ただけで印象に残る、十人が十人振り返るだろうかわいさの少女だ。
水城遥。俺と同じ学科の、ひとつ下の後輩である。
「またって何ですか〜。こんな可愛い後輩に声かけてもらって嬉しくないんですか〜?」
「自分で言うなよそういうこと」
「だって事実ですし?」
「そういうところだぞ」
遥はいつもこうやって、俺が一人でタバコを吸っているところに現れる。
毎日、いや毎時間と言っても過言じゃないだろう。そのエンカウント率は驚異の一〇〇%を誇る。
正直かわいい女の子と話せる機会など工学部の学生にはほとんどないので、かなり貴重なのだが……。
ここまで頻繁に会うとそのありがたみも薄れてしまう。
「ぼっちでタバコって寂しい大学生活ですね〜。そんなかわいそうな先輩に話しかけてあげる私マジ天使!」
「ぼっちじゃないけどな」
「はいはい、ぼっちに限って言うんですよねそういうこと。大丈夫ですよ先輩。私がいるからギリぼっちじゃありません。学科で浮いてようと私という天使を思い出して強く生きてください」
「そこまで自画自賛出来るのはもはや尊敬するよ」
まぁ確かに自慢するだけの容姿をしているのは確かだ。
それとは別にやたら俺に絡んでくるのが面倒くさいのだが……。
こいつがもう少し口数が少なかったなら、俺も素直にこいつのことを可愛いと褒めていただろう。
「先輩も照れずに私のこと、天使だって認めてもいいんですよ?」
「どこの世界に喫煙所に入り浸る天使がいるんだよ」
「いるじゃないですか。ほら目の前に」
そう言って遥は両手の人差し指を頬に当てて、にっこりと笑う。
インスタにでも投稿すればすぐさま人気が出そうな感じだ。
「ごめん、俺にはやたらウザ絡みしてくる生意気な後輩にしか見えない」
「酷っ! なんでそんなこと言うんですか〜」
むぅ〜……と唸りながら頬を膨らませる遥。その視線は俺を責めるような感情が込められていた。
これ、俺が悪いのか……?
「そんな顔で睨まれても、全然怖くないぞ」
「それって私が可愛いってことですか?」
どこまで行ってもポジティブな考え方をしているやつだ。
ここまでいくとその前向きさにむしろ尊敬する。
俺もこれくらい楽観的になれたら、今より生きやすくなるのかもしれない。
もっとも俺には遥のような人に愛されるほどの容姿は持ち合わせていないんだけど。
「ねぇねぇ先輩~。『そんな顔で』って今いいましたけど、それってどんな顔ですか~?」
「どんな顔って……」
俺は質問の意図が読めずについ遥の顔を見てしまう。そこにはどこか期待しているような表情をしている、キャンパス一の美少女がいた。
これは変に言葉を濁したり、からかうよりも素直に言葉にするべきだろうか。
いつも邪険にしすぎたしな。たまには褒めてやるか。
「学内で一番の美少女の顔してる」
「…………え? ええぇぇぇぇ!?」
遥は大きな声で驚きを露わにした。その声は狭い中庭全体に響き渡ったが、あいにく今ここには俺たちしかいなかった。何をそんなに驚いているのだろうか。
こいつは入学早々ミスキャンパスの名を欲しいがままにしている。
全校男子の憧れの的なのは周知の事実だ。意識せずとも名前が耳に入ってくる程度には有名人だ。
かわいいなんて言われ慣れているだろうに、こんなに動揺するなんて遥らしくもない。
「せ、先輩いまなんて言いました……?」
「ん? だから学校一かわいいって言ったろ」
「う……! せ、先輩って時々そうやってストレートに言ってきますよね。……ずるいです」
「客観的な事実を言っただけだよ。お前はよく男子に声かけてもらってるだろ。そりゃ、人気あるんだろうなって思うさ」
「ほほう、客観的に見て私はこの大学で一番かわいいのは認めるんですね~! じゃあ先輩の主観的な意見はどうですか?」
「タバコ吸わないのになぜか喫煙所に来る変なヤツ」
「ひどっ!?」
大げさとも取れるリアクションで肩をがっくりと落とす遥の姿を見て、俺はタバコのスティックをゆっくりと咥える。
すぅ……と煙を吸い込み、ゆっくりと味わった後、煙を吐き出す。
「いつも思うんだけど、お前ここに何しに来てるんだ? 副流煙は体に悪いぞ。俺のは加熱式だから煙はあんまり出ないけどさ」
「そ、それはですね……。えっと~、何て言えばいいのかな~」
遥はもったいぶった様子でチラチラと視線を俺に向ける。
まるで構って欲しい子供みたいな感じだ。俺は気にせずもう一度タバコを吸うことにした。
「ん~言っちゃおっかな~。それは、先輩とお話しするためでーっす!」
「ははは、嬉しいこと言ってくれるな。で? 本当は?」
「ぜ、全然信じてないし……。せっかく人が勇気を出して言ったのに……これだから先輩は……」
こっちに聞こえないくらいの小さな声で遥が何かを呟いていた。
よくわからないがこのままだと遥が満足しなさそうだし、とりあえず遥の主張に乗ってやるか。
「あー……。うん、そうだったのか。俺みたいな冴えない男子に話しかけてくれるなんて、遥はやさしいな」
「で、でしょ~? こんな天使な美少女なんて滅多にいませんよ? 先輩実はめっちゃ嬉しいんじゃないですか~」
「嬉しい、めっちゃ嬉しい。遥みたいにかわいいだけじゃなくて、やさしくて話してて楽しい女子なんて他にいないからな。俺はもしかしたら残りの人生の運を全部使っちゃってるんじゃないか?」
「うぇ!? そ、そうでしょ! せ、先輩わかってる~!」
「遥と会話できるなんて俺は幸せ者だよ。この大学に入ってよかったー」
「う、うぅ……」
遥は手で顔を隠すように覆い、俺から視線を逸らした。その顔は真っ赤に染まっていた。
どうやらミスキャンパスの美少女も、こうも真っ正面から褒められるのは恥ずかしいようだ。
一応言っておくと俺はからかっているわけではなく、本心で言っているのだ。
工学部の男子なんて自発的に行動しなければ女子と話せる機会なんて滅多にないからな。俺の学科なんて女子が一割しかいないし。
そんな時に遥みたいな美少女に話しかけられるのは、正直言って嬉しい。これで俺にウザ絡みさえしなければ文句のいいようもないのだが。
遥はしばらく顔を真っ赤にしたままあたふたしていたが、ようやく落ち着いたのか顔を隠していた手をどけて俺の方を見てきた。
その頬はまだほんのり紅潮していた。かわいいところもあるんだな、と少しだけ笑いそうになる心を抑えて俺はタバコを吸う。
「はぁー……。んで、実際のところどうなんだ?」
「え?」
「だからさ。どうして毎回喫煙所に通ってるのかなって、不思議でしょうがないんだが」
「それは、だからその……先輩が……」
遥のさっきまでの元気いっぱいの声はなりを潜めて、か細い声が漏れる。
こいつがここまで言いにくそうにしているとなると、もしかしたら重大な理由なのかも。俺はそう思い始めた。
「俺の気のせいじゃなかったらだけどさ。お前って俺がここにいる時、絶対やってくるよな。それも友達がいなくなったタイミングで」
「ぎくっ」
「もしかしてだけど、お前さては……」
遥は図星をつかれたとでも言わんばかりの、驚きの表情をしている。
やはり俺が思っていた通り、こいつが喫煙所に来ているのは何か大きな理由があるようだ。
休み時間に友達と話すことよりも、喫煙所に来る理由……。タバコは吸わないのにここに来る……。それは喫煙所そのものに目的があると言うことだ。
おそらくこいつは……。
「遥……お前ひょっとして友達いないのか?」
「へっ?」
「一人で時間を潰すために喫煙所に来てるんだろ。教室で一人で机にいるのは気まずいから、ここで時間を潰してるんだな」
「え、ちょっと先輩? 何か勘違いしてません? 私はせ、先輩と……」
「確かにうちの大学は、工学部に女子がいない。同期に同性の友達がいないのは確かにつらいだろう。けど安心しろ。俺の学科の女子を紹介しよう、そうすれば女子の知り合いも増えてお前も寂しくなくなるはずだ」
遥はきっと工学部の女子少なすぎ問題で悩んでいたんだろう。大学や学科によって異なるが、うちの大学は学科の定員が五〇人ほどで、例年女子は四、五人ほどしかいない。
俺の同期も女子が四人しかおらず、教室ではいつも一緒に固まっている。四〇人以上の男子に囲まれるのはさぞや過ごしにくいことだろう。
しかも今年は、確か一年の女子は三人しかいないという。そのうえ遥は男子からよく声を掛けられる。なかなか馴染めないのかもしれない。
だが何も同じ学科の生徒だけが交友関係の全てじゃない。
大学には数多くの生徒がいる。先輩やサークルの仲間といった、学科を越えた幅広い交友関係を構築できるのだ。
もっとも遥はサークル活動をしていないらしく、サークル仲間から友達を作るのは無理だろう。
だからこそ先輩である俺が知り合いを紹介して遥のキャンパスライフに少しでも彩りを与え……
「先輩!」
遥の声でふと我に返る。
見てみると遥は眉毛をつり上げていた。どうやら俺の言葉に不満を持っているらしい。
俺がどうしたものかと思っていると、遥は指をビシィ! と突き立てて言った。
「私、友達に困ってませんから! 先輩みたいにぼっちじゃないですよ~だ!」
「だからぼっちじゃないっての……」
「先輩が変な妄想を膨らませるのは結構ですけど、私はちゃんと同期の子たちと仲良くやってます。同性にも好かれる遥ちゃん超天使! えっへん」
「そ、そうか。なんか俺が勝手に先走っただけみたいだな……すまん」
どうやら俺の心配は杞憂だったらしい。
考えてみれば遥のような明るくてやさしい美少女に友達がいないというのも変な話だ。
状況だけで勝手に推測して、余計なお節介を焼くところだった。反省しよう。
「ま、まぁ? 先輩が私のことを気にかけてくれるのは嬉しかったですけど……。でもでも、私ほんとに大丈夫なんで! わかりました?」
「ああ、すまんかった。問題がないならよかったよ」
「えへへ、結構面倒見いいんですね……先輩」
「そりゃ、かわいい後輩が悩んでるみたいだし、心配もするさ」
「かわっ……!? そ、そういうところがズルいんですってば!」
「…………?」
またもや顔を赤らめる遥を尻目に、俺は残り時間が少なくなってきた加熱式タバコを口に運ぶ。
友人と駄弁りながら吸うタバコも、一人で吸うタバコもそれはそれで好きだが、最近はこの時間に吸うタバコが好きになってきた。
味の違いとかわからんが、何だか味わいがある気がする。
まぁタバコを吸わない遥には副流煙のリスクもあるから、あまり煙が出ないように控えめに吸わないといけないのが大変だが。
この誰もいない空間で、ゆっくりと吸うタバコの味が俺には一番美味しく感じた。
もしかしたら遥の言う通り、こいつは天使なのかもしれない。俺にタバコのおいしさを教えてくれる天使。
自分で考えていて思わず苦笑してしまう。喫煙所にやって来る天使って何だよ。本人はタバコを吸わないのに、変な話だ。
「ん?」
そんなことを考えていると、先ほどの疑問が再び頭に浮かぶ。
「どうしました先輩~?」
「結局、なんでお前喫煙所に来てるの?」
「も、もう! 先輩のバカ! 鈍感っ!」
加熱式タバコのホルダーが点滅する。どうやら終わりの時間のようだ。
けど次の休み時間にはまたここに来るだろう。
そしてそこには、遥がいるのだろう。喫煙所にやってくる俺だけの天使が。
俺は最後に煙を吸い込み、むぅ~と抗議の表情を浮かべる遥を見て、そっと微笑んだ。
タバコ吸ってたら美少女な後輩に懐かれました〜喫煙所に現れた天使〜 taqno(タクノ) @taqno2nd
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